第13.5話 いつもの日常

 気が付くといつものベッドの上だった。

 全身が軋むように痛い。


 端には、隈を浮かべながらベッドに伏せて眠るグリーナ。

 右手には点滴の台。

 どうやら針は刺さっていないようだ。


 どのくらい眠っていたのだろうか。

 具体的にはわからないが、中でも強く感じる背中の痛みから俺は相当寝ていたのだろう。


 そして時間は、わずかに指す光から、夜だ。

 きになって、目を凝らしながら時計を見る。


 短針は3の文字を少し過ぎ、長針は4を指す。

 3:04


 普段はすっかり寝切っている時間だ。

 だからか、少しの罪悪感と高揚感。


(……夜風にあたるくらい、大丈夫か)


 そうして俺は、家を出た。


 やはり、この村は景色がいい。

 辺りは神秘的なほどに広い森と、気高く村を囲う山々。

 夜空にはいくつもの星々、堂々とこの地を照らす満月。

 下を眺めると、小山に建つ我が家と村を繋ぐジグザグの下り道と、ぽつぽつとある民家たち。

 

 この村が観光名所になっていないのは、すぐそこの森が随一というほどに危険だからなのだろう。


 それよりも、異変調査はどうするのだろうか。

 記憶が朧気だからはっきりとはわからないが、撤退に終わったはずだ。


 もしかしたら、村に何か影響があるかもしれない。

 そう、これは調査だ。

 決して散歩なんかではなく、リハビリ兼調査なのだ。


 そう、自分でも苦しい言い訳だと分かっていながらも、俺は村へ歩を進めた。


 ◇◇


 気が付くと、清々しい朝日で目が覚めた。

またベッドの上だった。

 昨日は何をしていたのだったか。


 現在は7:03。


(あっそうか。昨日は散歩に行って、途中で傷が開いたのか。それで帰ってきて……)


 まだ頭へのダメージが治りきっていないのか、正常な判断ができていなかったみたいだ。

 悪化してはいけないし、今日の訓練は休んだ方がいいのかもしれない。


「はっ!あっああ……」

 扉が開き、先から声がする。

 グリーナの声。

 しかし、風邪かわからないが鼻が詰まっているような声。


「坊っちゃまぁ……うっうぐっ」

 目から涙が零れ落ちる。

 つまりはそれだけ俺が起きていなかったのだろう。


 しかし、今はまだ早朝だ。

 そこまで声を出されては……


「と、とりあえず、ドアを閉めてくれ」

「あっずびばぜん」

 パタンと扉が閉まる。


 しばらくして、グリーナも落ち着いてきた。


「落ち着いたか?」

「はい、でも、無事でよかっ」

 しゃくりあげるように言葉が途切れる。

 会話する分には十分だ。


「傷はもう大丈夫なんですか?」

「いや、まだ痛いし記憶も曖昧だ。だから一応、今日の訓練は休むつもりなんだが、頼めるか?」

「はい!任せてください!」


 とはいったものの、全く運動しないとなったらこの萎んだ体は戻せない。

 頭を回すためにも、散歩ぐらいはした方がよさそうだ。


「とりあえず、散歩に行きたいな」

「えっ!?だめです!」


 はっきりと否定された。

 今の俺はそれほどまずいのか。


「な、なんでだ?」

「坊っちゃまの体は、思ったよりまずいんですよ」

「そうか……ありがとう」


 何はともあれ、起きないと1日は始まらない。

 立ち上がり、背を伸ばす。


 固まっていったものが取れる感覚と、傷口からわずかな痛み。


「ふう……とりあえず、考えたいことがある。一旦ひとりにしてくれないか」

「はっはい、失礼しました!」


 部屋の扉が閉まる。

 部屋には俺一人。

 耳に入るのは外から聞こえる鳥の声のみで、考えるのには最適だ。


 時が経つにつれ、あの日のことが甦ってくる。



━━━━━━あの日あの時、見たものが信じられなかった。

 俺を背にしてダフネたちににじり寄るキリングベアー。


「ダフネちゃん!」


 大きく上げた手を振り下ろそうとしたその時だった。


 朦朧な俺ですら感じた、戦慄するほど異質で重々しい魔力。

 それを感じたのか、キリングベアーは手を止め一歩引く。


(な、なんだ?)


 そう思い、流れる血を避けるように瞬きをする。



 目の前の怪物が消え去った。

 後ろから鳴り響く轟音。


 現実が受け付けられない。


 目に映るのは真っ白な髪のハベル。

 しかし、兄だからだろう、わかる。


 あれは、ハベルじゃない。

 しかし、どこかで見たことのあるような……。


「あー…やっぱ上手くいかんなあ……まあ初めてやし、しゃあないかっ」

 身体を手で払いながら、飄々ひょうひょうと語る男。


「ハベ…ル……?」

 座り込むダフネが尋ねた。


「ふう……まあいいや、とりあえず───」


 ダフネを見つめた後、俺の方を見て───


「姉ちゃん、兄ちゃん。ハベルのこと、よろしくな」


 言葉が終ると同時にハベルのいつもの黒髪に戻り、地面に倒れこんだ。


「ハベ……ル……」

 手を伸ばし立ち上がろうとするが、俺もまた、限界を迎えた。



━━━━━━(あれは、何だったんだ)

 椅子に座りながら考え込む。


 何分経ったのだろうか、段々と日も強くなってきた。


(しかし、あの髪……どこかで見たような……)


 しばらく、考える。

 そうしたら、ぼんやりと、人物が浮かび上がる。


「あっ!!」


 急いだように本棚に手を伸ばす。

 そして手それを握った瞬間。


 ドアが鳴った。


「坊っちゃま、朝食の準備ができました!」

 奥からグリーナの声。

 思ってはいけないとわかっているが、何とタイミングの悪い……。


「わかった、ありがとう」


 待たせるわけにはいかない。

 俺はすぐに立ち上がり、部屋の外へ出た。


 誰かしらいるとは思ったが、何故だか伽藍洞。


(んん?まだ寝てるのか?)


 立派に育つためには、十分に寝ることも必要だが、同じくらいに早起きも肝心だ。

 ここは俺がしっかりしなくては。


「んっんんっ」

 咳払いをして扉を開ける。


「ハベル!もう朝食だ、起きろ」

 誰もいない。

 寝てる期間で部屋を変えたのか、とも思ったが服やズボンは残っている。

 つまり単純にいないのだ。


(一応、ダフネの方も見てみるか)


 そう思い、ダフネの部屋へ向かう。


 前に立ち、3回ノック。


 「ダフネ?いるか?」


 返事はない。

 気になって扉を開ける。


 誰もいない。


 確認して扉を閉める。


(どういうことだ?)

 今まで誰かの声はしなかった。

 もう1階にいるということはなかっただろう。


 つまり、別室にいるということだ。


(お母様に聞いてみるか)


 お母様の部屋に立ち、扉を叩く。


「お母様?少しいいです───」


 遮るように扉が開き、俺の手を握って引っ張る。


「ちょっ!うわあっ!」

 吸い込まれるように中へ。


 すると中には、ダフネとハベルを抱えたお母様。

 まだも握りしめる手は、痛くなるほど強い。


「お、お母様?」


 目に涙を浮かべ、俺を見つめる。


 次の瞬間、俺の視界はふわりと真っ暗になった。

 顔全体を包む柔らかい感触、気持ちの良い温もり。

 まるで、赤子の頃に戻ったような、そんな心地良さ。


「よかった……本当にっ」

 僕の頭にぽつぽつと雫が落ちる。


「4日も寝てたのよ」

「心配をかけて、すみません」

 抱きしめる力が増す。

 少し窮屈だが、それすらも落ち着く。


「もーお兄様心配かけないでよ!まあでも、元気でよかった!」

「おにーちゃんおはよー!」

 奥からダフネとハベルの声。


 なんだか懐かしいような、そうでもないような。

 不思議な気持ちだ。



◇◇



「お母様?」

「なぁにー?」


 どのくらい経っただろうか。

 あれから俺ら三人は、お母様にベッドの上で抱えられている。

 体感で言えば20分。

 ここから時計は見えないから実際はどうなのか、わかりようもない。


「ハベルこの子好きなの?」

「うん!」

「へへへわたしも~!」


 右には2人そろって絵本を読んでいる。

 上手く見えないが、絵本にしてはそこそこな厚さの本。


「そろそろ離してくれませんか?」

「嫌!そんなことしたら、また危ないことしちゃうでしょ?」

「ししませんよ……」


 この狭さで4人いるのだ。

 もうすぐ冬とはいえ暑い。

 こんなことなら薄着にすればよかったとさえ思うほど。


 それにお腹もすいたし朝食も冷めてしまう。


「はっきりしてないなら離さない!」


 初めてだ。

 駄々をこねるお母様を見るのは。


 こういうときは、冷静に俺が折れるに限る。


「お母様、今回は無茶なことをしてすみませんでした。俺ももっとやり方はあったと思います」

「本当に思ってる?」

「はい」


 心配そうな顔。

 確かに、少し注意を欠いていたかもしれない。


 これからはもっと、慎重に行くべきか、俺のためにも家族のためにも。


「お兄様が謝ってるー!」

「おにーちゃんわるいことしたの?」


 すぐ横でダフネとハベルがはしゃいでいる。


「ダフネもアラムも、もう危ないことしちゃだめよ?」

「「はーい!」」

「よしっじゃあみんなで朝ごはん食べに行きましょ!」


 そうして俺らは立ち上がる。


 なんだか、ようやくいつもの日が戻ってきたようだ。

 食堂に向かう足の途中で、俺はそう感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る