【試作】苧環よつばのペットな僕

かごのぼっち

【試作】よつばさん『拉致軟禁』はいけません

「き、今日からキミは、ぼ、ボキュのペットだから! いいい、いいね!?」


 僕の耳もとでヒソヒソと小鳥のような可愛い声でささやく。

 吃音が特徴的な彼女の名前は『苧環おだまきよつば』さん。


 僕の家の隣に住んでいるお姉さんだ。


「うん、いいよ?」


 僕は二つ返事で快諾した。


 そもそも僕に選択肢なんてないんだ。なぜなら僕は⋯⋯。


 彼女にさらわれて、されているのだから。


「ほ、ほんと? ににに、逃げたり、しにゃい?」


「しないよ?」


「うへ、うへへ♡ う、嬉しいにゃ♡」


 コロコロと今度は猫なで声でささやく。

 彼女の指が僕の額をそっと撫でる。


「い、痛い?」


「少し⋯⋯」


「そっか、い、いま、消毒してあげるから、ね?」


「うん」


 ペロリ。

 ペロペロと僕の顔をなめる。

 ペロペロ、ペロペロ、すっごくなめる。


「あ、いた、痛くにゃい?」


「うん、平気です」


 ニヘラ〜、と笑って、またペロペロなめはじめた。


「れろれろ、ち、血の味がするね。あ、口もとも、き、切れてる。ちろり」


 むかし飼っていた犬を思い出した。

 このアパートへ引っ越した時、お母さんがどこかへ預けたので、今はいない。


「ん! しょ、消毒完了♪ ちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅぎは、体の消毒だね?」


「えっ? なめるの?」


「んにゃ!? にゃっ、にゃっ、にゃめたりしにゃいからっ!」


 アワアワ、と動揺する彼女。にゃんにゃんどもりながら「にゃんて破廉恥にゃんだ」と、顔を赤らめている。

 『な』と『つ』の発音がおかしいのは、わざとだろうか?


 ジ、と彼女は僕の服を見る。


「よ、汚れてるから、ここ、この服、跡形もにゃく、ギッチョンギッチョンに切り刻んでも、い、いいかにゃ?」


 ちょっと物騒です。


「はい」


 チョキチョキと服を切り刻む彼女。唇の端が少しつり上がっていて怖いです。


「うへ、うへへ⋯⋯」


 ベリベリと体から服が剥がされて、僕は産まれたままの姿になった。

 フンス、鼻息をあらくして、彼女は満足げだ。


「ば、バレにゃいように、すす、捨てなきゃだ。そ、それにしてもキミ⋯⋯くちゃいね?」


 彼女は鼻をつまんで眉根にしわを寄せた。


「ごめんなさい」


 ペコリ、頭を下げた。


「あうっ! あや、謝らないで? ぼぼ、ボキュのペットににゃったからには、じぇっ、絶対じぉったいに後悔はさせにゃいからっ、ねっ!?」


「うん」


 『ぜ』も発音できないみたいだ。


 僕たちは脱衣所へ移動して、彼女も服を脱いだ。


 彼女はとても華奢な体つきをしている。細長い肢体にミルクティーベージュの長い髪が垂れて、そのすき間から申し分程度の胸が見え隠れする。

 その視線に気づいた彼女は「えっち」と言って胸を隠してしまった。正直に言うと、もう少し見ていたかったのに。


 ヒタヒタと浴室に入る彼女。

 「おいで」と僕の手を引いて招き入れる。

 ユニットバスなのでとても狭い。

 なので、彼女との距離がとても近い。

 少し怖かったけど、少しドキドキした。


「ほ、ほら、怖がらないで? ぼぼ、ボキュが、洗ってあげるから、ね?」


「うん」


 シャワーのお湯の温度を確認する彼女。

 サア、と僕の頭の上から流し始めた。


「あ、あちゅ、あちゅくにゃい?」


「うん」


「髪、す、少しにゃがいね? ひ、皮脂で汚れてる。こ、ここはそのうち生えてくるから、だ、大丈夫。にゃ、にゃがい髪は、あとでき、切ってあげるから、ね。先にか、からだを洗おう、ね?」


「うん」


 モコモコに泡立てたシャンプー。

 ワッシワッシ、と頭皮や髪を洗ってくれる。リズミカルに動く指先が、


「きもち⋯⋯いいです」


「そう? よ、よかったぁ♪ ふん♪」


 

 ザッと勢いよくシャワーで泡を洗い流す。

 今度は髪の毛にトリートメントを丁寧に揉み込んでくれる。


「いい香り⋯⋯」


「むふ♪ く、クリアフローラルの香り、だよ。ぼ、ボキュもこの香り、ちゅ、ちゅき♡」


 どうやら『す』の発音も怪しい。


 背後から顔をのぞき込むものだから、僕と彼女の体が密着する。


「ちゅ、ちゅぎは体を洗うけど、いいかにゃ?」


「う、うん」


 ドキドキと、心音が速い。

 恐怖のせいか、緊張のせいか、わからない。


 フワフワの泡を海綿で作り出す彼女。

 その泡で僕の顔を包み込むと、マッサージをするように洗い始めた。


「い、痛かったら、い、言ってね?」


 コシコシ、小鼻の横や耳の後ろ、目のまわり。

 ムニ、ほっぺたを軽くつまんだ。


「⋯⋯いたい、です」


「あっ! ごごご、ごめんね? 口もと切れてたの、わ、忘れてた! にゃ、にゃんだかキミが、か、可愛くって!」


 彼女は優しく頬を撫でると、海綿を使って僕の体を洗い始めた。

 スベスベと滑らかな肌触りで、体の凹凸に密着するように泡を運び込んでくれる。


「ねえ」


「はい」


 顔が近い。


「や、やっぱりキミ、お、おとこのこなんだ、ね?」


「うん」


「くふ、くふふ♪ ぼ、ぼぼぼ、ボキュがキミを、立派なおとこのにしてあげるから、ね♡」


 えっ!?


「おとこのこ、って?」


「ふひ、ふひひ♡ ひ、ひみちゅ、だよ?」


 彼女はそれだけ言うと、サア、と体の泡を洗い流した。


 不安です。


 浴室を出る。

 フワリ、柔らかくて、肌触りも、香りも良いバスタオルが、僕の体を包み込んだ。


「ふわぁ⋯⋯」


「き、気持ちいい?」


「はい」


 フワフワした変な気分。のぼせてしまったのかもしれない。


 だけどそれは、決して心地の悪いものではなく、むしろ良いもので、僕の体の汚れとともに、心の汚れが流れた気がした。


 ファサ、洗濯かごにバスタオルが入る。


 ⋯⋯あれ、欲しいな。


 僕はそのバスタオルを欲しいと思った。

 思ってしまった。だけど、それを言葉にすることはできなかった。


 欲しがることは、いけないことだから。





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