第24話 Day.24 爪先
どうしてこうなった。
事ここに至っても、その疑問は、エンドレスで脳裏を巡っている。
あるかないかの、微妙な笑みを浮かべ、俺はどうにか口を開く。
「チケットを拝見します」
差し出された券を受けとり、半券を切り取って返す。
相手は嬉しそうに入場していき、また次の客に同じことをする。
本当に、なんでこんなことになっているんだろう?
俺は今、劇団YAKUMOのモギリをやっている。
事の発端は、東さんにかかってきた電話だった。
別れ際の電話は、裏方を務める劇団員が、盲腸で入院することになったと言う連絡だった。
公演の無い時期、ならよかったのだが、間の悪いことに、三日後に特別公演があった。
先日の公演『蝶番』が、演劇祭で最優秀賞をとり、もう一度公演することになったのだ。
毎度ギリギリの人数で回しているのに、主要スタッフが欠けるなんて!
舞台に関する裏方は、他のメンバーでなんとか回すとしても、あと二人はほしい。
一人はなんとか確保できたが、もう一人、誰かいないか?
と言う電話が来た場所に居合わせた俺は、当然東さんに頼み込まれ、特に予定があるわけでもない俺に、断れる筈もなく。
こうして今俺は、劇場入り口でモギリをしている訳だ。
勝手の判らない俺は、朝から
正直、開場してモギリだけになった今は、ちょっと安心している。
公演はこの一回だけなので、チェックすべきは公演名だけだから、ほぼほぼ半券を切るだけの仕事だ。
とは言え、人と接触するのは苦手なので、アルカイックスマイルを張りつけ、視線は手元に向いたまま。
お客さんに挨拶するので精一杯なのは、許してほしいところだ。
手元を見ているわけなので、当然視線は下になる。
半券を千切る視線の先には、お客さんの爪先が見える。
夏だし、サンダルの人も多い。
特に女性は、オシャレなサンダルの人が多かった。
そしてペディキュアをしている人も。
色とりどりのペディキュアを見ている内に、遠い記憶が蘇った。
幼馴染みの彼女と、夏祭りに行った記憶。
浴衣姿の彼女は、赤い鼻緒の下駄を履いていて、爪は可愛らしいピンク色で。
ペディキュアと言うのだと、その時初めて聞いたと思う。
いつもはマニュキュアなんてしないのに、手も足も、綺麗に塗られていて。二つ年下だと言うのに、なんだか少し大人びて見えたのを覚えている。
それでも恥ずかしそうに、浴衣が似合うか聞いてきた彼女の、はにかんだ笑顔はいつもと変わらず、安心したのだ。
あの時自分はなんと答えたのか。それは忘れてしまったけれど、あの笑顔はよく覚えている。
懐かしい笑顔。
彼女は今も、笑っているだろうか。
笑っていてほしいと思うのは、俺のエゴだろう。
彼女とはもう関係の無い道を歩いているのだ。
俺は彼女に何も告げずに家を出た。
別れも何もかも、告げないまま。
それなのに今、こうしてグチグチ考えているのは、俺の愚かな未練としか言えない。
けれど。
彼女の幸せを祈るくらいは。
それくらいは許してほしいと思うのだ……。
「おい、少年」
一瞬客が途切れたその時、低い声で呼ばれた。
ハッとして、目線をあげると、隣に香月先輩が立っていた。
「集中しろ、少年。愛想よくしろとは言わんが、機械的にやるな。印象が悪くなる」
考え込みすぎたのか、流れ作業のようになっていたのだろう。意識がそれすぎた。
「は、はい!すみません」
「もう少しで開演時間になる。もうちょい、頑張ってくれ」
「はい!」
いかんいかん。
余計なことを考えるな。
目の前の仕事に集中しないと。次の客が来る。
意識を切り替え、俺は元気よく声を出した。
「チケット拝見します!」
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