第50話 夕暮れのリバーシ、芋王と賢者の静かな戦い
西の空に茜が溶け、森の木々の間から差し込む夕陽が、ログハウスのテラスを柔らかく染めていた。
虫の鳴き声、カップの湯気、そして……パチン、と心地よい音。
「ふふ、今日の我は一味違うぞ、リュウ!」
対面で鼻息荒く身を乗り出しているのは、芋王マオ。元魔王、現・焼き芋屋兼カジノオーナー。
その手元には、白黒の円形チップがびっしりと並んだ盤、そう、これは今リュウが異世界に持ち込んだ新たな娯楽、リバーシだ。
「そう言って、すでに2回負けてるじゃん。ま、せいぜい頑張りなよ。手加減は……しないけどね?」
リュウはニヤリと笑いながら、黒の石を盤面中央に置いた。今回も彼が先攻だ。
序盤。
リュウの手は迷いがなく、的確。黒い石が次々と白を飲み込み、盤の一角を支配していく。
「むぅ……! なんという布石の速さ……やはり筆の家の主人……!」
「これは“幼少期の土曜日の定番”ってやつでね。リバーシ、実は得意なんだよ」
そう言いながら、盤上を黒で染め上げていくリュウ。
マオの白石は盤の隅にかろうじて点在し、その多くが今にも裏返されそうだった。リュウの表情には、確信めいた余裕が浮かんでいる。
だが。
「……ここに、置く!」
中盤。マオが置いた一手が、風の流れを変えた。
「あれ? ……そこ、意味ある……の?」
一見すると無意味。だが、そこからがマオの真骨頂。
リュウの石の“孤立”を誘い、中央に固まった白石がじわじわと伸びる。リュウの表情から、余裕が消え失せていく。
「うそ……これ、地味にヤバいかも……」
「ふふん、これは“芋の呼吸・反転の型”だ!」
「また勝手な戦法名つけてるーっ!」
夕陽が完全に落ち、星が瞬きはじめた頃。
盤面は白と黒で入り乱れ、最終手。
「勝負ありじゃ、リュウ!」
マオが置いた最後の一手で、盤の大半が白に塗り替えられた。
「うそぉ……!?」
「やったー! 勝ったぁあああああ!!」
マオはガッツポーズを決め、焼き芋のような笑顔を浮かべて立ち上がる。その喜びは、かつて魔王として世界を征服した時よりも大きいかのようだ。
「くっ……まさか、リバーシで負けるとは……でも、ま、お見事だよマオ」
「ふっふっふ。まだ我の実力は進化途中なのだ!」
そして、その二人の静かな“異世界盤上戦”を遠くから見つめていた少女が一人。
「……あぁ、二人だけでなんばしよっと?」
現れたのは、猫耳尻尾の筆の家エース、ルナ・フェンリル・ガルドリオンだった。
手には洗い物用のタオル。顔には不満げな怒りマークが薄く浮かぶ。
「あっ、ルナ……これはだな、リバーシっていう新しいゲームで……」
「初めてやった我でも、リュウに勝てたのだ。誰でも簡単に楽しめるであろう!」
「勝ち誇るの早ぇなお前!!」
「ふふん、うちもやるたい。マオ、相手せんね?」
「む、受けて立とうではないか! 負けぬぞ、今の我は……“勝者”なのだからな!!」
こうして、筆の家の夜はゲームと笑いで更けていく。だがルナの直感力、リュウもマオもまだ侮っていたことに、気づいていなかった。
「よっしゃ、ルナよ。ルールは理解したな?」
「うん、黒と白のチップば交互に置いて、相手のチップを挟んだら裏返すとばいね?」
「そうだ。最終的に自分の色が多かった方が勝ち。今回はルナが白、マオが黒でいいな?」
「どっちでもよかけど、白ってなんか姫様っぽくて好きやけん」
「姫……ま、まあ似合ってるよ。うん。たぶん」
横でお茶をすすっていたリュウが、そっと“解説席”として椅子を引いて座る。彼の顔には、興味津々といった表情が浮かんでいる。
「本日の対戦は、筆の家の看板娘ルナ vs 勝ちたてホヤホヤの芋王マオ! 実況リュウがお送りします!」
「なに勝手に解説席作っとると!?」
「いやぁ、一度勝っただけで超調子乗ってる芋王がどうなるか、見守りたくてさ」
「うぐぅ……この勝利の気持ちを味わった者にしか分からん高みを……!」
マオが盤に最初の黒石を置き、勝負開始。その手には、まだリュウに勝った余韻が残っている。
開始早々。
「ん〜、ここやね!」
ルナが白石をコトンと置くと、意外な一手にリュウが吹き出しかける。
「そこいく!? いや、セオリー完全無視だけど、結果的にひっくり返ってる!? マジかよ……!」
「ふふっ、うちの直感ば信じるとよ。だってマオ、顔に出とるし」
「なっ……!?」
中盤。
盤面は白黒入り乱れ、リュウは実況が止まらない。彼の興奮は最高潮に達している。
「ルナ、予想以上に強いぞこれ! というか勘で打ってるのに、角取ってる……!?」
「角ってなんか光っとる気がしたっちゃん」
「そんな感覚型!?」
マオは焦りのあまり、つい芋をかじりながら考え始める。彼の顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
「……うう、なぜだ……なぜ我の美しい打線が、こうも簡単に崩される……!?」
「マオ、それ“芋”やなくて“読み”を使えぇぇ!!」
終盤。
盤面は徐々に白が優勢になり、ついにマオは動揺のあまり自爆手を連発。
「くっ……ここしかない! これが……我の最後の勝負ッ!」
「そこ置いたら、全部裏返るばいよ?」
「えっ?」
「もう遅か〜!」
ルナが最後の一手を置くと同時に、盤がまるで雷に打たれたように白へと染まった。
「うち、勝ったばい! やるやろ?」
ドヤ顔で両手を腰に当てて仁王立ちするルナ。
マオは目をぐるぐるさせながらそのままソファに沈んでいった。その顔は、完全に白目をむいている。
「な……なぜだ……まさか、あんな直感の化身みたいな……」
「ルナ、強いな……。ていうか、俺が解説してるだけでなんか寂しくなってきた」
「次はリュウとやるとよ。うち、リバーシ楽しかぁ!」
「うっ、わ、わかった……!」
リュウは心の中で静かに誓った。
(次こそは……本気でいく!)
こうして、リバーシという異世界の新たな娯楽は、筆の家でじわじわと広まりつつあった。
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