第4話 「君を知らずに、花は咲かない」
昼過ぎ。セレスたちはこの地の支配者・ローズとの謁見を終えた。
呪いを解く猶予は、明日の日没まで。静かに時は迫っていた。
食事処。三人は長机を囲み、向かい合わせに座っていた。だが、空気はどこか重たい。
そんな中、セレスが唐突にメモ帳を取り出す。
「じゃ、呪いの調査を始めようか」
さらりとした一言に、シデが反応する。
「先程の“三因”というのは、具体的にはどのようなことをするのでしょうか?」
「じゃあ、後学のために体験型授業といこうか」
「後学って……私たちは……」
サクヤが困惑気味に口を挟むが、セレスは微笑む。
「いつかトキノビ族全体にかけられている薄命の呪いも、解ける日が来るかもしれないからね」
その言葉に、シデは神妙な表情を浮かべる。
「我々のこの呪いは、東方の最高位神の怒りを買ったことが原因と言い伝えられています。監視の目を欺くために、その名を口にすることは決してできませんが」
「東方の最高位神……そいつはまた面倒な奴に目をつけられたね」
セレスが目を細める。
「ローズが言っていた“ミヨリ様は西へ降り立った光”というのは、どういう意味なんだい?」
「ローズ“様”が仰っていたのは、ミヨリ様が西方の神ネアス様との縁談によって、この地が和平への道しるべになる可能性があったということだと思います」
シデは分かりやすく敬称を付け加えた。
「戦争中に!? それは東方の最高位神が怒るのも、無理はないな」
「ミヨリ様は最高位神の娘でしたので、尚のことでした」
「村の外れにあった“ミヨリノキ”っていうのは、まさか……」
「はい。ミヨリ様は大樹の姿に変えられてしまったのです」
「相手の方はどうなったんだい?」
「ネアス様の方は言い伝えられていませんが……恐らく無事ではいないかと」
セレスは少し肩を竦めると、茶をすする。
「という感じでやっていくのさ」
ぽかんとしたシデが問い返す。
「今の会話が“三因”に関係していたのですか?」
「うん。今のは三因の中の“理識(リシキ)”。呪いってのは、ただの呪文じゃなくて、その背景にある物語を読み解かないと解けないんだよ」
そのとき、セレスの隣で黙っていたサクヤに、シデが目を向ける。
「そうなのですね……って、さっきから黙っていますが、聞いているのですか? サクヤ」
問いかけに、サクヤは勢いよく手を挙げた。
「は、はいっ! たぶん私の呪いって、夜更かししてしまう呪いかと……!」
「あなた、やはりミコルとしての自覚が本当に足りていないわね……」
シデがあきれたように呟く。
「じゃ、じゃあ甘い物を食べすぎる呪いとか、寝相が悪い呪いとか……っ」
「うん、それは呪いというより生活習慣病かな」
セレスが小さく首をかしげると、サクヤはしゅんとした。
「サクヤ、ごまかさないでください。本当は、既に分かっているのでしょう?」
「シデちゃん……」
やや間を置いて、セレスが優しく問いかける。
「サクヤは自分の呪いに心当たりがあるってことかな?」
「……私たちトキノビ族は“花を食べて”寿命を延ばします。でも私はその花、“トキノビの花”を咲かせることができません」
サクヤはそう言って、そっと自分のこめかみに触れた。
髪の奥にある“芽”は、まだ固く閉ざされたまま。
そして左肩にも、同じように、花が咲く気配はなかった。
「花を食べて生きながらえないと死ぬ、という薄命の呪いか……珍しいな。複雑な構造だ」
「いいえ。トキノビの花を食べると“延命”できるのです。これは花の女神であるローズ様より賜った“祝福”です」
シデの声には、誇りが込められていた。
「祝福?」
「はい。大樹となったミヨリ様は、想い人に会いたい一心で実をつけて私たちを生み出しました。本来であれば、生まれても呪いの影響で何の経験も得られずに腐り、ミヨリノキに還りますが、“最初の実”をローズ様が育てた際に、この祝福を授けてくださったのです」
「こうして私たちは、経験を蓄積させて今日まで生きてきたの」
サクヤがそう締めくくると、セレスはしばらく黙ってから、静かに呟いた。
「……なるほど」
少しの沈黙のあと、セレスが静かに口を開いた。
「サクヤ、さっきはすまなかった」
「ふぇ!? ど、どうしたのよ急に」
突然の謝罪に驚くサクヤに、シデも首をかしげる。
「サクヤ?」
「コホン。どうしたのですか? 急にかしこまって」
「さっきの“すぐに終わるのなら覚えている意味も無い”って言ったことだよ」
「セレス様、そのようなことを……いきなり初対面で言えるのも、ある意味すごいですね……」
「でしょ!? でしょ!?」
得意げに胸を張るサクヤに、セレスが茶を口に含みながらふと箸を止めた。
「ところで、ひとつ気になってたんだけど……」
セレスは咥えていた大根をじっと見つめる。
「トキノビ族って、花を“食べて寿命を延ばす”って聞いたけど、普通のごはんも食べるんだね」
「あ、はい! もちろんです」
サクヤは慌てて口の中のものを飲み込むと、少し誇らしげに両手を広げた。
「“延命儀式”は儀式です。料理は、“楽しみ”です! 食べることが好きな人もたくさんいますし、季節ごとのレシピを競う行事もあるんですよ」
「なるほど。“生きる”ための食事と、“生きながらえる”ための花か」
セレスはうなずき、茶をすする。ふと、サクヤの表情がやや真剣になる。
「でも……咲いた花を自分で食べることはできません」
セレスが眉を上げた。
「え、自分の花なのに?」
「はい。“咲く”のは、誰かに想われた証なんです。咲いた花は“守花”と呼ばれて、村の祭壇に捧げられます」
「……やっぱりトキノビの文化、非常に興味深いなあ」
セレスがぽつりと呟いたあと、少しの静寂が流れた。
その沈黙を破るように、セレスが再び口を開く。
「……じゃあ、もし咲かなかったら、どうなるの?」
問いかけに、サクヤの手がピタリと止まる。
チチッ……と、遠くで鳥の鳴く音だけが響いた。
やがて、サクヤはゆっくりと口を開く。
「咲かなかった子は、“名もなき花”になります」
「……忘れられるの?」
セレスが眉を寄せる。サクヤは少し笑みを浮かべながらも、どこか寂しげな目をして答えた。
「はい。ミヨリノキに還ることも、祭壇に残ることもありません。ただ、土に還るだけです」
セレスは静かにサクヤを見つめる。
「それが、君の……恐れてることなんだね」
サクヤは小さくうなずいた。
「私、咲きたいんです……ただ、それだけなのに……」
隣でサクヤを見ていたシデは、心中で呟く。
(……サクヤ……あなたが咲けないのはもしかして……)
そのとき、セレスの傍らで不意に棺が光を放ち、ゆっくりと開いた。
中から現れたのは、小さなふわふわしたフクロウのような神獣「トーヴァ」だった。
「か、かわいい……!」
サクヤとシデが同時に声をあげる。
セレスは小さく微笑みながら、独り言のように呟いた。
「……理識、完了。あと、二つ」
神獣が小さく一言だけ、優しく鳴いた。
ピィ。
──つづく。
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