第2話 前世

「――ねえ、 修治しゅうじったら聞いてるの!? ここ、間違ってるよ」

「聞いてるって! うるさいなぁ……もうちょっと静かに言えよ」

「わ、私はあなたのために教えてるんだからねっ! あなたがちゃんと聞いてないからいけないのよっ」


 大声を出してはいけない図書室の机に並んで座る男女。

 高校最初の中間テストで赤点を取った俺――灰島修治はいじましゅうじは、幼馴染で同級生の日下部六花くさかべりっかに勉強を見てもらっていた。


 昔から優等生で、男女問わず人気のあった六花は、なぜかいつも俺の面倒を見てくれている、姉のような存在だった。

 口が悪く、勉強も運動もさほどできない俺。漫画やゲームくらいしか取り柄はない。


 そんな俺に、彼女はいつも付き合ってくれていた。


「…………」


 隣で真剣に勉強する六花。その横顔はまさに美少女という言葉を具現化したような存在で、長いまつ毛が影を落とす。


「なぁに? ……ずっと私の顔見て」

「……お前の横顔――綺麗だと思って」

「は、はぁ!? いきなり何を言うかと思えば……修治らしくないっ」


 六花は顔を真っ赤にして俺をポコポコと殴る。

 そんな彼女は、俺にとって――ずっと憧れだった。

 だからこの先も太陽みたいに輝いていくものだと思っていた。


 けれど、運命はあまりにも理不尽で――


「あ〜、ははは……。私、ガンだって。ステージ四! もう治らないみたいっ」


 真っ白な病室の中、ベッドに横たわる六花が冗談みたいに笑って言った。


「は……なにお前笑ってんだよ……なんだよ、なんなんだよっ!!」


 悲しいはずなのに笑顔を浮かべる彼女の気持ちが理解できなくて、俺は怒鳴ってしまった。


「ふふ。ごめんね修治。もう、一緒に学校通えないや」

「……クソっ! クソ、クソっ! なんで、何もできない俺じゃなくて……何でもできるお前なんだよっ!」


 神様を、本気で恨んだ。


 六花には未来があった。

 良い大学に行って、稼げる仕事をして、素敵な恋をして――幸せになるはずだった。


 それを全部奪ったのが神様で。

 何もできない俺だけが取り残された。


「――修治、私の分もたっくさん生きてね。もう、最後だから言うね…………そのぶっきらぼうな口調も、たまに見せる笑顔も、実は優しいところも……全部、大好きだったよ……」


 六花が最後の遺した言葉は、最高の贈り物でもあり、呪いのようでもあった。


 一ヶ月後、六花はこの世を去った。

 俺はその喪失を胸に、涙を振り払い、勉強をはじめた。


 ――医者に、なるために。


 よくある理由だ。

 助けられなかった人の代わりに誰かを助けたいという、そんな気持ち。

 故に俺は医者を目指した。


 けれど、三浪しても医大には届かなかった。

 自分の無力さを痛感した。


 だからだろうか。

 最後、何もできない俺が誰かのために生きたいと思ったのは。


 その日、横断歩道を歩く一人の女子小学生にトラックが突っ込んでいった。

 俺は咄嗟に飛び出していた。小学生を突き飛ばし、俺が代わりに――――


 次の瞬間、耳に届いたのは、まるで女神様のような優しい声。

 神様なんてクソ喰らえだと思っていた俺に、なぜか届いた。



 ――お医者さんになりたかった優しいあなたに、次の人生を与えます。


 ――プリースト。それが次の人生の、あなたの職業です。


 ――特別にあなただけが使えるスキルを授けました。


 ――ただ、本当に特殊な力なので、少しだけあなたから対価をいただきました。


 ――研鑽を積み、一人でも多くの命を救いなさい。


 ――あなたの歩む道が、天の導きと共にありますように。



 気がつけば、知らない森の中で目を覚ましていた。


 すぐ近くにあった綺麗な川から反射した自分の姿を見た。

 そこに映っていたのは十二歳頃の小さな自分の姿だった。さらに髪は黒から灰色に変わっていた。


 そんな俺を拾ってくれたのは、近くにあった辺境の村・イアシスに住むミレイスターという老夫婦だった。


 厳しくも優しい二人の愛に包まれながら、俺はこの世界で、人を救う者として――新たな人生を歩み始めたのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る