第5話朝の光
ユウは静かに、扉を押し開けた。
眩しい光が差し込み、思わず目を細める。
今までの空間とはまったく違う。
教室でも、家でも、事故の現場でもない。
ただ一面、白く淡い光に包まれた空間。
床の感触が、現実に近い。
空気は温かく、鼻をくすぐる陽だまりの匂いがあった。
そこに、ひとつの机と椅子。
机の上には、ノートとペンが置かれていた。
ユウはゆっくりと椅子に座り、ペンを手に取った。
ページを開くと、そこには一行、文字が記されていた。
──「これは君自身の記録だ」
「……俺の?」
思わず声に出すと、背後からふわりと気配がした。
「ようやく来たわね」
振り返ると、白衣の女がそこに立っていた。
「ここは、“始まり”の空間。
あなたの心が、罪と向き合う前にいた場所よ。
そしてこれから、“選ぶ”場所でもある」
「選ぶ……?」
女はうなずいた。
「あなたは、自分の記憶をすべて見た。
佐久間くんのこと、タクミくんのこと。
それでもまだ、自分を許しきれてはいない。
でも、ここで終わることもできる。
この記憶の世界にとどまり、苦しみから逃れることもできる」
ユウは黙って聞いていた。
でも、それは“あり得ない選択肢”だった。
「……俺は戻るよ。
あのリビングも、教室も、事故の日も……
全部、忘れたくない」
「苦しい思い出よ。背負うには重すぎる」
「でも、それが“俺の記憶”なんだ。
誰かに許してもらうことより、
ちゃんと忘れずに生きていく方が……きっと、タクミも望んでる」
女は一瞬だけ驚いたように目を見開き、それから、静かに笑った。
「そう。なら、もう何も言うことはないわ」
ノートの上に一筋の光が差し込む。
ページが、風もないのに音を立ててめくれていく。
「……目を覚ましなさい、ユウくん」
* * *
「――ユウ! ユウ!」
誰かの声が、耳の奥に響いてきた。
まぶたが重い。けれど、少しずつ光を感じる。
「先生! 手が動いた!」
ざわざわと周囲の気配。
ユウはゆっくりと目を開けた。
視界がぼやけ、天井の白いライトが揺れて見える。
「……っ、あれ……ここ……」
病室だった。
心拍計の音。誰かが手を握っている感触。
その隣に――見覚えのある顔があった。
「……佐久間……?」
ぽつりと名前を呼ぶと、佐久間は目を丸くして、それから小さく笑った。
「よう。やっと起きたな」
ユウの胸に、あたたかいものがこみあげた。
現実に帰ってきた。
そして、また“向き合える場所”に戻ってこられたのだ。
* * *
窓の外では、朝の光が差し込んでいた。
それは、ずっと遠くにあったはずの「再出発」の兆しだった。
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