【試作③】よつばさん『自殺』は許しません

「ヤ!」


「よつばさん、そんな駄々こねてないで、食べてくれなきゃ洗い物できないじゃないですか?」


「だ、だってこれ、たたた、玉ねぎはいってるぅ!」


「そりゃ入ってますよ、カレーですから」


「にに、ニンジンもはいってるぅ!」


「そりゃ入ってますよ、カレーですから」


「お、お肉も入ってるぅ!」


「そりゃ入ってますよ、カレーですから」


「ヤ!」


「カレーから玉ねぎ、ニンジン、お肉をとったらジャガイモカレーじゃないですか!」


「じゃ、ジャガイモはいーのっ! じゃ、ジャガイモだけでいーのっ♡」


「そんな好き嫌いしてるから成長しないんですよ?」


「あ! い、いま胸見て言った! ちちち、ちっぱいバカにした! ひ、ひんぬー好きは虚言だったのかっ!? ぼ、ボキュをたばかったにゃ!!」


 よつばさんがスックと立ち上がって、フンス、と鼻息を荒くした。


「よつばさん?」


「ぷ、プスに騙された! ちちち、ぬ! ち、んで後悔させてやる!」


「えっ!? よつばさん!?」


 ペタペタ、よつばさんがベランダに走ってゆきます。


「ちょっと待ってください、よつばさん!」


「とと、止めてもムダ! ここ、ここから飛び降りりゅ!!」


 ベランダの柵に足をかけました。小さなおちりがとっても可愛らしい。

 なんて見ている場合じゃありません!


「よつばさんが死んでしまったら、ペットのボクも飢え死にしますよ?」


「⋯⋯っ!?」


 ためらった! 今だ!!


「よつばさん! あっ⋯⋯」


「え⋯⋯」


 咄嗟に握りしめたよつばさんのスウェットのパンツ。

 ペロン、可愛らしいおちりが現れました。


「⋯⋯下着、はいてないんです?」


「ち、ち、ち、ぬるぅ〜〜〜!」


「ここ、二階ですよ? せいぜい骨折くらいじゃないですか?」


「⋯⋯ぬっ!?」


「そこから降りてください。丸見えで僕が恥ずかしいですから、ほら!」


「たたた、玉ねぎ食べなくてもいい?」


「はい、僕が食べますから」


「にに、ニンジンも?」


「はい、僕が食べますから」


「お、お肉は!?」


「もちろん、僕が食べますから。さあ降りてください!」


 ぎゅ、よつばさんを抱きしめます。

 逃がしませんよ。

 独りで逝くだなんて、僕が許しません。

 死ぬときはいっしょです。


 ブワッとよつばさんの目に涙。

 怖いならやめときゃいいのに、ね?


「はいはい、怖かったんですよね?」


「うん⋯⋯」


「もう大丈夫ですよ?」


「うん⋯⋯」


「よつばさん」


「うん⋯⋯?」


「鼻、たれてますよ?」


「バカあああああ!!」


 僕はもう一度柵に足をかけようとしたよつばさんを引きずり下ろして、部屋に戻った。


「ぶぅ! ぺ、ペットのくせににゃまいき!」


「こんなに飼い主に従順なペット、他にはいませんよ?」


「ど、どこが従じゅ──っ!?」


「ぺろん」


「ぴゃっ!?」


「ぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろぺろ、ぺろん!」


「やっ、やめ、やめへえええ!? ふひゃん、ぷ、ぷぷぷ、ぷす!? あんっ♡ にゃあっ♡ んにゃああああああ♡♡♡」


「ぺろ。よつばさん、僕を⋯⋯置いていかないでください」


 ジ、視線が合う、熱い眼差し。

 よつばさんの息があらい。

 僕はよつばさんのペットですから。

 よつばさんの思うがままにされるのです。


「プス?」


「はい⋯⋯」


 顔がちかい。

 よつばさんの体温がつたわる。

 僕の心臓はいまにもこわれそうだ。


「⋯⋯カレー、食べさせて?」


「⋯⋯はぁ。仕方ないですねぇ」


 さっきまでのドキドキを返してください。


 玉ねぎ、ニンジン、お肉を先に食べてしまい、カレーをスプーンに乗せます。


「はい、あ~ん」


「ヤ!」


「どうして食べてくれないんですか? もう、玉ねぎも、ニンジンも、お肉も入っていませんよ?」


「ふ、フーフーしてくれなきゃ、ヤ!」


「あれ、よつばさんて猫舌なんですか?」


「へ、平気」 


「じゃあフーフーする必要ないじゃないですか!?」


「ヤ!」


「んもう、仕方ないですねぇ」


 ふぅ。

 ふぅ。

 ふぅ。


「はい、あ~ん?」


「あ~⋯⋯む! ほむほむほむ⋯⋯」


 なんでしょう、この可愛い生き物は?


「おいち♡」


 どちらがペットかわかりません!?


「あ~⋯⋯」


 隠して残しておいた玉ねぎを、少し混ぜて与えてみましょう。

 ふぅ。

 ふぅ。


「〜む! ⋯⋯」


 ば、バレましたか!?


「おいち♡」


 セーフ!! この調子でニンジンも食べさせてみましょう。


「あ~⋯⋯」


 よつばさん、さっきより近いです?

 ふぅ。

 ふぅ。


「〜む! おいち♡」


 さすがにお肉はバレるでしょうか?

 いや、これも飼い主のためです。

 心を鬼にしましょう。


「あ~⋯⋯」


 よつばさん、僕の膝の上に座るの、辞めてもらってよろしいでしょうか?

 とは言えません。

 飼い主ですから。

 ふぅ。

 ふぅ。


「〜む! ⋯⋯もむもむ⋯⋯む?」


 バレた!?


「う、うみゃい!」


 まさかの食わず嫌い!?


「よつばさん、お肉も食べられるじゃないですか?」


「にゃ、にゃんと!? またしても、こ、このボキュをた、た、た、謀ったにゃ!?」


「食べれたんですから、いいじゃないですか?」


「ち、ち、ち、ぬるぅ〜〜〜!」


 ペタペタ、またベランダへと駆けるよつばさん。

 柵に足をかけて、身を乗り出します。


「ととと、止めるにゃプス! ぼ、ボキュはもう、い、生きてゆけにゃい!」


「はい、どうぞ?」


「ぎにゃ!? ぺ、ぺ、ぺ、ペットのくせににゃまいきにゃ!!」


 ベランダの向こうへ乗り出そうとするよつばさん。


 ぐい。


「ふぎゃ!」


 ペタン。


「逃がしませんよ? 死ぬときはいっしょだって言ったじゃないですか?」


 よつばさんの首輪と、僕の首輪のオープンハートに、赤いリードが繋がっています。


「ぷ、プス?」


「いっしょに⋯⋯死にますか?」


 僕は首輪に繋がったリードを引き、自分の首に巻き付けました。

 グイ、と締め付けます。


「うっ⋯⋯」


 ぶわり、よつばさんの目に涙。


「プスうううううううう!!」


 僕の足に抱きつくよつばさん。

 僕はリードを二人に巻きつけて、よつばさんと抱き合いました。


 よつばさんの体が震えています。

 怖かったのでしょう。

 僕もそう。

 独りで逝くのは怖いものです。


「ひっ、ひぐっ、ぷ、プス! ち、ぬときは、い、いっしょ、だよ!? や、約束!!」


 そう。

 二人なら、きっと怖くありません。


「はい。約束です♡」





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