閑話 勇者パーティー

「――お主には、勇者として強くなってもらうため、世界を旅してもらう」


 戦の神ウォルスを信仰する南方の国、ザラキア連邦。

 黒い鎧に身を包んだ神殿騎士たちが整然と並ぶ王の間で、王でもあり教皇でもある男は、静かにそう告げた。


 その言葉を受けたのは、十五歳の少女――リッカ・セドナ。


「あなたがリッカね。私はオルマ・ルーティス。弓術士よ、よろしく」

「俺はアートン・グラジール。神官だ。これから頼む」


 リッカは二人の冒険者と引き合わされ、勇者としての旅路に出ることになった。


 目的はただ一つ――強くなり、国の象徴となる功績を立てること。

 だが、一度、戦が起これば呼び戻され、最前線に立たされる宿命を背負っている。


「俺はリッカの兄、バーベキュー・セドナだ。二人ともよろしく」

「リッカです……ほどほどによろしくお願いします。それと、オルマさん……あなたの耳、少し長くないですか?」

「ええ、私はエルフだもの。もしかして見たのははじめてかしら?」


 挨拶もそこそこに、リッカの視線はオルマの耳に釘付けになっていた。

 人間より長く尖った耳先。整った顔立ち。どこか神秘的な雰囲気を纏う美貌。


 勇者と呼ばれるようになってからというもの、リッカには女性の知り合いなどほとんどいなかった。


 剣術と魔法の修練。ウォルス教会の教義の学習。

 十三歳からは学校にも通ったが、勇者という異質な力を持つ彼女は、実力主義のこの国では恐れられる存在だった。

 同年代と心を通わせることはできず、孤独だけが積み重なっていった。

 本来の彼女であれば、同級生と仲良くなることなど、造作もなかったはずなのに――。


「はじめて見た……なんだか可愛いかも……」

「ふふ、年相応の反応ね。ちなみに私は四十歳を超えてるわよ」

「えええっ!? よ、よんじゅうっ!?」

「ふふっ。ずっと無表情かと思っていたけれど、案外表情豊かな子ね」


 オルマとアートンは、そんなリッカのあどけない姿に思わず笑った。

 だが、彼女が本当に勇者と呼ばれるほどの力を持つのか――その疑念が二人の胸をよぎった。


 その数日後のことだ。彼らはすぐに思い知ることになる。


「――兄さん、これでいい?」


 目の前には、無数の魔物の死体が山のように積み上がっていた。

 それらすべてを、リッカがたった一人で斬り伏せたのだ。

 彼女の手には、水属性の魔力を高め、特殊な技を放てる魔剣――『水竜剣アクエリアス』が握られていた。


 リッカの実力を知らない二人のために、バーベキューが手配した場。

 強力な魔物が徘徊する森で、彼女はその力を余すことなく見せつけた。


「よくやった。さすがはリッカだ」

「――Bランク級の魔物を、一人で……?」

「しかも、この数を……信じられない……」


 戦うことが好きではないため、普段はやる気のなさそうな彼女だが、一度剣を握れば、目にも止まらぬ速さで魔物を斬り捨てる。

 その華麗な剣捌きを前に、二人はもう疑うことをやめた。


「リッカは、団長以外の神殿騎士なら全員に勝てる実力を持っている」

「……あの人ズルいから嫌い。正々堂々やれば勝てるのに」

「この年齢で団長に届くなんて……本当に末恐ろしいわね」

「むしろ、俺たちのほうが必要なのかどうか、怪しいくらいだな」


 勇者としての加護を受けたリッカは、鍛錬のたびに飛躍的な成長を遂げていた。

 十五歳にして既にBランクを超える実力。

 武を尊ぶザラキア連邦においても、若くして頂点に近い存在となりつつあった。



 ◇◇◇



「――リッカ、何をしているの?」


 旅の途中で見つけた天然の温泉。

 その夜、男女交代で湯を楽しむ番になったリッカとオルマは、星空を仰ぎながら静かな時間を過ごしていた。


 そんな中、リッカは両手で銃の形を作り、夜空に向かって水魔法でぴゅっ、ぴゅっと水鉄砲を撃っていた。


「あの遠くのお星さまが、もしかしたら――私がいた場所なのかなって」

「いた場所?」

「オルマになら、言っても大丈夫かな……」


 リッカはこれまで、誰にも話したことのない話を打ち明けようとしていた。

 両親にも、兄にも話さなかったこと。


「もう、遠い昔のこと。好きだった人がいたんだ。もう――離れ離れになっちゃったけど」

「その人には、会いにいけないの?」

「会いには、いけない……」

「もしかして――亡くなってしまった、とか……」


 オルマは言葉を選びながら問いかける。

 けれどリッカは、静かに首を振った。


「ううん。どちらかといえば、私のほうが亡くなった、かな」

「私にはリッカが何を言っているのかよくわからない」

「ふふ、そうだね。――でも、あれから長い時間が経ったのに、今でも忘れられないんだ。どうしてだろ……」

「それはもちろん――今でも変わらずに好きだからじゃない?」


 優しく微笑むオルマに、リッカは目を丸くした。


「だって、きっと今頃あの人はおじさんだよ? 今の私なんて、子供にしか見えないのに」

「ふふ、ということは年上が好みなの?」

「ち、違う! 同い年だったの! 口が悪くて、ちょっと目つきが悪いけど、優しい人で……!」

「なるほど。同い年……じゃあ、幼馴染か」


 オルマの言葉に、リッカの胸がドクンと鳴る。

 時間経過で薄れていた記憶が、少しずつ形を取り戻していく。


「そうだ……幼馴染だった。私がいつも世話を焼いて、お姉ちゃんみたいに面倒を見て……いつもウザがられてたけど、そんな反応も可愛くて……」


 口にするほど、胸の奥が温かくなり、そして痛くなっていく。

 涙が滲みそうになるのをこらえながら、リッカはぽつりと呟いた。


「ああ……私って、今でも修治のこと、好きなんだなぁ……」

「シュウジ、か……いつか会えるといいな」


 絶対に叶うことのない願い。でも、諦められず手を伸ばしたくなる願い。


 オルマにはリッカの話が半分理解できていなかった。

 だからこそ、その相手は離れ離れになっているだけで、生きているのだろうと思い、そう口ずさんだ。

 故にリッカはぽつりと、あり得ない妄想を口にした。



「――――私がもう一度死んだら、同じ世界で一緒に過ごせたりするのかな」



 それから勇者一行は、二年をかけてザラキア連邦を巡る。

 魔物に襲われた村を救い、汚れたウォルス像を綺麗にしたり、時には忙しい料理店の店員として店を手伝うこともあった。


 その行動のせいか、リッカの人間性は国中の信頼と敬意を自然と集めていった。

 ――強いだけではなく、人に寄り添える優しい勇者だと。


 そして、世界を旅せよと王に命じられた通り、勇者一行はザラキア連邦を後にし、北へと歩みを進めた。





――――――――


ということで、今回で本当に三章が終了です。

次回は三章に登場した人物のプロフィール紹介になります。


これからも頑張ってえっちな話を書くので、ぜひ【★★★評価】や【お気に入り登録】をしてくれたら嬉しいです!

【感想レビュー】も、お待ちしています!!><







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