第11話 開校!魔法教室

━━━━━━あれから大体5か月。


「お父様!」

「な、なんだ」


 昼ご飯の中、突然アラムが声を出した。


「この村で、魔法教室を開きませんか!」

「え?」

 声にならない声。

 思いもしない言葉に、戸惑っているのだろう。


「あら、いろいろ考えてくれてるのね?フフッ」

「まあ別に構わんが、どうしてまた魔法なんだ?」


 軽やかそうな両親に対し、アラムはすごく真剣だ。


「この村は比較的、識字率が高いです。しかし魔法はこういう田舎ではあまり目にすることがありません。そこで!魔法教室を開くことで、ほかの村にはない特色になるかと思いまして!」

「な、なるほど……」

「あら、アラムはほんとに色々考えてるのね~」

 アラムの押しが、いつになく強い。


「それに、この村は四獣の領域に面しています。自衛の手段は、多いほうがいいかと!」

「ん、ん~……」


 メイド長の方に目配せしている。


(まほ……う……?)

 魔法とはなんなのだろうか。

 俺はこの空気についていくのを諦めた。


「アラム様、一応お聞きしますが、誰が教えるのですか?雇うのでありましたら、その分の資金回収はどうされるおつもりですか?」

「いや、俺が教えるつもりだ」


 カナンがキョトンとしている。


「アラム?何もあなたがそこまで頑張らなくても……」

「いえ、教えるというのはこちらも学びがあるんです。だから、俺のためというのもあります!」

「で、でも……」

「とりあえず、まずは興味のあるこどもから教えていって、その保護者、そしてその知り合いへと広げるつもりです」


「はいはーい!」

 横のダフネが立ち上がって手を上げる。

 急だったからびっくりした。


「私も!私もやりたい!」


 カナンの顔から気が抜けていく。


「も、もっと……一緒に絵本とか……」


 そこからカナンは、すねたのか静かに食べてそそくさと部屋に戻ってしまった。


(まほ……う?)


 まほう。 どこかで聞いた言葉だ。

 食べ終わり、部屋に戻った俺は、部屋の本棚をひとつひとつ見ていった。


「んーと……」


 すると━━━


「あ!」


 “魔法入門”。


 頭についたものが取れるような感じ。

 誕生日の日、タエが入れてくれた本だ。


 俺はすぐにタエに走って行って━━━


「タエたん!これよーんで!」

 その本をバンと突き出す。


 はじめて裏の方を見たが、難しそうな絵が大きく書かれていた。

 これは何なのだろうか。


「え……す、すこしお待ちください?」


 (いっちゃった……)


 と思ったが、すぐに帰ってきた。


「お待たせしました。奥様の許可が下りましたので、では始めましょう」


 俺たちはベッドの上で座って読むことにした。

 最近大きいベッドに変えてから、ふかふかで寝るのが楽しい。


 後ろにタエが囲うみたいに座って、俺の前で本を持ってくれる。


 1ページめくったつもりが、3ページほどめくれてしまった。


 難しそうな文字と絵が俺を出迎える。

 もう頭がはじけそう。


「んん……んん……?」

「ああ、これはですね?━━━」



━━━「それで、これは……ん?坊っちゃま?フフッまだ早かったですかね?」

 寝てしまったみたいだ。

 世話をする相手に癒されている私は、きっとまだ半人前なのだろう。

 同じ体勢だったので、少しだけ腰が痛い。


 寝てしまわれた坊っちゃまを、ゆっくりと寝かしていると、ガチャッと扉が開く。


「タエ?そろそろ交代……あら」

 奥様だ。


「寝ちゃったの?」

 優しい笑顔。

 この顔に、何度助けられたことか。


「はい」

「あら、ちょっと残念ね」

 2人で坊っちゃまの顔を覗き込む。

 なんて無垢な顔なのだろうか。

 私は、この顔を守らなければならない。


(私ができるの……?)


 そう思うと、手に力が入る。

 ベッドのしわが少し伸びてしまった。これではメイド失格。


「んん……」


 寝返りで、私の手が坊っちゃまの体とベッドの間に挟まってしまった。


「あら、フフッ」

 体がぷにぷにしているのは、しっかりと食べている証拠。

 世話係として誇らしい。


 やることもあるので、手を抜きたい。


 だが、今抜くときっと坊っちゃまを起こしてしまうだろう。


「ああ……」


 それに、どこかもったいない気もする。


「んよいしょっ!」

 そんなことで悩んでいると、奥様がベッドを傾け、坊っちゃまを転がされた。

 助かったような、残念なような。


「あら、いらなかったかしら?」

 からかうように笑っている。

 奥様に隠し事はできないようだ。


「いえいえ、そんなことは。ありがとうございます」


 転がされてなお起きない坊っちゃま。

 もしかしたら、かなりおおらかな方なのかもしれない。


 幸せに時間を浪費した私は、渋々皿洗いに向かうのだった。



━━━それから1か月。

 意外なことに、タエのおかげであの本を楽しく読めたので、かなり進めることができた。


 そんな今日は、アラムとダフネがいろんな人に魔法を教える日らしい。

 それに俺も参加するつもりだ。


「どうされたのですか?坊っちゃま」

「あのね、ハベルもね?あれ、やりたい!」

 そういって、中庭を指さす。

 そこでは6人くらいのこどもと、6人くらいの大人がアラムとダフネを見つめている。

 がやがやとしてて楽しそう。


「いけませんよ!坊っちゃまはまだ2歳なのですから!」

 つめよるように強気な声。


「えっ」

 みんなやってるから、いけると思っていた。

 だからか、そんな声をきいた俺は、喉が熱くなって目がぼやぼやしてくる。


「う……うう……」

「っ!!」

 タエの焦ったような顔が、かすかに見える。


「うっ……だめぇ……?」

「くっ!……い、いけません!坊っちゃまを思ってのことなのですよ!?」


「あら、いいじゃないの」

 カチャッと開き、カナンが入ってきた。

 いつも優しいから、味方が増えたような気分。


「なっ!奥様まで!ですが、なにかあったらどうするのですか?!」

「大丈夫よぉ、アラムもダフネもいるんだし。それに、誰だって失敗するときは来るのよ?」

「で、ですが……」


 強気なタエも、カナンにはいつも弱い。

 本当に、心強い。


 そんなカナンは、手をパンッと叩き━━━


「よし、じゃあお父さんに聞きましょ!」


 そういうことで、書斎に来た俺たち。


「おとーしゃん!」

「お、どうしたハベル?」

 にやにやとして出迎えてくれたサルト。


「あのね、ハベルね、おにーたんたちとね?まほーのれんしゅうしたいの!」

「おーそうかそうか」


 サルトが後ろの二人の方を見る。


「まあ、いいんじゃないか?」

「えっ!」

「そうよね~あなた」

「いやでもっ!」


 何か言い合っているようだ。

 そこまでのことなのだろうか。


「アラムもダフネもいるんだろ?なら大丈夫だろ」

「……まあ…そこまで言うなら……」

 タエもわかってくれたらしい。


「ありがとーいってきまーす!」


 走って玄関から出て、中庭へ向かう。


「おにーたんハベルもやるー!」


 そこの全員が振り返る。


「わかった、じゃあダフネ!」

「ええお兄様!せーのっ」


「「じゃんけんポン!!」」


 それに合わせて、2人は手の形を変える。


「よしっ」

「ええー!!なんでぇおねがい!もう1回!ねえもういっかい!」

「いやだ」


 どうやら、アラムが勝ったらしい。


「えー!」

 すこし、ダフネがかわいそう。


「よし、じゃあ俺の方でやるから、こっちこいハベル」

「うん!」



 そうして俺は、大人たちに混ざって説明を受けた。


「━━━とまあ説明はそのくらいで。実際に火の魔法を見てみましょう」


 そういうと、左手の人差し指を立て、小さい火が灯る。

 これが魔法というものらしい。


「これは、皆さんも使っている下級魔法の《静かな火種ファイア》です。次にっ」


 中指にも火が。

 隣の火に触れるぐらいに。


「これが中級魔法、《閑寂の灯火ブレイズ》。みなさんには、ここまでは覚えていただくつもりです」


「「「おー……」」」

 大人たちの歓声が聞こえる。


「そして……」


 アラムは、右手の人差し指を突き上げる。


「《湧き上がる怒炎ヴァルカン》」


 吹きあがるような炎だ。

 隣の火を飲み込んでしまうくらいに、俺たちも熱く感じるくらいに、ゴオゴオと。


「「「おおーー!!」」」

 つい拍手してしまった。

 周りのみんなも同じみたいだ。


「これが、少し種類は違いますが、上級魔法です。とはいっても下位のものですが」

(さすがに3つ同時は疲れるな……)


 アラムが両手を払うと、出ていたものがフッと消える。

 だけど、どこか寂しいような。


「では、ここまでで質問はありますか?」


 少しの沈黙。


 その空気を切ったのは、この中では若そうな女性。


「はい!あの、セリフみたいなのってないんですか?ほら!あの、炎よ!みたいな」

 照れくさそうな笑顔。


「はい、あります。もちろん、始めはイメージ付けのために唱えてもらいますが、最終的には唱えなくてもできるようになってもらうつもりです。他にありませんか?」


「それでは、皆さんもやってみましょう。まずは適性から━━━」


 そこから少しの話の後、俺たちは実際にやることになった。


「さざめく水よ!ここに集いて凍え、悪を砕け!《氷心の塊アイスロック》!━━━できた!」

 周りの大人たちが、向こうの子供みたいにはしゃいでいる。

 なぜだか見ていて気持ちがいい。


「ハベル、お前はまず、下級からやってみろ。手を出して、目をつぶれ」

 言われた通りにやってみる。

 今日のアラムは、いつになく優しい気がする。


「よし、じゃあお前の中に、流れる何かを感じるんだ。それを、手からだして、火に変えるイメージだ」


 きっと、あの時のやつだろう。


━━━「ハベル!」


 そんな……


(そんなの……)


「いやああああ!!!」


━━━頭の中で、必死に感じようとする。

 あの時の、あふれ出た何かを。


 だが━━━


「う、うう……」

 ただ、嫌な思い出がよみがえるだけで、何も感じない。


 もしかしたら、俺にはできないのかも。


 そう思うと、頭がバクバクして、体が勝手に動く。


 何も考えられないでいると、肩に手の感触が。


「大丈夫だ。はじめは難しいかもしれない。おれだってそうだった。だから、大丈夫だ」

 耳元で、優しい声が聞こえる。


 体の中がぽかぽかするのとともに、頭がすっきりしてきて、心地いい。

 やっぱり、今日のアラムは優しいみたいだ。


 再び、集中。


 体の中の何かを、手に押し流す感じ。


 それを、火に……。


「やあ!!」


 すると、頭の中の火が目の前に現れる。


「できたー!みておにーたん!」

 手に近いせいか、少しだけ温かい。


「ああ、よくできたな!」

 俺の頭を優しく撫でるアラム。

 感触は、少しだけカナンを思い出す。

 家族だから、なのかもしれない。


「へへへ~」

「ん?これは……」


 よく見ると、火の中に何か白いつぶつぶがプカプカと浮かんでいる。

 不思議と、目を引かれるようだ。


「え!なになに!」

 ダフネが向こうから走ってくる。


「あのね?なんかね?しろいぷかぷかがね?」

「ほんとだ!すごーいハベルぅ!」


 ガッと抱き着いてくる。

 勢いで火は消えてしまった。



━━━そして、魔法の練習も終わって、晩御飯も食べ、今から寝ようというとき。


「それでは坊っちゃま、おやすみなさい」

「おやすみ~」

 あくびをしながら答える俺。


 扉が閉まると、この部屋が静けさに包まれる。

 照らす光は月明かりくらい。


 やることもなく、ベッドに体をうずめ、目をつむる。


 なぜだか、頭がたくさん回って━━━


━━━「お前か!」


 俺に飛びつき、後ろから俺の口をおさえる。

 手袋から微かな血の匂い。

 苦しい。こわい。


「んー!んー!」

 声を出そうとがんばるが、手のせいでうまく出ない。


(おにい……ちゃん……おねえ…ちゃん……)


━━━あの時の記憶が、目に、耳にこびりついて取れない。

 体から汗と涙があふれ出て、気持ち悪い。


 飛び起きて、部屋を出る。


 ガチャッと明けた先には、ベッドで座るカナン。


「おかっあっ……うっ」

「あら、どーしたの?」

「あのっねっ」


 言葉が、口まで降りてこない。


「一緒に、寝る?」

「うん……」


 流れるままに、横に寝る。


 優しく、守るみたいに包んでくれるカナン。


「あの時のこと、思い出しちゃった?」


 リズムよく、背中を叩かれる。

 とても落ち着けて、不安がどんどん消えていく。


「うん……」

「ごめんね?守れなくって」

「ううん……」


 言葉が、頭から消えていく。


「でもね?今、頼ってくれてうれしいわ?ちゃんと、お母さんできてるんだなって」

「うん……」


 目が、だんだん閉じていく。


「お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、とっても頼もしいけど、今みたいに、たまには私にもたよっていいのよ?」

「うん……」


 頭から、自分も消えていって……そして━━━



━━━「ん…んん……」


 気が付くと、いつかに見た真っ白な景色。


 奥には、見たことのないものがたくさんあって、その中に誰かが横になって本を読んでいるようだ。


 だけど、あの人も見たことがあるような気がする。

 誰かは思い出せないけれど。


「おっもしかして、ハベル?」


 パタッと本を閉じて、こっちを向く。

 俺の名前を呼ぶその声は、どこか引き付けられるようで。


「あれ?もしかして泣いた?目、腫れてるよ?」


 あたたかい手が頭に触れる。

 カナンより小さいけど包み込むようで、ぷにぷにした奥に何かがあるような、そんな手。


「なにか、あったのかな?ごめん、まだ守れないけど、いざってなったら心の中で僕に助けてって叫んで。絶対、いくから」


 顔が近い。 つやつやした白い顔と透き通ったあおい目を見てるとなんだかドキドキする。


 そんなことを思っていたら、なんだかだんだん眠くなってきた。


「そろそろ、時間みたいだね」


 体にだんだん力が入らなくなってくる。


「おじさん、だあれ?」


 どんどんと、頭から自分がいなくなっていく。


「僕?僕はね、君にとっての……まあ先生、みたいなもんかな」


 ニヤッとしたその顔の後、俺の糸はプツンと途切れた。

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