第23話 史上最大の抱き枕作戦

薄暗い格納庫に響くのは、巨大な怪獣ギャオラの寝息と、僕たち三人が必死に殺している呼吸音だけだ。目の前では、僕の(仮)婚約者が、銀河の平和を脅かす怪獣の腕枕で、すやすやと眠っている。カオスだ。あまりにもカオスな状況だ。


「……俺がヤツの注意を引く。その隙にお前たちが姫を救い出せ」

ブラッドが、小声で、しかしキザに囁いた。やめろ、その自己犠牲フラグみたいなセリフはやめろ。

「馬鹿ね。私が潜入スキルで、気づかれずにあの子だけを奪ってくるわ。その方が確実よ」

ブリジッドが反論する。それも失敗したら、君の透けたスーツのせいだって言われるぞ。


僕の脳内で、二人の作戦の死亡フラグと失敗フラグが乱立する。ダメだ。こいつらに任せておいたら、物語がバッドエンドに直行してしまう。僕の黒歴史から生まれたキャラクターは、格好はつけるが、致命的に脳筋なのだ。

ならば、僕がやるしかない。創造主として、この物語の舵を取るしかない。


「二人とも、待った」

僕は、生まれて初めて、この最強(で、痛々しい)のコンビを制止した。二人が「なんだ?」という顔で僕を見る。

「僕に考えがある」

僕は、万年筆を構えた。


「はあ? 正気か、クリエイター。こんな時に、また何か変なものを書く気じゃないだろうな」

「そうよ。今度は何? 都合のいい子守唄でも流すの?」

二人の疑いの視線が突き刺さる。だが、今の僕は、ほんの少しだけ、違った。

「いいから、僕を信じろ」


僕は、チラシの裏に、全神経を集中させて書き込んだ。

『眠っているギャオラの手の中に、ヴィオレッタそっくりの、最高の抱き心地の、巨大な抱き枕が現れる。ギャオラは、それをヴィオレッタの代わりだと信じ込み、無意識に、そっと抱きしめる』


書き終えた瞬間、眠っているギャオラの腕の中に、ふわり、と巨大な抱き枕が出現した。それは、デフォルメされたヴィオレッタの姿をしていて、なんとも言えない可愛らしさだ。

ギャオラは「んむ…」と寝ぼけた声を出すと、無意識にヴィオレッタからその抱き枕へと腕を移し、ぎゅーっと、実に気持ちよさそうに抱きしめた。その口元は、心なしか、笑っているようにさえ見える。


ギャオラの腕から解放されたヴィオレッタは、マシュマロの山の上に、コロンと静かに転がった。


……作戦、成功。

僕の、ニートの発想が生んだ奇策が、この絶体絶命のピンチを、一滴の血も流さずに解決したのだ。


ブラッドとブリジッドは、目の前で起きたあまりにも平和で、あまりにもシュールな光景に、完全に呆然としている。やがて、二人はゆっくりと僕の方を振り返った。その目には、いつものような侮蔑や呆れではなく、畏怖のような色が混じっていた。

「お前……一体、何者なんだ……」


僕は、ドヤ顔の一つでもかましたい気分だったが、そんなガラでもないので、ただ「ほらね」と小さく呟くだけに留めた。

僕がおそるおそるヴィオレッタに近づき、その小さな体を抱きかかえる。眠っている彼女は、思ったよりも軽かった。


これで脱出するだけだ。そう思った、その時。

僕の腕の中で、ヴィオレッタが、むにゃむにゃと幸せそうな寝言を言った。


「なつひこ……すき……けっこん……」


その言葉を聞き逃さなかったブラッドとブリジッドが、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んでくる。

ああ、そうだった。

僕の人生は、一つの問題を解決すると、必ず別の、もっと恥ずかしい問題が発生するように、できているんだった。

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