第4話



 おもどりなさいませ。



 祖鑑そがんが広い屋敷の庭先で、馬車から降りると、勢揃いした女達が華やかな笑みで迎える。


「お帰りなさいませ」

「おう。留守中どうだった」

「万事、問題なく過ごしております」


 侍従が応えた。


「少しお戻りが遅いようでしたが、そちらは何か?」

「いや。久しぶりに江夏こうかに寄って来た。思いついてな」

「まあ、江夏に?」

「やっぱりあの地は特別だな。この夏の時期は特に美しい。

 豊かな水の注ぐ地。

 近々、また行きたいな」

「今度は私も連れて行って下さいませ」

「わたくしも」

 女がしどけない姿で、横椅子に腰かけた祖鑑の側に両脇から寄り添った。

「じゃあでかい船でも用意しなきゃならんな」

 上機嫌で祖鑑がそんなことを言うと、女達は嬉しそうにはしゃいだ様子になった。


 侍従が冷水に、冷酒をそれぞれ持って来る。


「そういや商売の方じゃなく、あっちの方はどうだ。 

 いでででで! おい、抓るな。女のことじゃない」


 祖鑑が言った途端、身体に抱き付いていた女がすかさず身体を抓って来た。

「祖鑑様が興味あるのは商売か女のことでしょお? 

 どうせまた若い愛人でも増やそうとしてるんだ。絶対そう」


「確かに俺は金か女にしか基本興味がないが今回のは違う。別件だ。

 ――で、どうなった」


「それが……さっぱりです」


 祖鑑は女が注いだ酒を飲み干す。

「そうか……」

「この二月長安ちょうあん洛陽らくようの店に人をやって、監視させましたが、駄目でしたね。

 それらしいものは見つけられませんでした」


司馬仲達しばちゅうたつは見たか?」


「はい。十日に一度くらいは洛陽の街中で見かけるそうです」

「洛陽か。十日に一度なら、そりゃ他所から通ってんだろ。だとしたらそこを押さえて監視しなきゃならん。

 あいつのお膝元を洗え。洛陽には帝がいる。長安には曹操そうそう

 司馬懿しばい曹丕そうひの側近だ。奴は曹丕の側にいるはず」


「分かりました。曹丕の動向をもうしばらく追ってみます」

「おう」


 侍従の一人が出て行く。

「なんか他に面白ぇ話でもないのか」

 側で食事の支度をしていたもう一人が振り返った。

「面白いかどうか分かりませんが、長安で興味深い話を聞きましたぜ」

「なんだ?」

「はい。今、魏では各地で曹丕が譲位される時に使う剣を新しく作らせているらしいんです。

 各地の名工が、挙って献上しようとしているとかで。作らせているだけじゃなく豪族とかも名刀を各地から集めたりもして……。

 それで珍しい名刀がいっぱい出回ってるんでちょっと見て来たらしいんですが。

 その献上品の候補の中でも最有力だった【干将莫邪かんしょうばくや】っていう名刀が、すげぇ値で買い上げられたそうですよ」


「【干将莫邪】っていや本物の名刀じゃねえか」


「はい。もう金が壺いっぱいに詰まって運ばれてったとかで、すげー噂になってました」

祖鑑そがんさまぁ。なーにその剣。すごいの?」

「おう。雌雄一対で造られた名刀だ。切れ味だけじゃなく、その見た目の美しさも有名で、古代の王家の人間も好んで蒐集したっていう名刀だぜ。

 あれを買うなんざ余程のヤツだな。

 相手の素性は分かったのか?」

「いえ。買った奴は代理の者みたいで、買い上げた豪族は分かりませんでした」


「そりゃ妙だな。折角買ったなら普通俺が買ったと見せびらかすだろ。

 なんで素性を隠すんだよ」


「さぁ……。……あれじゃないですか、元々献上品の有力候補だから、横取りしたなんて長安ちょうあんから睨まれたら面倒だから。今は隠してるんじゃないっすかね。

 譲位が済んだらもういいわけですから」


「まあ買った奴が魏の奴とは限らんからな。他の土地の豪族に流れた可能性もある。

 それか……剣を見せびらかす欲なんて、端から無い奴か」


「?」


「ふぅん……。双剣の名刀か……」

 祖鑑はしばらく考えていたが、頷いた。

「手紙書くから道具持ってこい」

「はっ」

「帰って来るなり早速他所の愛人に恋文?」

 側の女が頬を膨らまして祖鑑の肩に顎を乗せて来た。

 祖鑑は呆れる。

「なんでそんな七面倒臭いもんを俺が書かなくちゃなんねえ」

「ウフフ……だってなんか祖鑑さま楽しそうなこと思いついた顔したから」

「でもそんな名刀持ってたら、戦場でもカッコいいわよねえ。目立っちゃう♡」

「まあな。だがあれは持ち主を選ぶ。並の人間が持ってたって、バカ丸出しになるだけだ」


「ということは?」


 左右にいる女が首を同時に反対に傾けた。




「――戦場で使う気なら、並のヤツの手に渡ってねえってことだ」



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