第52話 テラスのさざ波、王都を飲み込む
筆の家ログハウスのテラスは、今日も平和そのもの。
夕暮れの光が差し込む中、テーブルの上に並ぶのは、黒と白の石を置く、シンプルな盤。まるでそこだけが、静かな特別席のようだ。
「そこやな! よーし、うちの勝ちばいっ!」
「ぐあああっ! また負けたああっ! 芋の神よ、我に加護を……!」
叫んでいたのは、敗北が板についてきた芋王ことマオ。敗北の理由を“芋の神様の機嫌”に託すほど、すっかりリバーシに夢中である。彼の顔は、悔しさと熱中がない混ぜになった複雑な表情だ。
「ふっふっふ…これが“反転の型・極致”の力か!」
マオの挑発にも動じず、盤面を真っ黒に染め上げたのは、猫獣人の筆の家看板娘、ルナ。尻尾をくるりと揺らし、誇らしげに駒を並べ替え直す。
「ほらリュウ、次あんたと勝負たい!」
「……え、俺? また実況席から引きずり出されるの?」
「当然やろーが!」
同時刻、隣接する『芋カジノ(チップパレス)』の大窓越し。酒を傾けて語らう貴族風の中年紳士が、ふと視線をそちらへ移した。彼の眉が、わずかに上がる。
「なんじゃあれは…?」
「石? 白と黒? 盤上の戦い…これは、もしや…新たなる賭場の萌芽か?」
ログハウスのテラスで生まれたささやかな波紋は、瞬く間に王都を駆け抜ける噂の津波となっていく。
翌日、王都。
「聞いた!? 筆の家で『対戦する遊び』が流行ってるらしいぞ!」
「名前は……リバーシ? なんか、白と黒で石をひっくり返すんだとよ!」
「え、またあの筆の家か!? 芋の次は石かよ!」
雑貨屋・筆の家 。朝。
リュウがのんびりとおにぎりを食べながら窓を開けると、そこにはとんでもない光景が広がっていた。店の前には、開店を待ちわびる人々でごった返している。
「リバーシやらせろー!」
「リバーシセット売ってないのかー!?」
「フィナちゃん今日もかわいいぞー!」
「リバーシリバーシリバーシィィ!!」
「な、なんだこの混雑ぅぅ!?」
パニック状態の店内に、モモとフィナもアタフタと応対。
「お、お姉、なんで急にこんな人が……」
「たぶん……例のアレよ……リバーシってやつ……!」
「リュウ、人気者たい……いや、迷惑者たい?」
背後から現れたルナが、しれっとリュウの肩をトントンと叩く。その表情は、どこか楽しそうだ。
「これは……スローライフ、またお預けってことですかね……」
「んふふ、現実を受け入れるとよ。さ、働きんしゃい!」
「うううううう……」
リュウは悲しげにうめきながら、ハンモックの揺れを遠い目で追う。しかし、もはや彼の安息の地は、夢の彼方へと消え去ろうとしていた。
「こりゃいかん。完全にリバーシ目当ての来客であふれとる……」
雑貨屋・筆の家のカウンターで、ルナは頭を抱えていた。
開店と同時に押し寄せる客、客、客。その声は、もはや悲鳴にも似ている。
野菜も味噌玉もそっちのけ、叫ばれるのは。
「リバーシさせろー!」
「リバーシセット買わせろー!」
「フィナちゃんリバーシやらんの!?」
「フィナちゃん関係ないけん!!」
一方リュウは、というと。
「スローライフってなんだっけ……?」
王都支店の屋根裏で、頭を抱えて膝を抱えていた。だが、現実は逃げさせてくれない。
「リュウ〜! 王都の広場で『リバーシ賭け大会』が開催されとるって噂よ!」
「え、公式大会より早く広まってるの!? 野良大会まで発生してる!?」
「仕方ない……やるか……」
リュウは立ち上がった。その目に、諦めと同時にどこか覚悟のような光が宿る。筆を取り、紙を開く。
「ここまで来たら、ちゃんと整備された遊戯空間を用意しよう。ルールも場所も、ちゃんとオーガナイズされたやつを……!」
書き始める筆の先から、魔法の文字が走る。
《筆の家・厨房亭地下に、静謐な雰囲気と快適な設備を備えたリバーシ専用サロンが完成。観戦席あり、給仕エリアあり、落ち着いた明かりと白黒を基調とした内装。入場料制で遊び放題》
ズズズズズンッッッ!!
地面が軽く震えた次の瞬間、厨房亭横の通路に階段がパカッと開いた。そこには、地下へと続く新たな通路が姿を現す。
「なんか……カジノの地下VIPルームみたいやね……」
「いや、それは作った俺が言うけど、やりすぎだよね!?」
そして数日後。
筆の家 王都支店の地下には、白と黒が交差する美しいサロンが誕生していた。
壁は漆黒と雪白の市松模様。
リバーシ盤が整然と並ぶ空間。
軽食メニュー「リバーシ焼き芋ボール」や「白黒スイート団子」も提供。
サロン内は静寂を守るため、マジックスクロールによる防音処理完備。
「まさか地下に“対戦文化の聖地”ができるとはね……」
リュウはほっと息をつきながらも、胸騒ぎが止まらなかった。
「でも、これでやっと落ち着くかな……?」
そう思った矢先、ルナが新聞を手に走り込んできた。その顔は、期待と興奮に満ちている。
「リュウ! 王都の新聞、見たことある!? 『筆の家、娯楽革命!次なる“国家認定遊戯”はこれだ!』って見出しが出とると!!」
「はいぃぃぃ!? 国家認定って、待って、なんでそうなるの!?」
「セラフィエル様が王宮で毎日やっとるから、王様が気にしたっちゃ!」
「だから天使と遊ぶなっつってんだよぉぉぉぉ!!」
筆の家リバーシブームは、地下から天界にまで届こうとしていた。リュウのスローライフは、もはや完全に手の届かない場所へと消え去ろうとしている。
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