第27話 Day.27 しっぽ

 重力加速度って、習ったよな。

 人間、危険が迫ると、関係無いことを考えるらしい。落下による風を感じながら、俺はそんなことを思った。

 いやいや、待ってよ?!マズイじゃん!

 落ちて死ぬとか、絶対イヤなんだけど?!

 痛いの嫌だし、まだ死にたくない。 

 そう思ったその時。 

「あんの莫迦天狗!やることが雑!!」

 聞き覚えのある声がした。

 この声は!

 目を開け、下方へと視線を向ける。

 ボン!と言う音と共に、白いモフモフしたものが現れ、ふんわりと包むように俺を受け止めた。

 モフモフした……これは……しっぽ?

 白くて、大きなしっぽに包まれ、俺は無事だった。

 っていうか、しっぽって、どう言うこと?

 しっぽは俺を包んだまま、そのまま下へと降りていく。

 人気のない公園に降り立ち、俺の事をそっと下ろす。やっとその全貌が見えて、俺は再び絶句した。

 だってそこにいたのは、真っ白で大きな狐だったから。

「怪我はない?」

 赤い瞳を光らせ、狐はそう尋ねた。

 聞き覚えのある声。この声は……。

「な、ない、です。あの……まつり、さん……?」

 俺の問いかけに、白狐は首をかしげると、次の瞬間、人の姿へ変化した。

「まったく、こんな時間まで出歩いて!ダメじゃないか」

 瓜実顔の青年は、つり目を更に吊り上げて、俺を睨む。美人が凄むと、かなり怖い。

「僧上坊が気がついたから、良かったけど。かなり危険だったって、判ってる?」

「あ、はい……ごめんなさい……」

 祭さんは、ため息をつくと、わずかに目元を緩めた。

「……まあ、無事で良かった。はくさんに心配かけちゃダメだよ」

「はい……あの、祭さん」

「ん?何?」

「……祭さんて、狐……なの……?」

「は?」

 祭さんは、まじまじと俺の顔を眺め、たっぷり三十秒は沈黙した。

 やがて俺が本気で聞いてると判ったのか、額を押さえ、再び深いため息をついた。

「……本当に気がついてなかったのか……」

「う、うん。え、てことは恋さんも?」

「そうだよ。僕達は、山の上の社の御神使さ。なんで気がつかないかな」

 呆れたように見下ろされ、俺は情けない声を出す。

「うう、だってぇ」

 白洞寺には、アイツらは出ない。

 それはあそこが、結界の中にあるからだと聞いていた。

 なので、人ならぬ存在が出入りするなんて思っていなかった。

 ってのは、言い訳だよなぁ。

「君、思ってるよりも、人とそれ以外の見分けがついてないんじゃない?」

「そんなことは、ないと思うんだけど……」

 祭さんも恋さんも、一緒にいて落ち着く人達だなぁとは思ってた。

 それって、二人が神使で、清い気を放っているからということで。

 つまり二人といると、アイツらが近寄って来ない上に、清浄な場所になるわけで。

 結果、気がつかなかったのではないか。

 ぼそぼそとそう言うと、祭さんはクスクスと笑った。

「まあ、白洞寺に出入りしてるのは、古株ばかりだからね」

「古株?」

「化け方が上手いってことさ」

「……え?」

「え?」

 祭さんが、まさか……と言うように、ジト目になり、三度、ため息をつく。

京義たかぎ君。帰ったら、白さんも交えて、ちょっとお話、しようか?」

「は、はい」

「白さんにも確認しないとダメだ!」

「ですね……」

 祭さんは、しばらく「信じられない」とか「危なっかしすぎる」とかブツブツ言っていたが、やがて顔をあげると、にこりと笑った。

「とりあえず、遅いからもう帰ろう。車まで、ちょっと歩くけど、いい?」

「はい……あの」

「何?」

「さっきみたいに、飛べば」

 つり目が、キッと睨む。

「目立つじゃん!見られたら、どうすんの?さっきのは緊急だったからだよ!」

 それもそうか。

 祭さんは、ふふっと笑った。 

 つられるように、俺も笑ってしまう。

 俺達は、笑いながら夜道を歩き出した。

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