彼は幼馴染で、好きな人だけど、私の知らない人とお似合い……
健人と旅行に行ったのは、私と健人が中学生だった頃である。
私と健人は家が近かったこともあり、子供の頃から家族ぐるみの付き合いが多かった。俗に言う「幼馴染」という間柄だ。
中学三年のある日、健人は突然私の家に押しかけてきて「奈良の親戚の家まで旅行に行こう」と誘った。混乱しているまま、私は興奮する健人に引っ張られ、新幹線に乗って関東から奈良まで連れて行かれた。
……もちろん、仄かに想いを寄せている人と一緒に旅行に行けるのだから、そういうことを期待する気持ちも無いわけでは無かった。多分おそらくきっとメイビーワンチャン、健人が私に何か真なる胸の内を吐露してくれるかもと思っていた。
……後から聞いた話によると、この旅行は、受験勉強で参っている私を元気にさせるため、健人が善意百パーセントで計画したものらしい(私の期待返せ)。その心意気自体は嬉しいのだが、いかんせん突然の誘いすぎて、私の身にはとてつもない不幸が流星群のように降り掛かった。
なんと奈良に到着し、親戚の家で一泊した次の日、私は四十度の高熱を出してしまったのだ! 考えうる限り最悪の旅行だ! こんな状態では折角の旅行もへったくれもあったもんじゃない。私は熱と鼻水と寒気に苦しみつつ、「こんなハズでは……」と布団にくるまりながら呟き、自らの悲惨な運命を呪った……!
「ん……?」
科学研究室から出てしばらく歩き、ふと正面を見やると、なんとそこには西村健人の姿があった。先程から私を悩ましている通り、彼は私の想い人であり、なおかつ古くから親しくしている幼馴染である。健人は廊下の壁に貼られたポスターを眺めていたが、やがて私に気づいて軽く片手を上げた。――たったそれだけの仕草で、私の背筋はピンと伸びた。
「凛子か? 何やってんだここで?」
「私? 私は今から姫野円香さんに会いに行くの」
「姫野円香?――かぐや姫に? どうして?」
私が怪訝そうに「かぐや姫?」と聞き返すと、健人は「円香のあだ名だよ。かぐや姫。結構有名だと思うけどな」と、少しおどけた調子で言った。
「私は聞いたこと無いあだ名だわね。――というか、誰がつけたあだ名なのよ、それは? 随分派手な異名をお持ちなのね、姫野さんは」
私が眉根を寄せて言うと、健人は笑いながら「俺だよ俺。俺がつけた」と言った。そしてまた、壁のポスターを見やった。私もつられて、そちらに目をやる。
「一学期終了日の、体育館の周辺清掃のボランティア募集……? 健人、こんなのに興味あるの?」
毎学期が終了する日には、周囲を林に囲まれた体育館の周辺を清掃する活動が、ボランティアで行われている。生徒なら誰でも参加可能で、主に落ち葉掃きや、雑草の刈り取りをしているらしい。
「違うよ凛子。こっちこっち」
健人が指さした先には、高校生の海外留学に関するポスターが貼られていた。英語とゴキブリを親の敵のように毛嫌いしている私は「な〜んか難しそうね……」と、テキトウに相槌を打つ。……そう言えば健人、最近なぜだか英語を熱心に勉強していたっけ。
「そうそうお前、円香を探してんだっけ。円香ならまだ図書室にいると思うよ。さっきちょっと喋ってきたから。じゃ、俺はこれで」
そう言って健人は、私に手を振りながらさっさと歩き去ってしまった。
……ただ今の健人との会話、私に点数をつけるとしたら何点くらいなのだろう。ちょっと言葉に棘があったかもしれないから、甘く見積もって八十点くらいとしておこう。うん。私、ちゃんと自分をアピールできたのかな。
……無論、健人は姫野が好きなのだから、私がこんな風に思い悩んだって、あんまり意味はないのだけれど。
「さて……」
改めて図書室へ歩を進める。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます