第41話友達

フィル、実は僕…友達に憧れてたんだ。









授業が終わり学食に向かう三人、食堂は人でごった返し色んな場所で友達や恋人との雑談に花咲かせていた。フィル達もトレイを持って、三人で空いている席を探した。


「今日のメニューもなかなか豪華だな」「うんうん、この出来立てのパンがいいんだよね」


「レイバンとホープはここで食べてたんだろ?飽きないのか?」


「ホープは知らんが俺はここを使うことはあまりなかったな」「僕もパンぐらいしか買ってなかったよ」


「だがこんなにも色々あるんだ、もっと早く使っておけば良かったな」


レイバンがトレイを持ちながら呟く、レイバンもホープも意外と学食を利用していなかったらしい。ホープは普段から料理していたから買う必要がなかったんだろう、レイバンはシェアト様に合わせて食べていただろうし。


(どこかいい席空いてないかな〜)


「あ、あそこが空いてるよ」


ホープが窓際のテーブルを指差した時だった。


「おっと」


突然、ホープの足元に何かが引っかかったのか、彼は勢いよく前に転倒した。


ガシャーン!


周りに視線が一瞬でこちらに向くほど大きな音を鳴らしトレイの中身が全て床に散らばる、飛びっちったスープやソースがホープの制服にべっとりと染み付いた。


「あー、すまないすまない」


振り返ると、そこには銅色髪の先輩が白々しい笑みを浮かべて立っていて、明らかに故意に足を出したのが見て取れた。駆け寄ってみるとホープの制服はスープで汚れ、ジャムが肩に付いていた。


「あー、本当に悪かったなぁ。まぁわたしの靴にもスープが掛かったんだからおあいこだろう?」


ネクタイの色でわかるが一つ上の先輩らしい、反省のはの字も見えず一緒にいた数人とこちらを見下ろしている。


(なんだこの人達、どうゆう目的だ?)


「靴にかかったのもそもそも其方が原因でしょ、ホープに謝ってください」


あくまで落ち着いて言ったが相手には何にも届いてないのはすぐ分かった。


「証拠でもあるのか?転んだのは事実だろう、あーこれだから平民は怖い怖い、こうやってすぐ責め立てるのだからたまったものではないな」


「はぁ?」


「所詮ファスカ様に気に入られていても平民は平民、立場をわきまえて動きたまえ。そこのグレイ家の者も付き合う人間を考えないと主に迷惑が掛かるぞ」


(…こいつ俺のこともレイバンのことも把握してる、やっぱりわざとか)


流石にこのまま引き下がることはできない、レイバンに目を合わせ同意を得る、言い返そうとした時…ホープに手を引かれた。


「転んだ僕が悪いから…大丈夫だよフィル」


「いや、でも…」


「本人が大丈夫だと言ってるんだから終わりでいいだろう、それともまだ何か言うことがあると?ん?」


勝ち誇った顔でこちらを見下してくる先輩、胸に渦巻く悪感情を必死に飲み込んだのはひとえにホープの手が震えていたからだ。


「何も言えないか!そうかそうか、所詮はレベル4討伐などと身分不相応の嘘をつく阿保。今のは勉強代よ!ではな、平民」


そのまま去っていく奴らを俺はただ睨むことしか出来なかった。


倒れていたホープが立ち上がると制服についたスープを拭き取りながら、僕とレイバンに向かって微笑んだ。


「ごめんね、僕のせいで…本当は言い返したかったでしょ」


「ホープのせいではないだろう、俺とフィルを知っていた時点で狙いは明白…むしろ守れなくてすまなかった」


「いやいいよ、とりあえず着替えたいから部屋に戻ってもいいかな?」


「あぁ、そうだな。戻るか」


床を拭いて急いで部屋に戻る、食事はまともに取れず俺たちはパンを齧っていた。


「あいつら…何の為にあんなことしてきたんだ、俺が気に入らないなら俺一人を狙えばいいのに」


「多分…平民差別だと思う」


(平民差別か、師匠から気をつけろって言われてたやつ。聞いてた限り大したこと無さそうだからどうでもいいと思ってたけどこんな事してくるなら静観も出来ないな)


「この学園は基本的に貴族や平民だからといってカリキュラムに差はないし、四代貴族でもない限り敬称もしない場合が多いけど偶にいるんだ、貴族の誇りを変に勘違いして平民を見下す人が」


「先生達は注意しないのか?」


「勿論するし対策もしてる、これでも昔に比べたら消えたといっていいほど減ったんだよ。ファスカ様のおかげでもあるかな、良くも悪くも生徒達の空気を作るのは先生じゃなくて生徒代表の生徒会長なんだ。もし生徒会長が平民を見下すような人ならそれは下に伝染するし」


貴族の地位は間違いなく平民よりは上、これは揺るがぬ事実だがその地位は何のためのものかを理解する貴族は少ない。政治的指導、軍事的役割、高貴な規範の体現者として、安定と秩序維持に貢献することが期待された者たちが貴族。本来民を守り先導すべき貴族が差別するなどあってはならない。


「だがどうする、あれはまた来る顔だ」


レイバンの言う通り、あいつらはまたあーゆーことをしてくる。先生に言えば簡単だがそれでホープなどが狙われるなら意味がない…心から辞めさせなければならない。


「力尽くで辞めさせる?多分出来るけど」


「ダメに決まってるでしょ!」


割といい案だと思ったのだが返ってきたのはバッテン、顔を横に振りながらホープは説明する。


ロードを目指すにはテスト一位は勿論だけど素行も大事なんだよ?問題起こして挑戦権失くすなんてダメなんだからね。僕は大丈夫だしレイバンはシェアト様がいるかなあんな風に手は出されない、フィルもファスカ様のお気に入りだと思われてるならそこまでのことはされない。あーゆー人達は無視すればいずれ飽きるから何もしなくていいよ」


「ホープが大丈夫って根拠は何?」


「僕も一応貴族だしオンドルフ先生とも仲良いからいざとなったら頼るよ」


「そう…ならいいんだけど、でも困ったら言ってくれよ?」


「ふふ、僕はいい友達も持てて幸せだよ」


それから数日が過ぎ、表面上は何事もなく学園生活が続いていた。授業も順調で、ホープもレイバンも特に何もされてないとのこと。


(心配のしすぎだったかな…)


杞憂ならば良かったと切り替える、部屋で一人待っていると、時計の針は既に夕食の時間を過ぎていた。いつもなら授業が終わればすぐに部屋に戻ってくるホープが今日は中々帰ってこない。


「グループワークでもやってんのかな」


気のせいではない、ファスカ様程じゃないが自分にも勘が働く時がある。その勘が今言っている、何かが起きていると…あの銅色髪の男が脳裏をよぎる。


不安が募る中、ドアがきしみながら開いた。


「ただいま…」


「なんだよホープ、遅かっ…た…」


振り返った瞬間、血の気が引いた。


「ごめん、遅れちゃって」


ホープの制服は無残にも泥と汚れにまみれ、顔には痛々しいあざが浮かび上がり、唇の端からは乾いた血が黒く固まっていた。


「ホープ!一体何があったんだ!?あいつらにやられたのか!」


慌てて駆け寄ろうとした俺を、ホープは震える手で制止した。


「何も…何もないよ」


「何もないわけないだろ!なんだよこの傷、あいつらだろ、あいつらなんだろ!?」


言ってくれ、言ってくれれば今からでも言いに行くから。素行についてもこれだけのことをされてるんだ、先生に言えば一発だろう。


だから言ってくれ、あいつらがやったって。


助けてって言ってくれ。


「いや違うよ、僕が階段で転んじゃって…」


そう願っても友達は助けての一言も言ってくれない。


「…弱味でも握られてるのか、あいつらに」


(それ以外考えられない…じゃなきゃこんなに頑なに言わない訳がない)


だけどホープは何も答えてくれない。


「ごめんフィル、何も言えないや、これは僕自身の問題だから」


怒りが津波のように込み上げてくる。あの顔が脳裏に浮かび、今すぐにでも殴りに行きたい衝動が血管を駆け巡る。拳が自然と握りしめられ、関節が白くなるほど力が入った。


「分かった…分かったよ」


絞り出すような声でそう答えるしかなかった。戦えば絶対に勝てるのに、ホープを守るために戦いたいのに戦えない。


(くそ…どうすればいいんだ)




▲▽▲▽▲▽▲





フィルは凄い


僕と友達なのが奇跡と思えるぐらい凄い人、強さと同じぐらいの優しさを持ち合わせた自慢の友人。そんな友達にこんな顔をさせてしまうなんてやはり僕はダメな人間なんだろう。




昔から正義感が強いと言うか悪いことが許せない子供だった。


いじめられてる子を見捨てられないし、ずるいことをしてる子は注意した、はっきり言って疎まれる存在で上手じゃない生き方だと思う。色んな子から変な目で見られているのは分かっていたし親からも心配されていた。


だからこそお父さんは僕に教育係をつけた、戦うための術を身につける為の先生を、きっとお父さんは僕がこの生き方を変えないのを分かっていたんだ、だから身に降りかかる火の粉を自分で振り払えるよう先生をつけてくれたんだと思う。


そこで会ったのが当時その強さから噂になっていた冒険者のオンドルフ先生、僕にとっては魔法や剣が今後使えるようになるってだけで嬉しかったしベットでずっと跳ねてしまうぐらい喜んだ。


そして、ここで僕は自分に才能のかけらもない事を思い知らされた。



魔力量はあるのに使える属性がない



これは大量のお金があるのに使い道がないのと同じようなもの、属性がないなんてとても珍しく、いても大抵魔力量があからさまに少ないから気付けるらしいけど僕の場合は魔力量だけあったせいでずっと勘違いしてた。これが最初の挫折、二つ目は闘気が上手に纏えないこと、もとより闘気の才能がなかったことにプラスして使い物ならない大量の魔力量が邪魔をして上手く出来なかった。


剣も武術もやったけど闘気が纏えないんじゃ話にならない、僕はスタートラインにすら立てなかった。でも心は折れちゃいけない、どれだけ強くなれないと現実を突きつけられようと他で頑張ればいい。


勉学に励んだ、本を読むのは好きだったから教書もその要領で読んで頭に入れた。成績がいいと先生たちもお母さん達も褒めてくれて嬉しかった。友達も出来て徐々に自信になっていた、ダメな所は誰にでもある…問題はどう埋めるか、そう言い聞かせて何か引っ掛かりを覚えながら僕は机に向かっていた。


そんな日々の中、上級生にいじめられてる同級生を見かけた。


ただ通りすがっただけ、なんの関わりもない子、上級生は大柄で見るからに自分より強いのは明白、あと数歩でも前に行けば何も見なかったことにできる。


(助けなきゃいけない…でも)


足が動かなかった、初めてだった。力がないと自覚した今、ここまで相手が強大に見えるなんて知らなかった。


(だからどうした?)


(助けなきゃ)


(なんの為に?友達どころか知らない人だよ?)


(でも困ってるじゃないか、きっと助けを求めてる)


(助けてどうする?こっちにも被害が来るかもしれない)


相反する二つの本音が心の中で激しくぶつかり合った。震える足、冷たい手のひら、耳に響く自分の心臓の音。


どちらを本音にするかは自分次第…


ここで自分の未来が決まるのが分かった、だからこそ足が動かない。


(ここでもし助けなきゃ僕は一生あの人みたいになれない…ヒーローになれない…)


あの日僕たち家族を救ってくれたヒーロー、気づいたら僕は憧憬に背中を押されていた。


「何やってるんですかやめて下さい!先生を呼びますよ!」


声を張り上げた瞬間、上級生たちの視線が一斉にこちらを向いた。


「誰こいつ、お前の友達?」「だる、どうでもいいけどそろそろ飽きてたし行こうぜ、教員に見つかったら面倒だし」


何か一悶着が起きることもなくそそくさと上級生は去って行った。


「ありがとう…本当に、ありがとう」「大丈夫だよ。困ったときはお互い様だから」


ホープは胸を張った。やっぱり助けて良かった、自分の選択は間違っていなかったんだと、自分の中の闇もその時は何も言わなかった。


けれど、数日後の昼にそれは起きた。


「ホープ、俺たち…もうお前とは遊ばないから」


昼休み、いつものように友達を探していると、彼らは廊下の隅でホープを待っていた。


「え…どうして?」


「どうしてっててか…あんま関わんないでくれよ、それじゃもう話しかけないでくれ」


「突然そんなこと言われても意味分かんないよ!理由は…理由はなんなの?」


必死に引き留めると友達の一人が袖をまくった。


「え…」


そこには青黒いあざがくっきりと浮かんでいた。


「今まで別に悪い奴じゃないから遊んでたけど…お前何したんだよ。あの上級生にお前の名前聞かれて少し答えなかっただけでこれだよ」


「そんな…」


「お前には悪いけど、俺たちはお前についてけねぇよ、こんな思いもうしたくないから、じゃあな」


友達たちは背を向けて去っていった。呼び止めることも出来ず、僕はその場に立ち尽くすことしかできなかった。


(僕のせい…?)


人生落ちる時は一瞬で落ちる、それも完全に予知できない死角から落とされる時もあるのだ。




▲▽▲▽▲▽▲





それからというもの、友達は僕の周りからいなくなっていった。廊下ですれ違っても目を逸らされる、話しかけても無視される、誘っても断られる。


(僕は間違えたんだろうか、あの時いじめを止めなきゃ良かった?)


少しずつ、少しずつだが確実に僕の周りから人が消えていった。


(そんなことあるわけない、いじめを止めたのは間違ってない、なのになんでこうなったんだ?)


心は疲弊し体が重い、友達のいない学校は楽しくはなかった。


やがて机にはペンを走らせる音は響かず、代わりに泣き声だけが部屋に響いた。そしてある日の放課後、ホープ自身が標的になった。


「よぉ、お前のせいであのゴミが調子乗ってよ、殴れなくなっちまって、代わりになってくれるよなぁ?」


人気のない裏庭に呼び出され、複数の上級生に囲まれた。逃げ場はない、もとより逃げるつもりも気力も無かった。


「まずは一発!!」


「うぅっ…」


最初の拳が腹部に突き刺さった時は息が止まるかと思った。


「っつぅぅ…うぐっ」


次に頬を殴られ、視界が揺れた。地面に倒れ込むと、容赦なく蹴りが入る。


(痛い…痛い痛い痛い…でも…)


体中が悲鳴をあげて胃液が口から垂れる。けれど殴られる痛みよりもホープにとってはもっと違う痛みの方が強かった。


(僕のせいで…みんなこんな思いをしたんだ…こんな…)


一緒に笑い合ったり他愛もない話をしたみんなが…休み時間にふざけ合ったり喜びあった友達が…


僕のせいでこんな目にあってたんだ…


助けようとしただけなのに、正しいことをしようとしただけなのに。


(友達を失う方がこんな痛みよりはるかに…つらい…)


涙が溢れた。


「泣いてんのか?ダッセー」


はたから見れば恥ずかしいだろう、惨めだろう、かっこ悪いだろう。泥で汚れ痛みに悶える姿は言葉にできないぐらい酷いものだ。


上級生たちの嘲笑が遠くに聞こえる、代わりにもう一人の自分が目の前にいた。


(ほらね?助けなければ良かった、助けなきゃ友達も失わずにいつも通りの日々を過ごせたじゃないか)


(……)


(大丈夫さ、もうこの学校なんて後一年だ、次で間違えなければいい)


まだ自分はこんなことを考えているのか、ホープは自分に失望し始めていた。でもホープの瞳にはまだ…希望も宿っていた。


(間違ってなんかないよ、あの時助けたことは間違いじゃない)


(ん?友達が傷ついたのに?)


(そこだよ、友達を巻き込んだことと助けたことは関係ない。最初から僕が殴られれば良かったんだよ、僕は弱いから、誰かを助けて友達も守るにはそうすればいい)


歪んだ正義の方程式がホープの中で完成した。


最初から自分を捨てれば問題は全部解決すると気づいた、親も先生も誰も頼らず一人で守れる唯一の解。自己犠牲なんて高尚なものでは無い、それが長くは持たないことは誰でも分かった。

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誰かの為のエスペランサ〜〜家族を人質に取られた少年は命を懸けて最強を目指す〜〜 @hiraringo

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