第77話 模擬戦②

「セイラ――ひとつ聞く。シュウという少年のこと、知っているか?」

「団長殿には、まだ名前までは報告していませんでしたね」


 Aクラスの生徒を一撃で吹き飛ばしたシュウの剣圧を目にし、ベルクハルトはセイラへと問いかけた。


「ハレスのブルドグ事件の話です」

「……確か報告では、一般人の女性や高ランク冒険者まで巻き込む大規模事件に発展したとか。異端審問はこれから、だったな」


 既に概要だけは把握していたベルクハルト。

 だが詳細はまだ知らされていない。


「彼です……いえ、彼だけではありませんが――シュウがいたからこそ、あの事件も、ダンジョンブレイクも収束したのです」

「ふむ……一万の魔物が押し寄せたという話だが、そう簡単には信じがたい数字だな」


 ベルクハルトは眉を寄せる。

 しかし、セイラは静かに首を振った。


「誰だって疑うでしょう。でも、私は見てきました。ハレスでの一ヶ月、そして王都へ向かう旅の間も、何度か模擬戦をしましたが――一度も勝てませんでした。他の隊員も同じです」

「やはりか。……今朝、勝負を挑んだ時に感じた。常識では説明できない力を纏っていた。それに、単純な力比べでも規格外だった」

「けっ……今朝ですか?」

「ああ。木剣で三度。結果は全敗だ」

「団長殿に黒星をつけるなんて……やはりシュウはすごいな」


 セイラは悔しさではなく、どこか誇らしげな声音で言う。

 ベルクハルトはこの国で最強の神殿騎士とまで言われる存在だ。その男が敗北を認める――それがどれほどの意味を持つか、セイラも理解していた。


「彼の素性について気になるのであれば、本人に聞いてください。知っていることはありますが……彼のことを、勝手に話すつもりはありません」

「セイラがそこまで信頼を置く男か……ますます興味が湧いてきた」


 ベルクハルトは口角をわずかに吊り上げた。

 その右手は、すでに剣の柄を確かめるように強く握りしめられていた。



 ◇◇◇


「シュウくん……っ」

「カナンか──ボロボロじゃないか。<ヒール>」

「わ、わああぁっ……!」


 Aクラスの男を壁に叩きつけたあのあと、少し時間が経ってからカナンの模擬戦が終わり、ふらつく足で俺の元へやってきた。


 カナンは確かに負けていた。意識はしっかりしていたが、立っているのもやっとという状態だったため、俺は即座に回復魔法をかけてやる。


「す、すごい……やっぱりこの<ヒール>……すごすぎるよ……」

「鍛えれば、カナンだってちゃんと扱えるようになるさ」

「そ、そうなのかな……」

「カナンは、あの父親の血を引いてるんだろ?」

「あ……やっぱり、気づいてたんだ」

「カナンがセイラに夢中になってる時に話しかけられたよ。──カナンを頼む、ってな」

「ええっ!? お父さんが!? もうっ、恥ずかしいよ……っていうかシュウくん! シュウくんと言えども、セイラ様の呼び捨ては許されないよ!?」


 ……マジか。

 セイラの言っていた通り、言葉遣いには気をつけないと面倒なことになるらしい。


「わ、わかったよ……セイラ、様……」

「うん! わかってくれればいいんだっ」


 クソ、なんでセイラに様をつけなきゃならないんだ。

 少なくとも本人の目の前だけは絶対に避けたい……。



 その後、俺たちのグループの模擬戦は全て終了し、次の組の試合も終わった。

 本来なら次はセイラとベルクハルトの模擬戦になる予定だったが──


「なあ先生。アイツ……特別クラスのアイツとやらせてくれよ」

「ん? シュウくんのことかい? 確かにまだ時間はあるが……」


 ガイツをボコボコにしたAクラス男子が、教師へ向けて声を張った。

 完全に挑発。さっきの試合を見ていたのだろう。


「先生、俺はいいぞ」

「そうか……なら、一回だけなら構わない」


 こうして俺は、ガイツを倒した相手と模擬戦することになった。

 敵討ちというわけではないが、言動ひとつひとつがムカつくのは事実だ。


 なぜかこの試合だけは他を止め、俺と相手の一対一で演習場の中央に立つことに。

 視線が全部こちらに集まっていて、正直やりづらい。


「双方準備はいいか──開始!」


 教師の合図と共に試合がはじまる。

 相手はガイツの時と同じくこちらの出方をうかがって動かない。


「お前がどうやって俺のクラスの仲間を倒したのか知らないが、そのカラクリ、俺には通じねぇぞ?」


 カラクリも何も、俺は木剣を振っただけだ。

 魔法もスキルも使っていない。もちろん魔技でもない。


「おいザコ、さっさと来い」

「てめぇ……ザコはお前だろうが!!」


 どうやら煽り耐性は低いらしい。

 相手は木剣を握り直し、叫びながら突っ込んできた。


 横薙ぎ。勢いはあるが雑だ。

 俺は木剣で受け止め、そのまま軽く押し返す。


 相手は後方へ飛んで距離を取ると、再び走り込んできた。

 俺は合わせて少し強めに木剣を振る。


「──かかったな」


 だが相手はうまく手首を返し、俺の木剣をいなし、カウンターを放ってきた。

 ガイツの時にも見せていた動きだ。


 至近距離で受けるとわかる。

 これは今朝ベルクハルトが見せた剣術に近い。


 だが──比べ物にならないほど遅かった。


「ぐぁっ!?」


 避けられないはずのカウンターを、身をひねって紙一重でかわす。

 そのままがら空きになった脇腹へ、少し強めの一撃を叩き込んだ。


「ぐ……っ……!」


 相当に効いたらしく、相手は身体を折り、息を詰まらせたまま動けずにいる。


「ひっ……<ヒール>!」


 突然、相手が自分に回復魔法をかけはじめる。

 俺は横の教師を見る。教師は軽く頷いて見せた。


 ──特例で許可、ってことか?


 本来この模擬戦は剣術のみ。

 けれど相手が魔法を使ったなら、俺が剣術以外を使っても文句は言えないよな。


「この……っ!」


 痛みを消したらしい相手が再び突っ込んでくる。

 しかしその動きは、今まで以上に雑で、ひどく遅く見えた。


「うおおおおっ!!」


 足元を払うように引っかけただけだった。

 勢いそのまま、相手は顔面から土の地面へ突っ込んでいく。


「どうした? 俺はザコなんだろ。早く立てよ」

「て、てめえ……っ! Aクラスが、特別クラスなんかに……負けるかよっ!!」


 感情が昂ると、動きは単調になる。

 ジジイの言葉を思い返す。

 興奮状態の相手はモーションが大きくなり、剣先が明らかに遅れる、と。


 そうなれば、狙いどころはひとつ。

 相手が大きく振りかぶった瞬間、俺は柄を持つ手首めがけて木剣を振り下ろした。


「がっ……!!?」


 痛みに耐えきれず、相手は木剣を落とす。

 もう武器は手元にない。


「……ガイツの分だ」


 降参の声はない。

 なら遠慮はいらない。


 俺は相手の胴へ向けて、全力ではないが十分強い一撃を叩き込んだ。


「──ぐぅっ!?」


 身体がくの字に折れ、相手はそのまま演習場の壁際までふっ飛ばされる。

 そのまま完全に沈黙。


「…………そこまで!」


 教師の制止の声が響いた。


「「うおおおおおおおおおお!!」」


 その瞬間、演習場のあちこちから一斉に声が上がった。

 当然、歓声を上げたのはAクラス以外の生徒たちだ。


「な、何者だよあいつ!?」

「特別クラスに編入してきたばっかの新入りらしい!」

「嘘だろ……あいつ、一度も負けたことないんだぞ……?」

「シュウくん、すごいっ!」


 声のほとんどはBクラスからの称賛。

 もしかすると、彼らにもAクラスに対する鬱憤や反感があったのかもしれない。


「――では、次は私が相手になろう」

「べ、ベルクハルト殿!?」


 凛と響く声と共に、ベルクハルトが腰の騎士剣を抜き、俺の前に立つ。

 教師は驚愕し、目を大きく見開いた。


「今朝は木剣同士だったからね……今度は真剣でどうだ?」

「いいのか? 腕が落ちても知らないぞ。カナンの前じゃ見せたくないけどな」

「ふはは、言うじゃないか。――安心しろ。私には<聖鎧せいがい>がある。そう簡単には斬れんよ」

「なんだよ、魔技ありかよ」

「これくらいしないと、君には勝てそうにないのでね」


 周囲がざわつき、一部のAクラスが倒れた男へ回復魔法を施しながら、俺とベルクハルトを取り囲むように距離を取る。


「先生、これ許可していいのか?」

「べ、ベルクハルト殿が問題ないと言うなら……そ、それよりシュウくん、君は大丈夫なのかい?」


 きっと俺が斬られることを心配しているのだろう。


「ああ、問題ない」

「い、一応この演習場には結界が常時張られていて、観客席や外へ被害は漏れないが……ほどほどに……」


 イリスが使うような結界魔法が施されているらしい。

 なら、俺が魔法を使っても構わないだろう。


「生徒たちを下げさせてくれ。さすがに近すぎる」


 ベルクハルトとの模擬戦を見ようと、興奮した生徒たちは半ば囲むように寄っていた。

 この距離では巻き込み事故が出る可能性もある。

 俺は教師に頼み、全員下がらせた。


「――では、シュウ。はじめようか」

「ああ。今度は手加減すんなよ」

「ふふ……気づいていたか」


 朝の模擬戦で本気は出していない――当然だ。

 だが今回は真剣、しかも魔技まで使ってくるという。


 俺は持ってきていたロングソードを抜いた。


「――それでは、開始!」


 教師の声が演習場に響き渡り、俺とベルクハルトの模擬戦が幕を開けた。



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