第23話 Day.23 探偵

 夏休みのファストフード店は、同世代の若者達で賑わっている。

 楽しそうに笑う声が、そこかしこから聞こえてきて、俺は少しばかり羨ましくなった。

 楽しく暮らしてはいるが、下らない会話で馬鹿笑いするなんて、ずいぶんしていない。

 あれは気のおけない友人相手だからこそ、できることだ。

 はくどーさんも恋さん達も、仲良くして貰ってはいるが、友人なのかというと、微妙なところだと思う。何せ皆、年上の大人だし。

 トレイを持ったまま、辺りを見渡すと、手を振る東さんの姿が見えた。

 窓際の席に座ったあずまさんは、笑顔全開だ。

「お待たせしました」

「ううん、そんなに待ってないよ」

 対面の席に腰を下ろすと、東さんの笑みは、いっそう深くなった。

「この間は見に来てくれて、ありがとう!」

 先日、東さんが所属する劇団YAKUMOの公演を見た。

 その時東さんと連絡先を交換して、改めて会うことになったのだ。

 正直東さんが、どうして俺を気にかけてくれるのか、よく判らない。

 フライヤー配りの途中で出会った高校生が、公演を見に来てくれた!というのは、そんなにも嬉しいことなのか。

「本当に見に来てくれるなんて、思ってなかったからさ。嬉しかったよ」

「ええと、あのフライヤーを見たら、どうしても気になって」

「気になる!って顔してたもんな。で、どうだった?面白かった?」

 ボテトをつまむと、俺はなんと答えとようか、少し悩んだ。

「……面白かったです。その、強引な設定もあったけど、その辺も気にならないだけの勢いとパワーがあるっていうか……その……良かったです。気がついたら、夢中で見てました」

 改めて感想を話すというのは、恥ずかしいし、まとめるのも難しい。が、素直な気持ちを伝えるのが一番だろうと、感じたことを話した。

「勢いとパワーかぁ、なるほどなぁ。で、俺は?俺の演技、どうだった?」

 身を乗り出して聞く東さんに、なるほどと思った。

 自分の演技の感想を聞きたかったのか。

 先日の公演『蝶番』は、謎の男が、過去と現在を行ったり来たりしながら、話が進んでいく。

 東さんの役は、過去パートの友人役だったが、その友人のアシストで、事態が進展するという、なかなか良い役どころだった。

 一年生と言うことを考えると、演技が上手い方だと思う。素人考えだけど。

「俺、そんなに学生劇団とか、見たことないんで、素人の感想ですけど……東さんの役、すごく良かったと思います」

「本当に?!お世辞とか忖度してない?!」

「してませんよ」

 忖度したところで、なんのメリットもないし。

 東さんは嬉しそうに頷くと、ズズーっとジュースを飲んだ。

「のりさん先輩が、あて書きしてくれたんだけどさー。俺としても、なかなか良い役だと思ったんだよね!」

「のりさん先輩」

 あ、と言うと、東さんは劇団YAKUMOについて説明してくれた。

 劇団YAKUMOは、演出を務める滝元唯斗たきもとゆいとさんと、脚本を書いている成宮紀和なるみやのりかずさんが立ち上げたらしい。二人は現在三年生で、劇団員は裏方も含め十人ほどとか。

「……結構ギリギリの人数なんですね」

「うん、そうかも。裏方なんかは、毎回ヘルプを頼んでるんだ。でも」

 ボテトを食べると、へらりと笑う。

「この前の公演の評判がよくて、二人ほど参加したいって人が来たんだよね。入ってくれるといいなぁ」

「へー。良かったですね」

「次の学祭には、出てるかもね。あ!学祭も、良ければ見に来てよ。十月なんだけど」 

「学祭、ですか」

 大学の学祭は、行ったことがないので、ちょっと興味がある。でも人、多いのかな……。

「学祭楽しいから、遊びにおいでよ」

「……学祭は、また『蝶番』を公演するんですか?」 

「ううん、別の作品。タイトルは、まだ未定なんだけど、脚本の冒頭はできたって。来週から、本読みが始まるんだ」

「へぇ。東さんは、今度はどんな役なんですか?」 

 東さんは、フフと笑うと帽子を被るような仕草をした。

「俺はねぇ、探偵!」

「探偵役……今度は、ミステリなんですね」

「うーん?多分、ね」 

 腕を組むと、今度は首をかしげる。 

「俺は、当て馬っていうか、トンチンカンな推理で、話を引っ掻き回す役らしい。メインの探偵は晴臣はるおみ先輩がやるから。でものりさん先輩の事だからなぁ」

 東さんによると、脚本担当の成宮さんと言う人は、かなり変わった人らしく、その脚本もいつも一筋縄ではいかないらしい。

 なので完成するまでは、どう話が転がるのか、予想がつかないとか。

「今回はミステリだ!って言ってるけど、それだってどうなることやら。でもきっと面白いから、見に来てよ」

「はい。見に行きますね。とっても気になるし」

 東さんの探偵、どんな役になるんだろうか。

 その後は、劇団の人達の話や、実は裏で起きていた、公演での小さなトラブル、大学の話なんかを聞かせてもらった。

 知らない世界の話を聞くのは、やっぱり面白い。

 特に劇団の人達は、俺より少し年上なだけなのに、高校生とはまったく違う人種のようで、とても興味深かった。

 ずっと話していたかったが、東さんのバイトの時間が近づいてきたので、俺達は店を出た。

 東さんは居酒屋でバイトしているらしく、今度来てよと言われたが、未成年なんでと言うと、がっかりしていた。

 ではさようならと言おうとしたその時、東さんのスマートフォンが着信音を鳴らす。

「ごめん」と言いながら、東さんは出た。

 すぐ終わるかな。出来れば、ちゃんと挨拶してから別れたいし。

 そう思っていたら、突然「え?まじで!?」と、割りと大きな声で東さんが叫ぶ。

 何かあったんだろうか?長引くのかな、声かけて帰るか?

 どうしたもんかと見ていたら、「あっ!」と叫んで、勢いよく振り返った。

 なんだろう?と思ったら。

京義たかぎ君!土曜日、空いてる?!」

 土曜日って、三日後のことだろうか。それとも来週かな?どっちにしても、空いているが。

 目をぱちくりさせる俺に、東さんは「ヨシッ!捕まえした!」と、通話相手に叫んだ。 

 俺はいったい、何に巻き込まれるんだ??

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