第12話 謝罪されても

 ジョエル様が突然Aクラスの教室へ入ってきて、謝罪を始めてしまったので、私は驚いてしまった。


 彼との事はもう終わっている。今さら自分のした事を思い返して反省でもしたのだろうか?


「僕は本当はイエンナと婚約解消なんてするつもりはなかったんだ!」


 何ですと?


「イエンナはいつも優しいけれど、僕の事を好きなのかが不安だったんだ!それをミオット嬢に相談してみたら、僕がミオット嬢をエスコートしてイエンナに嫉妬をさせれば僕の事を大切にしてくれるって言うから、新入生歓迎会でミオット嬢をエスコートしたんだ。それで、みんなの前で婚約解消を考えてるって言えばイエンナはきっと僕にすがってくるって言うからあの時あんな事を言ってしまった!それがまさか本当に婚約がなくなってしまうなんて思わなかったんだ!」


「……今更だろう」


 クリストフェルが小さな声でぼそりと呟く。


「学園の中では多少の失敗は許されたとしても、あれは公の場だったのです。あの時あなたは皆の前で自身の婚約者を貶める行為をされたのです。それにあそこまでの事をされて私が傷つかないと思っていたのですか?」


 私は自分の声が思っていたよりも低く淡々としていた事に内心で少しだけ驚いていた。いつもジョエル様には柔らかく優しく声を掛ける事を心がけていたせいか、彼の知っている私とは違う事にジョエル様は不思議そうな表情を浮かべている。


「失敗しても反省してやり直せばいい、イエンナは昔僕にそう言った事もあったよね?」


「ええ、私は過去に自分で自分の事を許せない行為をした事がありました。だから婚約者時代はバロー令息には寛容でいよう、そう思っていましたわ。あなたが私の愛情を確かめたくてあのような事をされたとしたのでしたら、私のあなたへの気持ちはあの時に限界を迎えたのです」


「でも僕たちは7年間も婚約者として仲良くしてきたじゃないか」


「私たちの婚約は父同士が友人だったから結ばれただけのもので、解消をしてもお互いに傷がつく以外には損害がありません。私はもう貴方との7年間を思い出したくもありません。それだけの事をしたのだと、どうして分からないのですか?」


「だから謝りにきたんだよ。僕だってキミに謝るのにすごく悩んだんだ。でもイエンナを失いたくなかったら勇気を出して謝っただろう?」


 だから許して、そう言いたいのだろうか?私は自分の中で怒りの感情が湧いてくるのを感じていた。


「あなたはもう失っているのにっ、どうして分かってくれないのっ!」


 ジョエル様の話す言葉があまりにも理不尽過ぎて、怒りで涙があふれてしまった。


「やり直そうって僕は言ってるんだ。また一緒にゲームをしようよ。カードでもボードでも今度はキミの好きなゲームをしてあげるから……」


「私はもうあなたと一緒にいたくないと言っているのですっ!」


「……そんな、ひどい」


 ジョエル様は瞳をウルウルとさせながら私を見つめる。可愛らしい顔立ちをしているジョエル様は幼いところもあるが、それが今はすごく苛立たしく感じてしまう。


「バロー令息、君たちの婚約破棄は覆らない。先ほどから話を聞いていて疑問に思うのだが、彼女がこんなに拒絶をしているのに、どうして貴公は話を聞こうとしない?」


「僕は、……イエンナが僕から離れてしまうような気がしていたから、不安だったんだ」


 ジョエル様の瞳が不安そうに揺らぐ。


「だからといって彼女を傷つけて良い事にはならないだろう。新入生歓迎会での貴公は見ていて見苦しかったぞ。我がクラスのアンケートにも、入学して最初の学園行事なのに、他クラスの生徒たちが問題を起こしたのが残念だったと何人かが書いていたぞ」


「別に傷つけようと思っていたわけじゃなかったんだ。女性は男性が強気でいた方が心惹かれるものだとミオット嬢が話していたから。……もしかしたら、彼女の言葉が間違っていた?」


 気付くのが遅すぎるジョエル様にクリストフェルは大きくため息をつく。


「俺の想像だが、おそらくあの令嬢は貴公とイエンナを仲違いさせたかったのだろう。あの令嬢に何を吹きこまれようと、信じる相手を貴公は間違えた」


「そんな……」


 急に力が抜けたかのようにジョエル様は床にひざをついた。


 ジョエル様が放心している間にクリストフェルが荷物をまとめはじめたので、私も彼に倣った。アンケートの集計は途中だったが、提出期限にはまだ余裕がある。


「馬車まで送ろう」


「ありがとうございます」


 後からジョエル様に追ってこられたらたまらないので、私はクリストフェルの言う事に素直に従った。もしかしてこれも“貸し”になってしまうのだろうか?

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