第66話 王都へ

 ――結局、俺は『剣礼祭』が終わったあとも、一ヶ月ほど冒険都市ハレスに滞在することにした。


 ギルドに売却した複数のワイバーンの魔石は、合計で聖金貨十枚になった。

 ざっと一千万円にも相当する額だ。

 前世では到底縁のなかった金額に、思わず目を疑った。


 つまり――『淫染呪』を一発使うたび、数百万円が弾け飛んでいたわけである。

 ……今さらながら、もったいなさが身に染みる。


 金は別のギルド経由で受け取れるとのことだったため、必要な分だけを引き出しておいた。


 その滞在期間中、ブルドグの悪事はついに公になり、教会上層部から派閥の解体命令が下された。

 結局、『醜化』の呪いをかけた人物が誰なのか最後までわからなかった。


 俺はマリエルのことが気になり、彼女が働く治療院を訪ねた。


 信頼していた人物の裏切りに、さぞ落ち込んでいるだろうと思っていたが――

 当の本人は、意外にもあっけらかんとしていた。


 ブルドグ派の後始末は、豚のおっさんことアラスターさんが引き受けてくれるらしい。

 イケメン目当てで派閥入りしていた信徒たちは落胆していたようだが、今やアラスターさんの地位は雲の上だ。

 もともと彼には派閥というものが存在しなかった分、その下で働けることに誇りを感じる者も多いという。


 さらに、ポワンの村で保護している女性たちの話をしたところ、そちらも面倒を見てくれるとのことだった。――本当に、懐の深い人だ。



 その後も、俺はグレンとの模擬戦や、セイラに誘われて神殿騎士の稽古に参加したりと、慌ただしくも充実した日々を過ごした。

 魔技の習得に向けて、毎朝一人で訓練を続けることも忘れなかった。


 もっとも、神殿騎士たちとの稽古中には、セイラとの仲を美人騎士たちに根掘り葉掘り聞かれ、大変な思いもした。

 だが同時に、セイラがいかに慕われているかも実感できた。


 一ヶ月という時間は、思っていたよりも長かった。

 だからこそ、エリナともセイラとも、互いを求め合う瞬間は一度きりではなかった。

 重ねるたびに情は深まり、二人の中で、俺は確かに特別な存在へと変わっていった。


 セイラは、俺が解呪のスキルを持っていることを知っている。

 故に他の女性とも関わりがあったことも理解している。

 ――それでも彼女は、変わらず俺と接してくれた。



 ◇◇◇



「――じゃあな、グレン」


 一ヶ月後。

 荷物を積み込んだ馬車の前で、俺たちは王都エインフィリアへ向かうための最後の挨拶を交わしていた。


 ここは冒険都市ハレスの西門前。

 王都はここから北西の方角にあるという。


 見送りに来てくれたのは、『銀の刃』のメンバー。

 そして、ギルドマスターのバーグ、受付嬢のリーナ。

 さらにアラスターさん、鍛冶屋のゴッデアとカルタも顔を揃えていた。


 セイラを含む神殿騎士たちの姿はなかった。

 寂しさを覚えたが、朝から仕事で忙しいのだろう。


「少し、寂しくなるな――でも俺たち『銀の刃』は冒険者だ。きっとまたすぐ会えるさ」

「ああ、そうだといいな」


 グレン、リシア、ガロ、エリナ。

 誰もが頼もしく、良い仲間だった。

 彼らとの出会いは波乱もあったが、今では心から出会えて良かったと思える。


 前世では友人が一人しかいなかった俺にとって、仲間と呼べる存在ができたことは、何よりの財産だった。


「私から教会学校への推薦状を書いておいた。これで問題なく編入できるだろう」

「うげぇ……」

「シュウ様っ! これから教会について、たくさん学べますねっ!」


 アラスターさんから推薦状を渡され、俺は思わず呻いた。

 正直、もう勉強なんてしたくない。

 イリスの誘いと女神アルテミシアの話から仕方なく通うが、今から憂鬱でならなかった。


「また良い素材があったら持ってこいよ!」

「ッス!」

「ああ――もちろんだ!」


 鍛冶屋の二人とも最後の挨拶を交わしたあと、背後から声が飛んだ。


「シュウ様! では、出発しますよ!」


 御者台に座っていたのは、商人のモグモ。

 今回は俺たちが馬車を操るのではなく、ちょうど王都に向かう予定があるというモグモに同行を頼んでいた。


 イリスとメディナと共に馬車に乗り込み、グレンたちに手を振る。

 ――その時、予想外の出来事が起こった。


 なぜか、エリナが当然のように馬車に乗り込んできたのだ。

 ずっと黙っていたので、違和感はあったが……。


「えっと……?」


 俺が戸惑っていると、後ろのリシアが代わりに説明してくれた。


「私たち最近ずっと働きっぱなしだったの! だからね、しばらく休暇取ることにしたのー! エリナのこと、よろしくねー!」

「えええっ!?」


 驚きのあまり思わず叫ぶ。

 グレンとガロは、どこか温かい目でこちらを見ていた。


 エリナがにこやかに微笑みながら言う。


「よろしくお願いしますねっ、シュウさん♡」

「お、おう……」


 その言葉に苦笑いで返す。

 ……俺が思うよりもエリナの愛はちょっと重い気がした。



 こうして俺たちは馬車でハレスを出発した。

 だが、驚きはまだ終わらなかった。


 俺たちの馬車に並ぶようにして、重厚な装飾の施された別の馬車が横に並んできたのだ。

 その後ろには、さらに数台の馬車が続いている。


 御者台にいたのは――セイラだった。


「ふふ……私を置いてハレスを出るなど、許されるわけがないだろう?」

「なっ……!」


 ニヤリと笑う彼女の眼光に、背筋が凍る。


「――冗談だ。私たちはブルドグの移送任務だ」

「そ、そうだったのか……」


 とはいえ、その冗談が半分本気に聞こえるのが怖い。


 解呪の流れとはいえ、色々な女性と関わりすぎた。

 いつか背後から刺されるんじゃないか……と、少しだけ不安になる。

 できることなら、穏やかに生きていきたい。


 ――ドスッ。


「なんだ!?」


 突然、馬車の屋根に何かが落ちたような衝撃。


「主さまは、ほんと人気者だねぇ」


 その声ですぐにわかる。ドロテイアだ。


 そういえば、転移魔法には距離制限があると言っていたな。

 なら、ずっと隠れているわけにもいかないか……。


 神殿騎士たちには素性を隠す必要があるが、ダークエルフという種族自体は存在するらしい。しばらくはそれで誤魔化すしかない。



 王都までは数週間の旅になるという。

 途中いくつかの村や小都市を経由し、野営を挟みながら進む予定だ。


 振り返ると、ハレスの巨大な門はもう遠くに霞み、グレンたちの姿も見えなくなっていた。


 こうして――

 俺たちの王都への旅ははじまった。


 同行するのは、イリス、メディナ、エリナ、ドロテイア。

 そしてセイラ率いる神殿騎士の一団。


 次にハレスに来ることがあれば、ダンジョンにでも潜ってみたい。


 王都エインフィリアでは、どんな出来事が待っているのか――今から胸が高鳴った。





――――――――


ということで、これにて、第三章冒険都市ハレス編が終了です!

次回閑話を挟んで、登場キャラの紹介をしてから四章に入っていきます。


\皆様にお願いがあります!!/


本作を今後とも応援してくださるなら、ぜひ【感想レビュー】をお待ちしています!

★評価やお気に入りも同じくお願いします。


作者自体のフォロワーもお待ちしています!


本作は書籍化が決まっております。

進捗状況としては、1巻分のキャラデザが最高のイラストレーターさん(まだ言えない)によって、既に完成しており、めちゃめちゃえっちなキャラが出来上がっています!!


マジでお楽しみにしていてください!!


では、次回からもまた本作をお楽しみください。

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