第33話:罪人3
スバルと見詰め合っていたチヨは、真剣な眼差しでスバルへ手を差し伸べる。
「お兄様。帰りましょう」
何を言われたのかわからず、バルコニーでへたり込んでいたスバルはチヨを見上げながら目を瞬いた。
「お兄様がここに来てからの出来事、全部教えてもらいました。危険が多すぎます。チヨは、とっても心配です。 だから――― 一緒に帰りましょう?」
手摺を軽々と跨ぎ跪いてスバルの目線に合わせてきたチヨは、小さい頃から変わらない困った時に眉を八の字にさせている。
記憶喪失から戻った時、思い出したユハの事を説明されたのだろう。
小さい頃から兄思いで、優しいチヨはどれほどの衝撃を受けたのか。
床に放り投げていた片手を握ってきた小さな少女らしい手は震えていて、スバルは心が痛み堪らずにチヨを抱き締めた。
すると、チヨが力強く縋ってきてスバルを見上げてくる。彼女の目には涙はない。 だが、彼女の身体は震えていた。
スバルは、その背をさすった。
いつだったか、昔スバルは誘拐されそうになったことがあったが、その時もチヨにとても心配をかけてしまった。
その時も、チヨは震えてけれど泣き出したいはずの感情を抑え、スバルの事を優先しようとしてくれたのだ。
お兄様の方が、辛いのだから自分が泣いてはいけない。お兄様を安心させてあげなくては―――――と。
あの当時すっぽりと腕におさまっていた妹が、今は成長し大人の女性へと近づいていることを抱き締めると自ずとわかる。
「帰りましょう? お兄様。今の私なら、お兄様を守れます。 見たでしょう? ここから飛び降りても、無傷で戻ってこれるのを……。 ローエンには、そういう術を心得ている者達がいるから、ミナシアの強靭な肉体がなくともお兄様を守れます」
言い募ってくるチヨに、しかし、スバルは何も言葉を発さないアルベルトを一瞥する。
アルベルトは、苦痛に耐えるような表情でスバルをじっと見詰めていた。
―――――何故、何も言ってくれないのだろう?
この状況で、何も言わずにこちらを見つめるだけのアルベルトの姿に、スバルは少しの苛立つ。
引き留めてくれないのかと、苛立ちがだんだん悲しさに浸蝕されていく。
チヨは、この国に来てからスバルが危険なことになった。 と言っていたが、アルベルトからすれば、非力なスバルが厄介になったのではないかと思う。
―――――だったら俺は………。
「お兄様」
小さい声だったが、悲鳴のような呼び掛けをするチヨの両頬を手で挟んだスバルは、目の前にある小さな額にキスをしてから微笑んだ。
「ごめん。チヨ。俺は帰りたくない」
引き留めてくれなくとも、それでもこの国に居たいとスバルは思う。 アルベルトという男の治めるこの国に。
―――――ずいぶん、俺も我儘になったな……。
スバルがチヨへ微笑みが、なんとも申し訳なさそうなものから苦笑いへと変わる。
それをじっと見ていたチヨは、それでもと首を横に振った。
「チヨ……」
「お兄様は、チヨが嫌いなのですか?」
「それは絶対ない!」
目に涙を溜めはじめ悲しそうチヨに聞かれて、スバルは力強く否定する。
どんなにアルベルトを好きであろうと、チヨはスバルにとって可愛い妹なのだ。
「では何故ですか?! 先ほどもそうじゃないですか! ミナシアに来てからお兄様は危険ばっかり遭って!!」
「――――アル……アルベルト陛下が好きだからだよ」
言い募るチヨに、スバルは即答した後即答した後『アルは、俺のこと嫌ってしまったかもしれないけど』という言葉が出かかったが、胸の内にとどめた。
「お兄様………」
瞳を揺らしたチヨは、だが、次には肩を竦めて大きな溜息を吐いた。
「――――私の負けです。アルベルト陛下」
チヨは唸るような声を出しながら、恨めしそうに細めた目をアルベルトに向ける。
アルベルトは、苦笑いでそれを受けた。
「え?」
「兄をよろしくお願いいたします」
負けとはどういうことなのか、首を傾げることしかできないスバルを置いてきぼりにして、チヨはアルベルトに頭を下げた。
「ああ」
そんなチヨに、アルベルトは頷く。
「あの、これは……」
目を白黒させているスバルに、頭を上げたチヨは申し訳なさそうに微笑んだ。
「お兄様。ごめんなさい。私とアルベルト陛下で賭けをしたの。お兄様が、私の誘いを断るかどうか」
「どういう……?」
「そのままの意味よ。今朝……と言っても、もう昨日の朝ね。婚姻式の延期の知らせが来たの。 私、お兄様を送り出してから心配で心配で仕方なかったのよ。 お兄様を妃に。なんて、わからない理由なのに手紙でミナシアに要求されて……連絡もお兄様から来ないし……。 だから、ミナシアの王に無体をされているかも知れないと思っていたの」
「チヨ。そんなこと、アルは……」
「ええ。今は、アルベルト陛下がそんな方じゃないってわかってる。 ―――けど、わかる? お兄様とアルベルト陛下の婚姻式が延期になったと知らせを聞いて 『式ができないほど、お兄様は何かされたのかもしれない』と思って駆けつけてしまうぐらいに心配になった私の心情を」
だから、アルベルトからスバルに起きたことを聞いても信じられずに、見極めようとしたのだろう。
『帰ろう』といわれてスバルが『帰る』と言うか、助けを求めるならばどうにかしてローエンに連れ帰ろうと。
そんな決心をさせてしまうほど、心配していたのだチヨは。
スバルは連絡することを忘れて、アルベルトを優先してしまった事をとても申し訳なくなった。
「チヨ……。ごめん」
「チヨ様。そろそろ時間が……」
いつの間に現れたのか、スバルの謝罪と重なるようにフィーネがチヨに呼び掛けた。
チヨは、もう帰らなければいけないのだろう。
「フィーネ、わかっているわ。……お兄様」
「何?」
「チヨを許してくれますか?」
フィーネに返事をしてから、チヨはスバルを上目遣いで伺い見てくる。
そんなチヨに、スバルは眉をハの字にして微笑んだ。
「それは、俺が言う方だよ。チヨは、連絡をしなかった俺を許してくれる?」
「許すも何も、私が勝手に心配して突っ走ったことです」
そう言って、晴れやかに笑ったチヨが眩しく見えた。
なんて情けない兄なんだろう。
妹を心配させて、アルベルトに現(うつつ)を抜かしてここまで来させて……。
「チヨ。情けない兄でごめん」
「いいえ。いいえ。お兄様は、私の自慢です。大好きです。お兄様」
嬉しい言葉に、スバルははにかんでチヨの頭を撫でた。
「ありがとう。俺もチヨが好きだよ」
スバルの言葉に、チヨは頬を染めて同じようにはにかんだ。
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