11 私は主人公じゃないから

 更に数時間後。

 昨日と同じ断崖の小さな窪みで、2日目の夜を迎えていた。


 枯れ枝で焚き火を作り、グリズリーの死体から拝借した肉を200グラムくらい食べた。

 残りは川沿いに置いてきたが、恐らくはハイエナとかが綺麗に片付けてくれている事だろう。


 クマのお肉はイノシシと同じで獣臭さを感じるものの、個人的にはクマの方が好みだ。

 特に脂がおいしい。


 口の中に残った脂を、ペットボトルに汲んだ水で洗い流し、窪みに敷いた毛布にくるまる。

 縮んだとはいえ、まだかなりの大きさで、芋虫のようにくるまれば、シーツと毛布、両方の役割を果たしてくれる。


「温かいし、柔らかい……」


 ……。

 …………。

 ………………。


「…………」


 でも、なんだろう。

 この胸を締め付ける感覚は。


 昼間は生きるために一生懸命で、常に体と頭を動かしていたから、意識していなかったけれど……。

 夜になって、他にすることがなくなると、急に頭が現実に引き戻され、不安がこみ上げてくる。


 独特な風味とはいえ、おいしいお肉を食べて、ふわふわの高級毛皮も手に入れた。

 順調な異世界生活を送れているはずなのに……知らない土地で迷子になってしまった時のような、感覚。


 これが、郷愁きょうしゅうというやつだろうか?


「ねぇ……いい加減聞いてもいい?」


『何をだ?』


「私を助けてくれる理由……というか、代償の話」


 これ以上考えても、ただ苦しいだけ。

 悩んでも悩まなくても、異世界にきてしまった以上、どうしようもないのだから、なるべく考えないようにする。

 眠くなるまで、クロに話しかけることで、気持ちを紛らわせる。


 それに、クロが私を助ける理由だって、まだ聞いていないのだから、丁度いい機会と言えた。


「あなたは魔剣でしょ? 持ち主の願いを無条件で叶えてくれる聖人なんかじゃないことは、とっくに分かってる。この森から出れたら、私は何をすればいいの?」


 クロは言った。

 ゴブリンの死体が積み重ねられた、炎の海の真ん中で。



 ――契約だけクソガキ。テメェをこの魔物蔓延はびこる森から出してやんよ。その代わりに、俺サマの願いを叶えろ。



 そう、クロははっきりと、『俺サマの願いを叶えろ』と――つまり対価を要求している。


『そう身構えるな。安心しろ。大したことじゃねェからよ。ただ人里に降りたら、典舖質屋とかてきとうな所で、俺サマを手放せばいい』


「なんで?」


『テメェの予想通り俺サマは妖刀だ。肉体を失い、感覚を失い、代わりに与えられたのは、〝人間の血を吸う時に生じる快楽のみ〟。つまり俺サマは人の手によって人を斬り殺すことでしか、生を実感できない存在なんだ』


 ――人間の血を吸う事でしか、生を実感できない。


 確かにクロは、ゴブリンの群れから私を助ける時、血を寄越せと言っていた。

 結局私は、刃で自分の手を傷つける勇気がなく、転んだ時に出来た擦り傷から零れる血で、代価を払ったんだっけ。


『だが黒貧森こくとんりんに人間が足を踏み入れたのは、200年ぶりだ。俺サマは話の通じないゴブリンに拾われ、20年もの間、飢え続けていた訳だ』


「じゃあ、なんで私の血を吸わないの?」


 コイツにとって私は、200年ぶりに現れたごちそうだ。

 こんな若くて可愛くて健康的な女の子を見たら、血を吸いたくて吸いたくてたまらないだろうに。


『俺サマは目の前の海老えびに目がくらんでみすみすたいを逃すようなヘマはしねェ。貴様を利用して、森から抜け、人里に降りる。そしたら後はこっちのモンよ。適当な人間の肉体を操り、人を斬りまくるって寸法よ。ギャハハ』


「それ、私に言ってよかったの?」


『問題ない。なぜならテメェは、これから俺サマの手によって殺される無関係な人間の命よりも、自分の命を優先するからだ』


「…………」


 クロの言葉に、私は押し黙る。

 図星だったからだ。


 クロはやっぱり極悪非道の悪人(というか悪剣)だった。

 私がクロを連れて森を抜け、人間のいる所にいけば、クロの手によって沢山の人間が殺される。


 クロの肉体を支配するスキルと、そのスキルによって繰り出される剣豪クラスの剣術と、炎を操る魔法があれば、多くの人間がクロによって殺されてしまうだろう。


 私がとるべき選択は、クロを土の中に埋めるなどして、今すぐクロが2度と人の手に渡らないように封印するべきだ。

 でも、そしたら私は間違いなく、この森の中で生き残ることは出来ない。


「クロも……私と同じで可哀想な子なんだね」


『はぁ? 何をいってやがるクソガキ』


「クロは、人間の血を吸うことでしか、生を実感できないんでしょ? 他の動物が、水を飲む、肉を食べる、眠る、あと……その、エッチする、とか……そういう営みを、生き物は気持ちいいと感じる。クロが血を求めるのは、肉食動物が他の動物を殺すのと同じ。だから、可哀想」


『何を言うかと思えば反吐が出る。そうして俺サマを憐れむことで、自分を正当化しようとしている。テメェの選択によって、沢山の人間が死ぬことを、食事に例え、仕方のないことだと言い聞かせている。そうだろう?』


「そうかもしれない……でもさ、綺麗ごとだけじゃ、生きていけないから。この世界にきてまだ2日目だけど、少しだけ分かったよ。人間も動物も、あと魔物も……生きるのに必死なの。必死に生きないと、明日死ぬかもしれないから」


 理科の授業で倣ったことを思い出す。

 クロは寄生虫のようなものだ。


 宿主に宿り、宿主と共生し、時に宿主を助ける。

 しかし――寄生虫が産卵の時期になると、反旗を翻し、宿主の肉体をコントロールする。


 クロは私に取り付いた寄生虫だと分かっていながら、私はクロを手放すことが出来ない。

 これは自然の営みに組み込まれたことであり、そこに善も悪もない。


 ショート動画で、サバンナの肉食獣が草食動物に反撃を喰らって獲物を逃がしてしまう動画で、どこかスカっとした気持ちになっていたけれど、別に肉食獣だって、弱いモノ虐めがしたくて草食獣を攻撃している訳ではないのだ。


 そんな風に、クロの生き方を肯定し。

 そんな風に、私の選択を正当化する。


 私は悪くない……と。

 14歳の普通の少女が、この世界で生き残るには、同族を殺しまくる寄生虫に頼らざるを得ないのだと。



 まぁ……全部、言い訳なんだけどね。

 所詮は中学生の戯言たわごとだ。



 結局私が言いたいことは、ただ1つ。



「私……死にたくない……」


 だから私は、悪魔にだって魔剣にだって魂を売る。


 今日魔物に殺されて死ぬか、明日魔剣に憑り殺されるかなら、私は後者を選ぶ。

 その考えは、まだ変わってない。


 例え、私以外の人間が……死ぬとしても……。


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【あとがき】

今回のAIイラストは熊の毛皮をかぶる主人公ちゃんです。


https://kakuyomu.jp/users/nasubi163183/news/16818792436817754046

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