第2話 ラブレターが飛ばさレター

 9月4日(晴れ、適度な雲量の晴れ)


 今日も日記をしたためましてよ。

 特筆すべきことが無くとも筆、いやボールペンを握り振り上げ滴らせねばなりませんわと意気込んだところ、本日も起こりましたの。そう、書き記すべき出来事が。それはお庭で起こりましたの。けれどもまずはひとまずは、そこに至るまでもしたためさせていただきますわ。なんてったって日記ですもの。空白時間があるのは、どこかスッキリしませんものね。

 

 昨日までとは行かずとも、わりかし好調だった朝。巻き髪のお手入れに朝食に発声練習にそしてユージ君の錆び落とし&メンテナンスにと、普段通りのモーニング・ルーティーンをなした私、いえ私たち。今日のコミックストリップもまた最高だと、レインボー様もニッコニコでしたわ。トーストも食器もコーヒーも新聞も、全部の手に収めた究極的格好によるリラックス、皆が皆朝からご機嫌だと思っていたその時、お庭から大きな声が轟きましたの。声の種類は悲鳴と怒号、そう2種類、そして2人分ですわ。


 大急ぎで窓から飛び出した私、それとレインボー様、あとユージ君。私たち3名の視界に映りましたるは、岡っ引きさんとオクラさんの取っ組みあう姿でしたわ!くんずほぐれつで隙の許さぬ両者の攻防はまさに一進一退、何かに献上するような、下手をすればお金をとる種の興行ともなれそうな程の取り組みぶつかり合いぶりに、私はしばらく目が点となり唖然呆然。なおユージ君は大興奮、拳を握りえいやえいやとぴこぴこぴょこぴょこ飛び跳ねておりましたわ。ちょっと眺めて我に返れば、要は目の前は私のお庭にて喧嘩が起きている訳です。先ほどの2種類の声の主もきっと、いや絶対に彼らでしょう。十手術に覚えのある岡っ引きさんと、真面目さと適度な勇敢さが取り柄のオクラさんでは、力の差は歴然。下手すりゃ怪我ではすみませんわ。おやめください岡っ引きさん!あなたではオクラさんにゃ叶わないのですわ!

 これは止めねばなりません。どんな理由があったとて、こんな争いはきっと良くないですものね。

 私はあたりを見まわし、その中でも最も強力な武器たり得る脚立を構え2人に突撃!……をなしたところその脚立はどうやらレインボー様であったようで、彼の万能的な両腕により2人とも動きが止まりました。全身の関節各部をがちりと抑え込んでおりましたのよ。流石はレインボー様ですわ。さてこれにてようやっと落ち着いたとあって、私はお話を伺ってみました。何ゆえに喧嘩に至ったのかを。

 岡っ引きさん曰く、「不審植物が屋根に登ろうとしていやがったからとっちめようと思った」とのことで、オクラさん曰く「大事なものが屋根に引っかかったのでやむを得ず庭に侵入した」とのこと。この断片的な情報に基づけば8割がたオクラさんに非がありますわね。一方、岡っ引きさんは我が家の庭に住んでいる以上、そこに踏み入るお方に対して敏感になってしまうのもうなずけますが、やはり少しは過剰気味。もう少しの落ち着き時刻の経過の後に、一旦の和解でも試みましてよ。


 それから少しの時が過ぎまして、皆が皆落ち着きを取り戻しました。皆してそこいらに腰掛けたりドリンクを飲んだり糸遊びをなしたりしている訳で。今ならば和解の好機だと、指さすような声を上げましたのよ。しばしの空拍の後に、皆はぽうのうとした顔を見せる始末。私的にはベストなタイミングでベストな声を上げたつもりでありましたのに、瞬間図り損ねの涙が脳裏を伝います。岡っ引きさんもオクラさんもレインボー様もユージ君も皆が皆宙を見上げておりますの。真似したくなるほどに一様なそれに私も合わせようかと思略なしたところ、オクラさんが大声をあげました。指さすような声ではございません。首と上げ宙を見たことにより、屋根に引っかかったものが視界に入り思い出すに至ったご様子。確かにそれがオクラさんの目的でしたわね。

 つられて見るとそこには白色、いや桃色の薄い何かが。数歩隣のユージ君づてに訳が聞こえてきたところ、どうやらあれはラブレター。オクラさんが愛しい者に想いを伝えるべく書き上げた思慕そのものだそうです。三日三晩と5時間の思慮の末にしたためきったその愛は、達成感由来の喜びのもとで投函前に手を離れ、煽られ飛んで屋根の上、困り困って庭に入れば、岡っ引きさんにご対面と。なるほどそういう経緯でしたか、一言判断では知り得ぬ背景でしたこと。

 そこまで耳にしたのならば、助けなければ令嬢の名折れ。何ならオクラさんは、私の企業の超優秀社員様、そのうえ更にご近所様、ここで助けても足りないくらいの恩義が私にはありますわ!

 「任せて!」と喉より覗かせ脚立を担ぎ再度の突撃。案の定それは此度もまたレインボー様、……ではなく岡っ引きさんの真っ赤な長身。彼の軟体環形ボディは、私に巻き付き押し上げましたの!そのまま宙を舞う私。思わず尋ねずにはいられません、「あれだけの喧嘩が起きたのに、なぜに彼の為に動けるのですか?」と。彼の解答は一瞬でしたわ。「あんただって似たようなもんじゃねぇか、それと同じよ!」という苛烈激烈に恰好の良いもの。これはまさかばりの激活力。力を得た私に不可能などありません。さあ手を伸ばし身を飛ばし、オクラさんのラブレターはすぐそこに!

 

 しかし運命は残く酷いものでしたわ。指先は爪先とラブレターが触れるか否かといったその時、悪意ある風がひょうりゅっと吹きすさみました。煽られたラブレターは爪先を離れ空を飛びます。それはまるで彼岸の先の別れ、愛を裂き別つ蠥毒の如し。爪先だけに気がネイル(滅入る)などと言ってる場合じゃございません。少し先に行ったからと言ってなんなのですか。まだまだ前にもう少し先にと身体をひねりまわし、スクランデ式の大回転を空中で為すもあえなく失敗、そして届かず。ここまでに悔しいものだとは、いきなり首突っ込んだ上に大失敗だなんて、オクラさんにもご先祖様にも顔向けできませんわ。

 ああこのまま散ってゆくのかと、落下の最中に走馬灯が放映寸前となったところで、私を優しく包む何かが、これがお迎えと見まごうなかれ私よ。そう、それはレインボー様。大きな身体と多数の腕で、私を支え拾う様は揺り籠、岡っ引きさんとも一緒に、一旦に庭へ無事着地。流石レインボー様、ありがとうレインボー様。

 

 本格的にお礼をなしたい心持ちでしたが、問題の解決は為されておりません。数分ぶりに見たオクラさんの顔は、諦念的苦笑と滲む涙に染まりずめ。本心を抑え呑み潰した表情への、処実の紗念はただ1つ。「オクラさん、そんなお顔はなさらないで!」と、思考より早く舌が動きましたの。戸惑いを経た先の笑顔は、私の背を押す推進力。さあやってやりますわ!待っていなさいラブレター!必ずやオクラさんの手元に、戻ってもらいますわよ!

 いざいざの決意充填の先、私は庭から飛び出しました。間髪入れずに空舞うラブレターを確かに捕捉し、ターゲットに向かい無我夢中。塀も歩道も隣家も超えて、ドブに下水に時たま引っかかり駆ける姿はまるで拙いパルクール。枝が刺されど虫が引っ付けど気にするはずがありません。なぜならオクラさんのため!令嬢式の投げないハートで、ひたすらに追いかけ続けました。体感一瞬の追っかけは存外に時間を要していたようで、世界は朱色に染まり始めておりました。さらに大きな向かい風には、現在位置の地理的苦難。気が付けば身の回りには雑草と石、そしてせせらぐ川に橋、そうすなわちここは河川敷、カモノハシだって歩いております。その河川を挟んだ向こう側にて、ラブレターは悠々と漂っているのです。流石に川は渡れませんし、橋を通ろうものならその間に奴を見失います。

 最早これまでと思わせるほどの、憎い現実に怯めども、ふと振り返れば皆の姿が。あの場に居合わせたる皆、岡っ引きさん、オクラさん、レインボー様、ユージ君、皆も私と共に、追ってくださっていたのですね。やはり為すべきことは1つ、それは諦めではありませんことよ!

 私が意気込むと同時に、レインボー様もこちらを見やります。流石レインボー様、私の心など手に取るようにわかるのですね。彼の身体が光を放ち、その姿形を変えてゆきます。美しき湾曲を誇るそれは特大の弓矢、まさしくレイン“ボウ“という事。もちろんおふざけではありませんことよ。レインボー様をラブレターに向かい放つのです。それしか手はありませんし、悩む暇もありません。これに全てがかかっているのです。意を決し、空を見ました。橙に染まらぬ確かな色はまさに恋の病でしょう。それを失ってはなりません!


 いざ、今、放て、私!


 えいやと放った矢は空を切り、見事手紙をぶち抜きましたわ!刺さった矢はレインボー様の姿に戻り、こちら目掛けて急降下をなしてきました。その手にはラブレターもしっかりと握って。オクラさんも飛びついて、涙を流して欣喜雀躍。岡っ引きさんとユージ君も、手を組みタンゴの如き喜びを。カモノハシだって見てますわ!とにもかくにもこうして無事に、ラブレターは取り戻しましたのよ。夕空の橙は朱色に代わり、願いの成就を祝うよう。今日も素晴らしき一日でしたわ!


 ひとしきりの喜びの後、オクラさんは皆に感謝を申し上げました。お礼をしたいとも申していましたが、それはお断りしましたの。お礼を受け取る程の事は、為していませんものね。それでも何かさせてくれと言うなんて、オクラさんはなんて良いお方なのでしょう。という訳で遠慮なく、私も1つお願いをば。もちろん簡単で単純な中身ですわ。「オクラさん、岡っ引きさんと今後も仲良くしてくださりませんこと?」というのが全てです。2人は向き直り、今朝の非礼を詫び合って、本当に真に万事解決!全てがハッピーエンドですわ!


 

 ……ただ、ちょっぴり気になる所もありまして。日記にしたためてから気が付きましたのですが、ラブレターを思いきりに射抜いたのですよね……。穴あき虫食い同然の個所も当然できる訳でありまして、下手すりゃ送り主または宛先不明の、ちゅうぶらりんなストレイ・ラブレターとなった可能性も。そんな手紙じゃ“お蔵“入りですわ!

 そうならない事を、祈る他ありませんわね……。もしそうなら、申し訳ありませんわ、オクラさん……。(第2話・終了)

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