第22話 床が抜けるという最終手段

通路の向こうから迫る、無数の足音。僕の目の前には、スーツの惨状に顔を真っ赤にするブリジッドと、僕への殺意を隠そうともしないブラッド。四面楚歌。いや、これは三面楚歌か? とにかく、絶望的な状況であることに変わりはない。


「クリエイター、てめえ、後で覚えてろよ…」

「ええ、覚えておきなさいまし…。わたくしのこの恥ずかしい姿、どう落とし前をつけてくれるのかしら…」


二人の恨みのこもった声が、僕の鼓膜を震わせる。ああ、もうダメだ。外の敵にやられる前に、味方(僕が創った)に消される。

パニックになった僕の脳が、生存本能からか、一つの結論を弾き出した。この場を打開するには、もはや常識的な手段では無理だ。必要なのは、破壊。そして、唐突な場面転換。そうだ、物語のテコ入れだ!


僕は、ポケットから万年筆をひったくると、近くの壁に殴り書きした。

『僕たちの足元の床が、突然抜ける!』


「なっ!? おい、何を書いた!」

ブラッドが叫んだのと、僕たちの足元で、ミシミシと嫌な音がしたのが、ほぼ同時だった。


次の瞬間、床は、僕が書いた通りに、轟音と共に崩落した。

「「「うわあああああああっ!」」」

僕と、ブラッドと、ブリジッド。三人の情けない悲鳴が、綺麗にハモった。僕たちは、なすすべもなく、暗い奈落へと真っ逆さまに落ちていった。


だが、僕は忘れていなかった。創造主としての、最低限の慈悲(と、自分の身の安全の確保)を。

僕は、落下しながら、心の中でこう付け加えていたのだ。「ただし、都合のいいクッションが下にある」と。


ドサッ!

衝撃は、ほとんどなかった。僕たちは、巨大で、ふかふかした、マシュマロのようなものの山の上に着地していた。あたりには、甘ったるい香りが漂っている。どうやら、ここはUFOの食糧庫か何からしい。


「…助かった、のか?」

僕が呟くと、ブラッドが僕の胸ぐらを掴み上げた。

「てめえ、クリエイター! やることが無茶苦茶すぎるんだよ!」

「まあ、助かったのは事実ね…。でも、このスーツのことは忘れてないから」

ブリジッドは、まだ少し怒っているようだったが、その口調は先ほどよりも幾分か和らいでいる。どうやら、僕の機転(という名の暴挙)は、二人からの評価をほんの少しだけ、変えたらしかった。


僕が、自分の力で状況を動かせたことに、ほんの少しの達成感を感じていた、その時だった。

すぐ近くから、すー、すー、という、巨大な生き物の寝息のようなものが聞こえてきたのだ。


僕たち三人は、恐る恐る音のする方へ視線を向ける。

薄暗い格納庫の奥。そこに、小山のような巨体があった。緑色の肌、背中のヒレ。宇宙怪獣ギャオラだ。

そして、その巨大な腕の中には、僕が創造したマシュマロを枕代わりに、すやすやと気持ちよさそうに眠る、ヴィオレッタの姿があった。


……いた。

僕たちの最終目的が、こんなにもあっさりと、目の前に。


ブラッドとブリジッドと、そして僕。三人は、顔を見合わせた。

敵の増援からは逃れられた。だが、僕たちの目の前には今、「ラスボスを起こさずに、ヒロインを救出する」という、最高難易度のステルスミッションが、静かに横たわっていた。

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