第24話:鳥籠2
スバルがユハに囚われているかも知れない。
事態を知ったアルベルトは、兵士達を呼びつけてきぱきと指示をした。
今は、兵士達をスバルとユハの部屋へと向かわせて状況を把握しようとしている。
アルヴィは詳細を話した後、複数人の大人と戦った疲れからか気を失ってしまった。
兵士達が飛ぶようにいなくなり残って見るものはリクだけとなった空間で、アルベルトはいつもの冷静さはない。
意味なく部屋の端から反対の端へと行ったり来たりしている。
無表情でそれをソファーに座りながら見ていたリクは、『落ち着け』という言葉を飲み込む。
賢君と言われることが多いアルベルトが焦っているのは、長年の付き合いのあるリクも初めて見たからだ。
他国から敵が来ようが自身の命が狙われようが、冷静沈着という言葉はこの事かと見本になるほどに、いつも難なく対処していた男が目に見えて落ち着きも冷静さもなかった。
それはそうだろう。約五年ほど片思いをし、最近は心が通じ合って伴侶となろう愛しい者の危機かもしれないのだから仕方ない。
そう思ったからだ。
そうこうしている内に、兵士達が執務室に戻ってきた。
「戦巫女様も従者も、部屋にはいらっしゃいませんでした」
「ユハ様もその従者も部屋には……」
「そうか」
一つ頷き、扉へ向かうアルベルトをリクは腕を掴み止めた。
「王よ。どこへ行く」
鋭い目で見上げ問うと、見たこともないような残虐な笑みで見つめ返された。
「ユハの別邸だ」
それだけ告げて、アルベルトは扉を乱暴に開け放った。
「さて、どうしてやろうか……」
暗く冷たく突き刺さるような雰囲気を放ちながら不穏な言葉を残したアルベルトの姿が扉で消えそうになった頃、リクは呪縛のように身体を固まらせていた事に気づく。
「覚ましては……だめ。覚ましたら、最後……」
青い顔をしているリクは、自分に言い聞かせるように震える声を振り絞って、アルベルトを―――この国の己の王の背を追う。
まわりでも、恐怖に固まっていた兵士達が我に返ったようにそれに倣った。
* * *
ユハは、面倒臭そうにそれに対応していた。
「叔父上。こちらに、スバルがお世話になっているようですが」
それにしてもと、ユハは目の前で爽やかに微笑むアルベルトに目線を合わせる。
甥は、こんな風に笑う男だっただろうか?
今まで、愛想が悪いわけでもなし感情は出るが、無表情に近い真面目な顔しか記憶にないことに気づく。
「戦巫女殿は、茶会をした後、帰られた」
「本当にそうですか? なら何故、スバルは行方不明なのでしょう?」
見透かしたような海色の瞳で射抜かれ、ユハは自身の従者をスバルの身を清めさせるために、スバルの元に残したのを後悔した。
アルベルト本人が来たと知らせを受け、自ら訪問に対応するのではなかった。
舌打ちしたいのを抑え、いつものように微笑み口を開く。
「城下に出たのかもしれない」
「スバルは、俺を心配させるようなことはしません」
「戦巫女殿を呼び捨てしているのか、お前は。国民達は知らないが、私達王族は戦巫女を敬わなくてはならない」
「では、ユハ。眠っているようだったスバルをお前の従者が運んでいたという証言があるのだが。それは、何故だ?」
「アルベルト! お前が王だとはいえ、私はお前の叔父だぞ!!」
言葉に敬うものがないアルベルトに、話の本題は頭から飛ばしたユハが瞳孔を縦に裂き声を荒げる。
だが、すぐにそれは間違いであったとわかった。
ふと空気が冷たくなり、本能が警鐘を鳴らす。
一つにっこりと笑った後、アルベルトは顔から感情を削ぐ。
「存じておりますよ。叔父上。……身内だと甘くしたのが、いけなかったことは認めましょう。すみません。 ――――だが、俺の叔父だとはいえ、王たる俺に不敬な態度をとることは本来許されるものではない」
ゆっくりと子供に言い聞かせるような口調だったものが、威厳と棘があるものに変われば、日差しが入る場所であっても場は暖まらない。
それどころか、足元から這い上がってユハの髪と毛を逆立つ。
この嫌なものに、平静を装っていれば良いのだと思って余裕だった心がざわめいた。
ゴクッと唾を飲み込んだのは、誰だったのか。
喉に何か詰まったように声が安易に出せなくなったユハは、それでも矜持が勝ったのか頭を少し下げるだけに止まった。
「申し訳、ございませんでした。アルベルト陛下……」
「スバルをすぐに引き渡せ」
「かしこまりました……とでも、言うと思ったか!」
「ッ……」
裏返ったユハの声と共に、一気にあたり一面が煙で充満した。
すぐに煙は空気に溶けていったが、アルベルトの前にはユハはいなかった。
静まり返った中で、鼻で笑ったのはアルベルトだ。
「―――そうか…ユハ……貴様がその気ならば、容赦はしない」
兵士達の持つ剣が、カタカタと鳴る。
兵士達の歯も、音をさせた。
訓練をし実践を積んだ兵士達ではあったが、今の状態には耐えられなかった。
本能が逃げろと言う。
だが、それは許されない。
何故なら、王が共にあれと命令したからだ。
しかし、しかしだ。その時が来たのならば剣の錆になろうとも守ると誓ったその王に、畏怖を感じても己の危険を感じるような時が来ようとは……。
兵士達とその前に居るリクの視線の先、唇を三日月の形にし牙を剥き出しにしたこの男は誰だろうかと思うのだ。
誰の「目覚められてしまったのか」と呟きには、絶望が含まれていた。
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