第2話 知らない男に話しかけた


 気に入らない顔があった。


 その顔が嫌気がさすほどの不細工だった訳じゃない。ただ、その表情が勘に来た。前を見るだけのしみったれた顔が癪だった。


 道の対岸を歩いてくる男子。背丈は170をわずかに越すほどだろうか。この暑さに辟易した顔の、それでもヘッドホンを外さない奇に見える高校生だった。汗を浮かべているのにシャツを崩さずキッチリと着込んだ、見ているだけで暑そうな格好をしている。


 たまたま目についたそいつに、違和感があった。

 身だしなみとか装飾品だったりの話ではない。雰囲気というか、まとう空気というか、とにかく、高校生が持っていいものじゃなかった。

 手遅れな程に老けているような一方で、拙い幼稚さすら感じた。そいつからは、若者らしさ、なんてものを感じられなかった。特別感ではなく、異物感があった。


 そして、その印象全てを忘れるほどに、イラつく顔をしていたのだ。虫唾が走るような、なんだか恥ずかしいような、私は古い鏡を見せつけられている。


 こちらに気付かずそのままに私の方に向かってくる、そいつを見て


 私に目を向けず通り過ぎて行こうとするそいつの、顔を見て


『—————————』


私の中の小さな自分が囁いた。


「……おい、お前」


 だから話しかけた。少しぶっきらぼうだったかもしれないけど。

 

「…………」

 

 何を喋ればいいのか分からなかった。

 自分の心情すらもあやふやなままの見切り発車だったから、何を口にすればいいのか分からない。

 向こうから見れば、私はいきなり声をかけて来た不審者だ。それとも、逆ナンとでも思われただろうか。

 日に照らされた体が更に熱を持った様に感じて、あわてて否定しようとする。


 その前に、混乱から戻って来たのは彼だった。


「どうかなさいましたか?」


 彼は優しげな人好きのする笑みを浮かべた。

 ただ、暑さに体力を奪われていたのだろうか。

 彼は私の目の前で表情を切り替えた。

 虚の上に仮面を被った。


 その偽りが、移り変わりが、気色悪かった。


 だから、


「……ちょっと、付き合って」

 

 とりあえずついて来させることに決めた。

 

 何を話せばいいのかは分からない。

 でも、彼と話がしたかった。


「私、遠火。橘 遠火」


 結果的にそうなってしまったが仕方がない。


「私と一緒に遊びに行こうよ」


 橘 遠火。16歳。

 人生で初めて男の人をナンパした。



 


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