第56話 ダンジョンブレイク
「――何が起きたんだ!?」
冒険者ギルドで待機していた俺、イリス、メディナ、そして『銀の刃』のメンバーたち。
その場に、血相を変えた冒険者が駆け込み、息を荒げながら全員に聞こえるよう叫んだ。
「――ダンジョンブレイク、だと……」
グレンが息を詰めるようにつぶいた。
「そ、そんな……! ダンジョンブレイクなんて、最後に起きたのは数十年前じゃないっ!」
「このタイミング……まさか……」
「ブルドグ大司教が? ですが、仮にそうだとして、どうやってそんな現象を……」
ガロとエリナの言葉に、全員が思考を巡らせる。
ブルドグの仕業――そう疑いたくもなるが、あまりに非現実的だ。
それでも、偶然と片づけるには出来すぎている。
「そもそもこの街に、ダンジョンなんてあったのかよ……」
「ああ。ハレスが冒険都市と呼ばれる理由は、西側に王国最大級の洞窟型ダンジョンがあるからだ。いくつもの階層に分かれ、下に潜るほど強力な魔物や希少素材が出現する。冒険者たちは、それを求めて潜るんだ」
グレンの説明に頷きながら、俺の頭には前世で知っていたダンジョンという概念が重なっていく。理屈はおおよそ一致していた。
「そしてダンジョンブレイクは、本来外に出てこない魔物が、何らかの理由で一斉に外へ溢れ出す現象……」
「つまり、一番近い街――ここが襲撃されるってことか」
「……その通りだ」
ハレスが、襲われる。
しかも報告では数が一万を超えるらしい。
俺の<完全解呪・反転>は視界内の敵にしか作用しない。
――正直、この数を相手にするのは不可能だ。
「前回のブレイクでは街が半壊したって聞いたことがあるわ」
「ここが、か……」
「ええ。長い時間をかけてようやく復興したらしい。だから、今回は絶対に防がなきゃいけない」
そんな会話の最中、階段の上からドタドタと足音が響き、ひときわ大きな声が降ってきた。
「――ダンジョンブレイクだとぉ!?」
執務室から飛び出してきたのは、額に汗を光らせるハゲ頭の男――ギルドマスター、バーグだった。
受付嬢リーナに呼ばれたのだろう。
「ギルマスっ!」
報告をしたCランク冒険者が駆け寄り、状況を説明する。
「俺たちはいつも通り、二十五階層を探索していた。そしたら――二十六階層から突然、魔物が雪崩のように溢れ出してきたんだ!」
「階層を越えて魔物が現れた……あり得ん。ダンジョンの構造が崩壊しているのか……?」
ダンジョン内の魔物は通常、階層を移動しない。
それが起こった時点で、異常事態だ。
「俺たちは魔物を倒しながら上がってきたが、数が増え続けて手に負えなくなった。あのままじゃ街は壊滅だ」
「ぐぅ……なぜ今なんだ……。だが、ダンジョンブレイクとなれば、街は二つに一つ――見捨てるか、守るかだ」
バーグの声は低く、しかし迷いはなかった。
答えは、誰もがわかっている。
「――お前たち! 街を守る覚悟がある者は、全員、西門へ向かえ!!」
その号令に、ギルド全体が一気に沸き立つ。
「シュウ様……」
「イリス……行こう。俺たちも、やるしかない」
ブルドグも、ドロテイアも、まだ片がついていない。
だが、今はそれどころじゃない――街が滅ぶことだけは絶対に阻止したい。
俺たちは、覚悟を決めた瞳で互いを見交わし、冒険者たちとともにギルドを飛び出した。
そして、西門へと駆け出す。
戦いの幕は、すでに上がっていた。
◇◇◇
「隊長〜、なんでこんなことになったんですかねぇ〜」
西門前に整列したとある部隊――その数、約百名。
薄紫のボブヘアの女性が、隣に立つ薄青の長髪美女へと軽い調子で話しかけた。
彼女たちが纏うのは、白を基調とした鎧と青いマント。腰の騎士剣には淡い光が宿っているようにも見えた。
――神殿騎士。
彼女たちは、冒険都市ハレスにおける異端者の排除と教会の浄化を担う聖なる戦闘部隊。
「病み上がりの初陣にしては、申し分のない相手だが――」
「ま、隊長なら心配いらないですよぉ〜。でも、念のため一発だけ喝を入れてあげますね〜」
「……喝とは?」
「がんばれたいちょ〜っ!」
「ひぎぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
次の瞬間、乾いた音が響き、薄青の髪の美女――セイラの悲鳴が空に溶けた。
副隊長が軽く叩いたつもりの一撃は、戦場には不似合いな艶っぽい声を引き出してしまったのだ。
「あ……あれ? 隊長……?」
「リーチェ、貴様ぁぁっ! 副隊長の分際で、何をしているのだっ!」
「い、いや〜……まさか隊長がそんな可愛い声出すなんて思わなくてぇ〜……」
涙目でお尻をさすりながら睨みつけるセイラ。
対するリーチェは気まずそうに肩をすくめ、周囲の部下たちは笑いを堪えるのに必死だった。
「わ、私には喝など必要ないっ。次にやったら――降格処分だ」
「ええぇ〜!? そんなぁ〜、隊長のおうぼう〜〜〜っ!」
ダンジョンブレイクという非常事態を前にして、空気をぶち壊すようなやり取り。
だが、この一瞬のやりとりが、緊迫した戦場にほんのわずかな安堵を与えていた。
◇◇◇
「うお……この街って、こんなに冒険者がいたのかよ……」
『銀の刃』のメンバーと共に西門へ向かうと、そこには武具を構えた数百人規模の冒険者たちが集結していた。
その光景に、思わず息をのむ。
「……こんな時に、『爆煉の魔女』マリーがいてくれたら……」
「…………マリー?」
ぼそりと漏れたリシアの言葉に、思わず反応してしまう。
「ええ、マリー。もしかして知ってるの?」
「あ、いや……知らないけど……爆煉? 爆乳の間違いじゃないよな?」
「……は?」
冷たい目でこちらを睨むリシア。
だが、俺の知っているマリーは爆乳だ。
「『爆煉の魔女』マリー。数年前までハレスを拠点に活動していたAランク冒険者よ。彼女の火魔法はアダマンタイト級の硬い魔鉱石をも一撃で蒸発させるって噂だった」
「へ、へぇ……」
「私は彼女の凄さと逸話に憧れてるの」
「マリーさんが魔法を放つと、香水みたいな匂いが漂うだなんて話もありましたよね」
異名がついているほど強かったらしい。
エリナまで懐かしそうに頷く。
「そうそう。魔法に香りを宿すなんて不可能なのに、彼女にはそれができたって」
「な、なぁ……その、マリーってフルネームは……?」
「マリー・アモネードよ。レモネードみたいな名前で、覚えやすいでしょ」
「……そ、そうだな」
「さっきからなんなのよアンタ……」
マリーは俺の知っているマリーらしい。
フルネームまで一緒となれば、もう確定だろう。
アミリアもマリーは冒険者をしていたと言っていたし、根拠だってある。
そのマリーが俺の童貞を奪った相手だと知ったら、リシアはどう思うだろうか。
「――シュウ様、あちらを」
「ん?」
「あれが神殿騎士です」
会話が途切れると、隣に立つイリスが俺の視線を誘導――そこには冒険者たちとは異なる整然とした一団がいた。
純白の鎧に青いマントを翻し、聖光を纏う騎士たち――その多くが女性だった。
「あ……セイラ」
「シュ、シュウ……」
列の中に、見慣れた薄青髪の姿。
彼女もこちらに気づいたようだった。
病み上がりなのに大丈夫か、と声をかけようとした矢先――
「ちょっとあなたぁ? 聖騎士の再来と呼ばれるクローヴァー隊隊長のセイラ様に軽々しく名前呼びとは何様ですかぁ〜?」
「……聖騎士? 隊長? ちょっと理解が追いついてないんだが……」
聖騎士といえば、たしか俺のジジイが元聖騎士だったはず。
となると、セイラって……相当な実力者じゃねえか。
「リーチェ、よせ。――彼は私の知り合いだ」
「えええ!? 冒険者と!? ……って、聖女候補様ぁ!?」
――聖衣と聖杖。
イリスの装いは見る者が見れば、誰なのかすぐにわかってしまうらしい。
「こんにちは、神殿騎士の皆様。イリス・カーネリアです」
「ぼぼ、冒険者と一緒だなんて、どういうことですかぁ!?」
「イリス様……私はセイラ・クローヴァーと申します。……おそらく、彼についていたのでしょう。色々と察しました」
セイラが静かに頭を下げると、周囲の騎士たちがざわついた。
イリスが街から姿を消していた理由を、ようやく理解したのだろう。
「やはり聡明ですね、隊長様。お体も、すっかり良さそうで」
「ええ……彼のおかげで」
「セイラ、お前、すげぇヤツだったんだな」
「ふんっ」
顔をそむけながらも、どこか照れくさそうに口角を上げるセイラ。
ほんの数日前まで衰弱していたとは思えないほど、今は凛々しく、堂々としている。
教会と冒険者はいがみ合っている。
だが、今回はそれどころではない。
この街を守るため、力を合わせるしかないのだ。
「――――きた」
誰かの低い声に、全員が前を向く。
地平線の向こうで砂煙が上がり、無数の影が蠢いていた。
空気が一瞬で張りつめる。
剣の柄を握る手に力を込める。
それは、地鳴りのように近づいてくる。
「シュウ様……」
「ああ……見えた」
イリスの声を聞きながら、俺は息を整える。
しっかりと魔物の大群が視界に入ったことを確認――そして俺は静かにスキルを唱えた。
「――<完全解呪・反転>」
――――――――
これからも頑張ってえっちな話を書くので、ぜひ【★★★評価】や【お気に入り登録】をしてくれたら嬉しいです!
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