第11話 婚約がなくなって
学園内の行事のひとつで、夜会デビューの練習だったとはいえ、新入生歓迎会は学園生である貴族令息と令嬢たちが多く参加をしていた。
そんな中で、場末の劇場ですら演目に入れないようなレベルの茶番劇を繰り広げた私たちの事は社交界の中で醜聞として広まってしまった。
あの時ジョエル様は「婚約解消を考えている」と言っていたが、世間の噂ではそれがいつの間にか「婚約破棄をする」と高らかに私に告げた事になっていて、友人程度しか付き合いの無かった香水女ことカトリーナ・ミオット嬢と真実の愛に目覚めたと宣言したとまで噂が飛躍してしまっていた。
両家の親たちは必死になって噂の火消しに奔走したが、ジョエル様が婚約者の私ではなくミオット嬢をエスコートして入場した事や、ファーストダンスを私ではなく彼女と踊っていたのはかなりの生徒が見ていたので、どうしようもなかったらしい。
私の方はクラスメイトたちに囲まれていた事が幸いして、他のクラスの生徒たちは遠目でしか見ていなかった。そしてクラスメイトたちは私に同情してくれていたので、ジョエル様たちによって荒らされた場をクラス委員であるクリストフェルが収めて、体調を崩した私を彼が医務室まで付き添ったというだけの話になっていた。
ジョエル様が馬鹿みたいな茶番劇を始めた時から覚悟をしたが、私たちの婚約はジョエル様有責で婚約破棄となった。ここまで虚仮にされての婚約継続は無理な話だったし、私も反対しなかった。7年間も婚約をしていたのにこんな事になって、彼は貴族としての信頼を失ったのだから、何て馬鹿な事をしでかしたのだろうと心から思う。
◆◆◆
放課後、私とクリストフェルは新入生歓迎会の感想についてのアンケート用紙を今日もまとめる作業に追われている。
あれから私の中にあったクリストフェルへの罪悪感と苦手意識が少し和らいだ。彼は私の事を嫌っていると思っていたのだが、新入生歓迎会での彼を見て、私が思っていたほど彼は私の事を嫌ってはいないと思えるようになったのが理由だった。
「これを見てくれ。この感想用紙には『博愛と平等を基本理念としている学園の主義に則って来年からはエスコートは全員無しとするべきだ』という意見があるがどう思う?」
「生徒会への提出書類に書けばいいんじゃないですか?でもこの字、委員長の字ですわね」
「クラス委員であっても学園の生徒であるのだから一意見として書いてみた」
クリストフェルが自分の書いたアンケートを書き写しながら私に話し掛けてきた。
「キミは俺に大きな借りがあると思うんだ」
「はあ…まあ色々ありましたわね」
「まずは新入生歓迎会でキミは俺を頼り、俺はキミを助けた」
「それで私にどうしろと?」
「イエンは俺をいつも委員長と呼ぶ。それを止めて名前で呼んでもらいたい」
「じゃあ、ルークで」
ルークの名前を出した途端、クリストフェルは少し気まずそうな表情を浮かべた。
「ルークは猫の名前だ」
「えっ、でも猫の名前はルゥでは?」
「俺はルークの事をルゥと呼んでいるんだ。ルークを渡した時に名前と言われたので、あの時俺は猫の名前を聞かれたと思った」
「じゃあその時に本当の名前を教えてくれても良かったじゃないですか。私、7年間もあなたの名前をルークだと思ってましたのよ!」
まさかあの白い子猫の名前がルークだなんて思わなかった私は驚いて、つい大きな声を出してしまった。
「俺は高位貴族らしい長いこの名前が好きではなかった」
「でしたらクリスと名乗ればよろしかったのでは?」
「……それは後から思った。でも何日も経ってから自分の名前を訂正する勇気が無かったんだ。言い訳を言わせてもらうと、あの屋敷には使用人しかいなかったから、俺は坊ちゃんと呼ばれていて両親からも愛称で呼ばれた事なんて無く、咄嗟には思い付かなかった」
「お互いに幼かったですものね。でも侯爵令息様を愛称呼びするのは恐れ多いので家名のレイカルト様で手を打ってあげます」
「イエン、手厳しいな」
「レイカルト様、地が出ていますわよ。そういえばどうして以前は使用人のような姿でいらしたのですか?」
「あの頃の俺は親に反抗的で、貴族としての自分を否定していたんだ。」
「何ですか、それ?」
私は思い切り眉を顰めた。
「我が家の両親は政略結婚で、父は領地、母は王都で生活をしていてそれぞれに恋人が今もいるんだ。それで2人の子供である俺は幼い頃からずっとあの別荘で暮らしていて、学園に入学した最近になって王都に住む事になった。生まれは王都だから戻ってきたと言う方が正しいが、王都で暮らした記憶は無いから今の家が実家という感覚は薄い。そして両親は何かにつけて“貴族だから”という言葉をよく使う。貴族だから好きでも無い相手と結婚した、貴族だから離縁はできない、貴族だからパートナーは必要だと」
「人格が歪みそうですわね」
「別荘は使用人ばかりの環境で、小さな頃の俺が兄のように慕っていたのが、6歳年上の家令の息子だった。今はタウンハウスで執事をしているが、そいつが当時の俺の遊び相手だったんだ。服はアイツが着ていたのと同じものが着たかったのと俺はすぐに外に出て服を汚すからあの屋敷限定であの格好でいたんだ。言葉遣いとか素行があまり令息らしくなかったのはアイツの影響だ。イエンに会ったのはちょうど家令の息子が従者として働くためにタウンハウスの方へ行ってしまった後で、イエンと出会って新しい遊び相手が出来た事が嬉しかったんだ」
「あの時は私も楽しかったですわ。あと、さり気なく私を愛称呼びするのは止めて下さい。今の私は婚約破棄をした傷物令嬢なので、侯爵令息様と噂など立ったらお先真っ暗ですわ。修道院行き決定はご免ですので」
「……チッ」
ちょうどその時、教室のドアが勢いよくバン!と開かれてジョエル様が現れた。
「イエンナ、ごめんなさいっ!」
突然のことに私はクリストフェルと顔を見合わせた。
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