1-4.十四歳(仮定)の腹の音

 洗い桶の水鏡。かけるにガキと称されるいまの自分の顔をまじまじ確認できた。

 記憶を呼び起こしてみれば、中学生の頃の面影に近い気がする。

 なんだ、ガキと言われるほどガキではない。容姿が良いとはいえないが。

 数日前の郡衙ぐんがでのやりとりを思い出してむしゃくしゃし、桶の水を両手ですくって自分の顔にぱしゃっとかける。陽光で温まっていたのか水は生ぬるい。

 もう一度顔に浴びせてから、着ている患者衣の合わせの前側でぬぐおうとしたら、つばさに止められた。

 目の粗いごわごわしたてぬぐいで翼はそっとアカネの頬をおさえる。

 気遣わしげな真剣な表情にのまれて、アカネはされるがままになっていた。

 アカネの顔を拭き終えた翼は、てぬぐいを水にひたして今度は患者衣の袖からのぞく手首のあたりから先を拭き始めた。

 こんなふうに世話を焼かれるほど小さな子どもではないのだけれど。

 ぼんやりアカネは考える。

 今の姿かたちを十四歳と仮定して、どうして自分は若返って、こんな古代のような世界にいるのか。

 直後にはっと思い至る。

 美青年に介助されているアラフィフおばさんというリアルな構図に。

「自分でやるっ」

 慌てててぬぐいを奪い取り、袖をまくって腕をこする。もともと汚れた色のてぬぐいが、あっというまに真っ黒になって驚いた。汚れすぎだろ、自分。

 とはいえ、入浴を切望するほどからだに不便は感じない。ひとり暮らしをしていた頃は、ふつうに風呂キャンセルしていたアカネである。

 両腕を拭ったあと、残った水を足にざばっとかけると気持ちよかった。少し頭がすっきりした気がする。

 洗い桶に水を入れ直した翼は、かぶっていた頭巾を取って自分も首筋や腕をぬぐいはじめる。

 特になにも考えずに眺めていたのだが、どう感じたのか、翼は少しきまり悪そうに俯いた。

「ごめんね、見苦しいよね。ちょっと前まで寺にいたから」

 じょりじょり自分の後頭部をなでる。坊主ヘアの短い頭髪は撫でると気持ちよさそうだ。

 アカネの息子も小学校低学年までバリカンで坊主頭にしていた。そのうち色気づいて坊主は恥ずかしいと言い出した。あのときはショックだった。こんなにかわいいのに、と。

 て、いやいや待て。

 翼はお寺にいた。リアルお坊さんだったということか。剃髪の。つまりは伸ばしかけの丸坊主。

 ヘアスタイルとしてまったく問題ない。頭のかたちが良いから見苦しいなんてことはない。じょりじょりさせてほしいくらいだ。

 手をむずむずさせていると翔が住居の中から出てきた。

「できたぞ。食べようぜ」

 どかっと地べたに腰を下ろして、持っていたトレーをその場に置く。

 乗っていたのは、見た目はまるでツイストドーナツな物体で。

 アカネのお腹がぐうううと鳴った。

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