第6話 Day.6 重ねる

 カキーンと、気持ちの良い音が響く。

 画面の中で、白いユニフォームの選手が疾走している。球はライトの奥に落ち、すぐさま送球が返るが、バッターは既に三塁を踏んでいた。

 夏の高校野球が始まると、暑さが増すように思うのは、勝手な思い込みだ。画面の向こうの熱気が、こちら側にも伝播してくる。

 未だ馴染みのない名前の高校の対戦を、ぼんやり眺めながら、課題を解く手は止まりがちだ。

 同年代の選手が活躍しているのを見ると、言い様の知れない不安が、込み上げてくる。

 俺は、ここで何をしてるんだろう。

 これからどうすればいいのだろう。

 あれから一年が経つというのに、そこから一歩も進めていない。

 やりたいことだって、あった筈なのに。

 暗闇の中、何も見えない。

 ずっと立ちすくんだままだ。

「麦茶、飲む?」

 声がかかり振り返ると、はくどーさんがコップを二つ持っていた。

「飲みます」

 はくどーさんは、コップを置きながら、隣に腰を下ろす。

「どないしたんどすか?浮かへん顔をして」

「……高校野球見てたら、ちょっと落ち込んじゃって」

「え?」

 画面の中では、次のバッターがヒットを打ち、三塁の選手が戻ってきた。応援団が大喜びしているシーンが映り、俄然応援に熱が入る。

「同年代の彼らに比べて、俺はなにをしてるんだろうなぁって」

 家族も、友人も、全部捨てて。

 自由になったと思った。

 けれど、自由というのは、何の制約も枷もないかわりに、全ての選択と責任を自分が負うということなのだ。

 これから先、どうやって生きていくべきか。

 俺は、その答えが見つけられない。

「なんにもしないで、日々を過ごしているだけで……情けねーなぁ」

 ちゃぶ台の上で、俺は頬杖をつく。

「俺、何がしたいんだろ」

 画面の中は、更に攻撃が続く。

 犠牲バントで、二塁から三塁へ。

 七回裏ツーアウト、ランナーは三塁。

 四番打者の登場に、応援はいっそう激しさを増す。

 ストライク。ボール。振った!ファウルだ。

 四球目。

 勢いよくバットを振り、快音が響く。

 良い当たり!

 鋭いライナーが左遊間を抜ける、と思ったら。

 サードがキャッチした!

 即座にホームへ。

 三塁から滑り込むランナーを見事に刺した。

 スリーアウト交代。

 素晴らしいプレイに、球場中が沸く。

「……すげぇ」

「そうやね」

 はくどーさんは、麦茶を飲むと一つ頷いた。

「彼らは、毎日コツコツと野球を練習し、その成果がこれや」

 まっすぐに画面を見つめたまま、はくどーさんは続ける。

「日々の練習、努力を重ねて、重ねて、この試合に挑んでいる。そやけどなぁ」

 くるりとこちらを振り向く。

「それは京義たかぎ君も一緒や」

「え」

「確かに彼らのように、目に見える積み重ねはあらへんかもしれへん。そやけど君は、こうやって日々悩んでる。毎日どないすんべきか、考えてる。こつこつと勉強もしてる。そら、確かに日々の積み重ねとなって、京義君の中の根っこになっているんや」

 淡々とそう言うと、はくどーさんはにこりと笑った。

「大丈夫。ちゃんと成長してんで」

「そう、なのかな」

「慌てることはあらへん。ゆっくり行こう」

 はくどーさんの言葉に、少しだけ、俺の中の何かか軽くなった。

 こうして悩んで、うだうだしている時間も。

 それが、俺の成長に必要な時間だと言うなら。

 日々を積み重ねることが、成長に繋がると言うなら。

 焦らず、一歩一歩着実に重ねていく。

 

 いつの日か、俺の進む道が見えてくる、その時まで。

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