戦巫女の結婚
月日
第1話:決意
昔、《最古四つ国(さいこよつくに)》であるアイリ国には、双子の王女が居た。
仲の良い王女達は年頃になり、離れ離れとなった。
一人は、アイリ国を統べる女王として。
もう一人は、アイリ国の隣国――――ローエンに嫁ぎ、戦巫女として迎えられた。
アイリ国の王女が嫁ぐまで、その王子が代理として国を動かしていた。
ローエンの王家は女系であったが、その代は王子しか産まれなかったのだ。
嫁いだ王女は《ウィルグランド帝国の侵略》で采配をふるい、伝説の戦巫女となった。
* * *
そして、月日は流れ、伝説の戦巫女から数代、"戦巫女"が受け継がれ現在―――…。
大広間の床板張りの端、上座の中央寄りに六つ畳が置かれ、そこに敷かれた厚い座布団に正座していた戦巫女は目を開けた。
二十人の男達は、床板に胡坐をかき対面する形でそれを見詰めている。
白衣(びゃくえ)に緋袴(ひばかま)、透ける桜の柄が散る白の羽織。
胸元に緋色の紐で蝶結びにして、その元である両襟に付く八の字を横にしたような緋色の飾りがある姿は、戦巫女だけで、男達は洋服を着ている。
それでも、二十の歳を迎えた戦巫女は動じている様子はない。素朴な顔立ち変えずに、気品ある態度で頷いた。
頷いた拍子に、腰ほどで一つに結っている座ると床に届く深緑を含む黒髪と、指している正式の場で着ける天冠(てんかん)より略式の花簪(はなかんざし)が揺れる。
沈黙を破るように、紅色の唇が動いた。
「わかりました」
戦巫女としては少し低い声が、広い部屋に響く。
その返事に、男達は一斉に悲愴な顔つきをした。
――――何故、このようになってしまったのか……。
この場に居る誰もが、思っただろう。
晴れて日の光が入ってくる部屋だというのに、暗く重い空気が漂った。
ローエンの戦巫女の権限を有する者をミナシアの王妃として迎えたい。
要約するとそのような内容の手紙が、ミナシア国王から戦巫女宛てに届いた。
本来ならば、冗談をと当たり障りなく丁重に断れば良い。
だが、それはできないと戦巫女は判断した。
それは、隣国のミナシア王国が、今は無き脅威と言われた《ウィルグランド帝国》の再来かと恐れられているからだ。
《ウィルグランド帝国》は、このローエン王国も属する大陸を揺るがす、侵略国だった。
ミナシア王国の国民の大半は、人間と獣が交わり生を享けた祖先を持ち、獣耳や尻尾、獣の力を有している。
人より優れた部分を持つ獣人の力が、大陸までとは行かないが、国を侵略できるほどの武力になる可能性は十分にある。
それであっても、今までそのような噂が流れなかったのは、ミナシアがその獣人の力で、周りの国々を助けていたからだ。
今回は、それが仇になった。
大陸からすれば新しい小国の王が国民を顧みなかった結果、日々の苦行に耐えかねた国民がミナシアに助けを求めた。
ミナシアは、それに応えた。
だが、形だけとはいえ、その小国を侵略したことになってしまった。
小国で苦しめられていた国民を助けたのだ、と周りの国は理解している。
《ウィルグランド帝国の侵略》の折には、ミナシアは伝説の戦巫女と手を取り合い戦った、言うなればローエンにとって戦友のような国だ。
だが、過去、助けられた国々は、助けられたからこそ恐怖した。
国外に関しては友好的な部分はあるが、国内に関しては閉鎖的なミナシアに助けられた事柄が書かれた文献などで、獣人の強さを知っている。
ならば、ミナシアが気が変わり、自身の国を侵略しようとしたのなら――――たちまちに、ミナシアの配下になってしまうだろうと。
ローエンは、アイリ国から嫁いできた双子の片割れが戦巫女であった時代、軍事力がミナシアと対等であったが、今は衰退している。
何を思ってミナシア国王が、戦巫女を王妃にしようと思ったのかわからない今、頷くことが得策だと戦巫女は考えた。
「あと二ヶ月で、チヨは十五歳。成人となります。わたくしが戦巫女としてミナシアに嫁いだ後、チヨが戦巫女となれば良い」
そこで一旦言葉を切って、戦巫女は皆を安心させるように微笑む。
「そうすれば、すぐに二ヶ月など過ぎる。だから、わたくしがその要求を呑めば、丸く収まるのです」
「ですが、スバル様は男である身」
そう声を発したのは、おいおいと男泣きをしはじめた者達より、上座近くに座っていた老人だった。
涙を流さず老人は、一直線に戦巫女を見詰めている。
「スバル様は、戦巫女の代理。現在、戦巫女は存在しませぬ」
老人の言った通り、戦巫女―――スバルは男であり、実質、戦巫女は現在居ない。
『チヨが成人するまで、スバル。貴方が、戦巫女を務めなさい』
病の床に臥すスバルの母親が、当時十歳だった娘のチヨを憂いて、息子であるスバルにそう命じたのだ。
スバルは、可愛い妹のために頷いた。
女系である戦巫女は、普段は戦巫女と呼ばれるが、男の身であるスバルでは"代理"にしかなれない。
だが、スバルは、戦巫女の代理なのだと戒めるために老人が言ったのではないと知っている。
戦巫女をミナシアの王妃にするのが条件ならば、事実を告げ断れと老人は言っているのだ。
戦巫女が存在していない為、申し訳ないが要求には応えられないと――――。
「手紙には、『戦巫女の権限を有する者』と書いてある。ならば、"代理"もそれに当て嵌まる」
そう言ってスバルは素早く立ちあがり、上段から躊躇なく降りた。
そして、自身を見詰めていた老人の前まで行って胡坐をかくと、深く皺の刻まれた手をスバルは両手で包んで持ち上げた。
「俺は、大丈夫だから」
戦巫女の姿の時は"わたくし"と言うのは、スバル自身の決まりごとだった。
一回たりとて、スバルは破ったことがなかった。
それを破り、スバルが"俺"と自分を呼び『大丈夫だ』と言った言葉の意味合いがわかり、皆が息を呑む。
戦巫女としてではなく、スバル自身の意思でもあるのだと。
「――――ごめんね、爺。それに、皆も」
老人に目を合わせ、スバルが周りを見渡せば、一時静かになった大広間は、またおいおいと男達が泣いているという異常な光景になっていた。
それに、あっけに取られつつも前を見れば、老人の目に光る粒が見えて。
「うわあ、俺って愛されてる。……とっても嬉しいよ」
スバルがほっこりと微笑めば、うをおおおと獣が叫ぶような男達の泣き声が、天井を突き破りそうな勢いで響いた。
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