第20話 [まだ見ぬ明日を映す瞳]
峠を越えて三日目、私たちはようやく小さな街道宿場にたどり着いた。
旅人や荷馬車が集まり、商人たちの声がにぎやかに交錯している。
「にぎやかだね……」
イフミーが肩越しに振り返る。彼女の白銀の髪は、夕陽を受けてやわらかく光っていた。
泥のついた裸足で、それでも軽やかに歩く姿は、まるでどこか遠い国の民話から抜け出したようだった。
「今日は宿を取ろう。……この辺りは、野宿には少し危ない」
「うん。もう、体がふやけちゃいそう」
イフミーは笑って、かかとを軽く跳ね上げてみせる。足の甲には小さな傷が残っていたが、本人はまったく気にする様子がなかった。
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宿に荷を預けたあと、私は露店通りを歩いていた。
翌朝には次の街へ発つ予定だ。補給と、できれば一つ、軽い仕事をこなしておきたかった。
「水売り? 荷運び? いや、あんた顔が利きそうだ、使いっ走りの口もあるぜ」
小太りの行商人が声をかけてきた。
話を聞けば、この町の診療所に「届け損ねた品」があるのだという。
小包を渡し、診療所まで向かうだけの簡単な依頼。報酬は銀貨一枚。
「わかりました。引き受けます」
私は頭を下げて品を受け取り、道を急いだ。
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診療所の裏手には、丸太を積んだベンチがあり、ひとりの若い見習いが掃き掃除をしていた。
「お届け物を預かっています。こちらに間違いないでしょうか」
「あ、はい。助かります……それ、実は昨日届く予定だったんです。ありがとうございました!」
見習いは丁寧に礼をし、代金を手渡してくれた。
私は銀貨を一枚受け取り、軽く会釈してその場を後にした。
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夕方。街の水場で足を洗っていたイフミーの隣に腰を下ろすと、彼女は嬉しそうに声をあげた。
「おかえり。……仕事?」
「うん。軽い届け物。銀貨一枚の小遣い稼ぎだよ」
「ふふ、やっぱり君は、まじめだよね」
「そうでもない。……ただ、次に進むために、できることはやっておきたいだけ」
イフミーは足をちゃぷちゃぷと揺らしながら、私の顔をちらと見た。
「次って……どこまで行けるかな、わたしたち」
「わからない。でも――」
私はしばらく言葉を探してから、続けた。
「少なくとも、“ここ”じゃない。……ここは通り道にすぎないんだ」
イフミーはゆっくりうなずいた。
「うん、たしかに。わたしも、まだ帰れない。……でも、君となら、いつかちゃんと“帰りたい場所”にたどり着ける気がする」
「きっと、たどり着けるよ。だって君は、“ちゃんと風を読める”から」
「……君だって。ちゃんと“道を選んでる”じゃない」
夕陽が赤く差し込み、水面にふたりの影が映っていた。
それはどこか頼りなく、でも確かに、寄り添って揺れていた。
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この夜、宿の灯の下で、私はふと思い出した。
最初にイフミーを見つけたあの日。
荷馬車の覆いの下、微睡むように眠っていたその姿。
あれはきっと、ただの偶然じゃなかった。
この旅はまだ途中。
けれど、その偶然が、今はもう、運命のように思えた。
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