第64話 エリナとのデート ※

 翌日――朝。


 窓の外から聞こえてくる、人々のざわめき。

『凪の霧亭』の柔らかなベッドで目を覚ました俺は、カーテンの隙間から差し込む朝日が、白いシーツの上に淡く光を落としていることに気づく。


「これが……祭り、か」


 窓を開けると、澄んだ空気と共に歓声が流れ込んできた。

 通りには、『剣礼祭』を楽しむ人々が列をなし、屋台の香りと音楽が街を包んでいる。


 ベッドにはイリスの姿はなかった。

 正直、こっそり潜り込んでいる可能性も覚悟していたが……どうやらメディナの部屋でおとなしく寝ているらしい。

 今日は――エリナと約束した日だ。

 イリスも、それを察して気を利かせてくれたのだろう。


『凪の霧亭』の何よりすごいところは、シャワーがあることだ。

 今まで泊まった村の宿にはそんな贅沢な設備はなかったし、しかもお湯が出る。

 間違いなく魔道具の恩恵だろう。


 シャワーを浴び、心身をさっぱりさせた俺は支度を整え、目的地へと向かった。



 時間は昼前。場所は中央区の真ん中。

 噴水がきらめく広場には、既に多くの人々が集まっている。


 ――そして、その中にいた。

 陽光を受けて銀色の髪を揺らす、美しい少女の姿。


「エリナ――待たせたか?」

「シュウさん……いえ、私も今、着いたところです」


 神官服でも、潜入時のドレスでもない。

 今日のエリナは、爽やかな黄緑色のワンピースに小ぶりなバッグを合わせた、春の風のような装いだった。


「似合ってる」

「ふふ……ありがとうございます。シュウさんは――」

「悪い、これくらいしか持ってなくてな」


 俺の服は、イアシスの村から持ってきた普段着の一つ。

 洒落っ気など皆無だ。イリスたちと服屋に行ったときも、買ったのは下着だけだった。


「なら、一緒に選びに行きましょうっ! 今日はお祭りセールで、いろんなお店が安いんですよ」

「それは助かるけど……俺、服にはまったく疎くて」

「大丈夫です、私が選んであげますから」

「心強いな、エリナ」


 エリナはぱっと笑みを浮かべ、俺の手を取った。

 指先が触れた瞬間、心臓が跳ねる。


「ほら、行きますよっ! 今日は行きたい場所をピックアップしてきましたから、覚悟しておいてくださいね!」


 思ったより、エリナは引っ張るタイプらしい。

 けれど、手を繋ぎながら頬を染めるその横顔は、祭りの灯よりも愛らしかった。



 ◇◇◇



「シュウさん。あーん」

「あむ……ん、うまいな!」

「ふふっ、口元についてますよ――んっ……美味しい」

「エリナ……」


 並んで座るベンチ。

 俺の唇についたクレープのクリームを、エリナはそっと指で掬い、自分の口に含むと――小さく舌を回した。


 マジで、デートだ。

 この世界に来てから、ちゃんとしたデートなんてはじめてだった。


 アミリアとの時間はいつも村か森の中。

 それも穏やかで良かったけど……こうして街中を歩くのも悪くない。


 胸の奥が妙にふわふわする。

 しかも今日のエリナは香水をつけているのか、ふと風が吹くたびに甘い香りがした。


「エリナも……食うか?」

「はい……あーむ……。んっ、シュウさんのも、とっても美味しいです♡」

「そ、そうか……って、わざとか?」

「えへへ……」


 エリナの口元にも、同じようにクリームがついていた。

 俺はそれを指で掬い、彼女と同じように口に含む。


「……される方は、意外と恥ずかしいんですね」


 頬を染め、視線を逸らすエリナ。

 その姿があまりに可愛くて、気づけば――唇を重ねていた。


「ぁ……っ」


 驚いたように目を見開いたあと、エリナの瞳がとろりと揺らぐ。

 そしてそのまま、静かに俺の唇を受け入れた。


「シュウさん……こんな場所で……大胆です」

「エリナが可愛くて、我慢できなかった」

「……私も、したかったです」


 それからしばらく、言葉が出なかった。

 お互い顔が熱くて、会話を再開できたのは三十分ほど経ってからだった。



 その後は露店を巡り、食べ歩きをして――そして服屋へ。

 エリナに言われるまま、俺は彼女のおすすめを試着して回った。

 気づけば、街の空はオレンジ色に染まりかけていた。


「次は……あっ、あそこ! 美味しい飲み物があるんです」


 エリナに手を引かれて行った露店には、果実酒やビールが並んでいた。


 俺は前世でも酒を飲んだことがなかった。

 二十歳を過ぎていたはずだが、浪人生活でそんな余裕はなかったのだ。


 この世界では十六歳から飲酒できるらしい。

 せっかくだし――ということで、俺はエリナと一緒に試してみることにした。


 エリナは二十歳。

 教会学校では優秀な成績を収めていたからか、教会でも働きつつ、やがてグレンと出会い、冒険者になったという。

 教会の中より、外に出て世界を旅する方が性に合っていたらしい。


 そんな彼女が選んだのはビール。

 どうやらかなり飲み慣れているようだ。

 俺はというと、甘い果実酒を選んだ。


 だが――何杯か飲んで気づいた。

 酔うというのは状態異常扱いらしい。

 つまり、女神の加護を受けている俺は……一生酔えない。


 イリスは加護の量的に多少は酔うとは思うが、俺の方は完全防御。

 ケリュネイアに教わった加護の解除法でも試さない限り永遠にシラフらしい。


 まあ、それはさておき。


「エリナ……大丈夫か?」

「シュウしゃん……わらひは、だいじょうぶれすぅ……ひっく」


 ビール五杯目を過ぎたあたりで、エリナは完全に撃沈していた。

 頬を真っ赤にして、ふらふらと寄りかかってくる。

 どう見ても、ぐでんぐでんの泥酔状態だった。






「このあとはぁ……『白金の思い出』に行くまふ……」

「わかったよ。おいしょっと」


 俺はふらつくエリナを背負い、彼女が口にした目的地を目指して歩き出した。

 道行く人に聞きながら辿り着いたその先で、なるほどと思う。


「……そりゃ、皆びっくりした顔するわけだ」


 そこはどう見ても――大人のための宿、だった。

 ハレスの街にもこういう場所があるらしい。


 エリナが俺を誘った理由は、最初から決まっていた。

 今日一日のデートは、そのための大切な時間――いわば心の準備のようなものだったのかもしれない。


 けれど、想定外だったのは彼女自身がここまで酔ってしまったことだ。

 自分の緊張をほぐそうとして、つい飲みすぎたのだろう。


 受付で名前を告げると、すぐに鍵を渡された。

 部屋の扉を開けると、薄暗い照明と大きな豪奢なベッドが目に飛び込む。

 まるで高級ホテルのような空間だった。


 俺はエリナをそっとベッドに寝かせ、深呼吸をひとつついた。


「……さて、どうしたもんか」


 このまま寝かせておくのも悪くない。

 けど、酔いを残したままでは、きっと彼女は明日、自分を責めてしまうだろう。


 だから俺は、彼女の『泥酔』を<完全解呪>することにした。


「…………お尻か」


 マリーの『腰痛』と同じレベルらしい。

 俺はエリナをうつ伏せにすると、<完全解呪>を発動した。


「ん……あ……んぅ……あっ♡」


 形の良いお尻を両手で揉みしだいていくと、次第に声を漏らしはじめるエリナ。

 眠っているはずが、くねくねと腰を動かし、反応を見せる。


 そうして、数十秒。

 解呪は簡単に成功した。


「――ん……んぅ……………」


 ゆっくりとまぶたを開け、目をこすりながらエリナは上体を起こした。

 ぼんやりとした視界の中、すぐ目の前に俺の姿を見つけて――。


「…………え?」

「エリナ、おはよう――いや、こんばんは、かな」


 その言葉を聞いた瞬間、エリナの首筋を冷や汗が伝い落ちる。


「ご、ごご、ごめんなさいっ!!」


 エリナは慌ててベッドの上で正座し、そのまま勢いよく頭を下げた。

 けれど俺には怒る理由なんてなかった。


「大丈夫。ちょうど日が沈んだところだよ。夜はこれからだ」

「……あ、あぁ……すみません。私、少し飲みすぎちゃって……」

「楽しかったから、仕方ない。でも――本当に楽しみなのは、これからの時間だろ?」

「シュ、シュウさん……っ」


 その一言で、エリナの肩の力がふっと抜けた。

 俺はそっと彼女を抱き寄せる。

 エリナもためらいながら、けれど確かに、ぎゅっと抱きしめ返してくれた。


「ホテルからのサービスでお酒をもらった。少しだけ酔っておくか?」

「いいえ……ここからは、ちゃんとシュウさんのことを一秒でも覚えていたいですから――」


 するとエリナはゆっくりとワンピースを脱ぎだした。

 背中のジッパーを下ろし、上からするっと落とすと彼女の美しい体と白の下着が目に入った。


 エリナは頬を染め、視線を逸らしながらも、どこか期待と緊張が入り混じった表情を浮かべていた。


 俺も静かに上着を脱ぎ、彼女と同じように下着だけの姿になる。

 解呪のときだって似たような状況はあったはずなのに、どうしてだろう――エリナと向き合うと、心臓の鼓動が妙に速くなる。


 けれど、今はもう迷わない。

 そっと腕を回し、再びエリナの身体を抱き寄せた。

 触れ合う肌の温もりが、互いの呼吸を近づけていく。


 そして、ためらいを溶かすように――俺はエリナの唇にキスをした。


「んぅ……んっ……ちゅ……ん、ちゅ……はぁ、んっ……んぅ…………っ」


 エリナはそっと瞳を閉じ、自然に舌を絡めてきた。

 何度も重ねるたびに、彼女の吐息は熱を帯び、瞳はとろりと潤んでいく。

 その視線に見つめられるだけで、胸の奥が焼けるようだった。


 部屋の照明はもとより柔らかく、淡い灯りが二人の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。

 ラブホテルらしい落ち着いた暗がり――それだけで、空気が静かに高鳴っていくようだった。


「シュウ、さん……」


 エリナはゆっくりと手を伸ばし、自らブラのホックを外した。

 肩から滑り落ちるようにそれが落ちると、彼女は一瞬だけ胸元を腕で覆う。

 けれど、意を決したようにその腕を外し、頬を赤らめながら上目遣いで俺を見上げた。


「もう……あまり、シュウさんに気を遣わせたくないんです。私――少し痛くても大丈夫です。だから、今だけは……たくさん、愛してください。思いっきり、シュウさんの愛をください」


 その言葉は震えていたのに、まっすぐで、まるで祈るように真剣だった。

 胸の奥がぎゅっと締めつけられるように熱くなり、俺はそっとエリナを抱きしめ――そのまま、彼女をベッドに押し倒した。



 そうして、エリナの初体験を済ませることになるのだが――まさかこの時は、神官とのはじめての性行為が特殊なものになるとは思いもしなかった。








――――――――


うーん、エリナ可愛い……!


エリナとのこの後の情事はノクターン版のみです。

神官故の特殊えっちもノクターン版のみです。


次回、セイラとのデート……!


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