恋愛は電撃戦と共に 〜気になる二人の付き"合わせ"方〜

@punitapunipuni

”隠密機動隊ハニーチョコレート” 見参ッ!

 このセカイの主人公になれなかった全ての者に問う――


 あなたは自分の人生に満足しているか?


 例えば――そう、恋愛。


 あなたの青春は、あなたの生活は、あなたの想い人は、


 天国のような浜辺できらめく割れたガラス瓶の欠片のように、


 美しく、それでいて強く、


 あなたの微かな鼓動、心の動きに応えているのか?



 「いいやいないっ!」

 ダンッという音を立てて机をぶっ叩く。――そして私は魂を吐き出すような声を張り上げる。

 「断じていな! 私は――いや、我々は、断じてそのような順風満帆な学校生活を送っているわけではないっ! むしろ我々はそれとはおよそ対蹠的な位置に立っているっ! 恋に敗れ、青春に蝕まれ、押し寄せてくる現実に飲み込まれて跡形もなくなった成れの果て。それが我々なんだ。

 ならば、我々は諦めるしか無いのか⁉︎ 唯々諾々と、この現実を受け止めるしかないのか⁉︎」

 私は再度机を手のひらで叩いた。その手にじんわりと痛みが滲んでいき、真夏の暑さに溶けるアイスクリームのように消えてなくなった。

 私が立っているのは、学校の特別棟の端っこ、化学研究室の教卓の前だ。私の視界からは、左右の壁の前にならんだ怪しい薬品類や、机の上に整然と並べられたフラスコと試験管が、化学研究室特有のケミカルな雰囲気を醸し出しているのが見える。

 研究室に無機質に並べられた、左右に三人ずつ、合計六人が座ることのできるテーブルの列には、全部でおよそ二十人ほどの人数が各テーブルにバラけて腰掛け、それぞれ下敷きで顔を仰ぎながら、一応耳だけは私に貸している。全ての机をカバーするように置かれた扇風機の微弱な風は、この夏の暑さをかき消すにはあまりに無力で、もはやあってもなくてもさして変わらない。

 「そんなはずはないと、私は断言するっ! 大した取り柄もなくても、目立つ特技もなくても、愛する人が自分を見てくれなくても――自分が、このセカイの主人公になれなかった、ただのモブに過ぎないと理解しても、

 モブならモブなりに、主人公の手伝いができるではないか。より具体的には、このセカイの主人公たちがお付き合いハッピーエンドを迎えられるよう、陰で動いて仕向けることはできるではないか!」


 ――そう。


 それが、私達「隠密機動隊ハニーチョコレート」の活動目的。


 学校でになっている男女の側で、ひっそりと陰口を言い、彼らが交際をスタートできるように恋愛感情をコントロールする。


 「本日の決起集会、集まってくれて本当にありがとう。では早速資料を配布するから、グループラインを見てちょうだい」

 私はそういって演説を締めくくった。すかさずラインを起動し、この日のためにあらかじめ用意しておいた資料をグループラインに投下する。

 「今回の標的ターゲットは、二年A組の西村健人にしむらけんとと、同じく二年A組の姫野円香ひめのまどか。彼ら二人を、我々の手でくっつける。資料に写真を添付しているから確認してちょうだい」

 私が研究室をぐるりと見回す。すると、教卓から一番近い机に一人ぽつんとすわっている、長髪の女子と目があった。彼女は私のことを心底小馬鹿にしたような口調で「飽きないねえ。またやるの、その変なごっこ遊び」と言った。

 「うるさい。黙ってなさい神崎かみさきすみれ。だいたいあなた、我々の部隊ハニーチョコレートのメンバーですらないじゃない。勝手なこと言う資格無いわ」

 私が神崎すみれと呼んだ少女は、呆れたように首を振った。

 「それはこっちの台詞セリフだよ鹿子木凛子かこきりんこ。私がここにいるのは、ここが科学研究部の部室で、私が科学研究部の部員だからだよ。栄光ある科学研究部の部室を不法に占拠し、あまつさえそれをいかがわしい団体の活動に使っている君たちのほうが、よっぽど黙るべきじゃないかなあ」

 「……」

 神崎すみれの正当な抗議を無視しつつ(神崎すみれは不満そうに頬を膨らませた)、私はハニーチョコレートの面々に向き直った。


 しかし――


 「……あれ?」


 何と言うか……

 空気が悪いっていうか……


 「姉御クイーン

 おさげという、今どき珍しい髪型をしている隊員ハニーチョコレートが鋭い声を発した。

 「な、何……?」

 私が恐る恐る聞くと「この資料、ふざけてますよね? なんなんですかこれ⁉︎」と、スマホを指さしながら言う。

 「どこが……?」

 「姫野円香の情報は申し分ないです。彼女のクラスメイトの証言から、彼女の想い人が西村健人であるという証言もとれています。ですが、西村健人の情報には難アリですよ。彼のやや高い身長、ほっそりと鼻筋が通った顔立ち、最近彼は英語を熱心に勉強しており、成績が上がっていることなどは、頭に入れておいたほうがいいと思いますが……」

 そしておさげは切れ長の目を吊り上げた。

 「彼のの裏にハート型のほくろがあることとか、実は鹿子木凛子姉御と二人で奈良県に旅行に行ったことがあるとか……。こんな情報、どこで手に入れたんです?」

 「――ッッ⁉︎」

 私が痛いところを突かれて絶句していると、おさげはさらに続けた。

 「極めつけは資料の最後の一文ですよ。『西村健人の想い人が姫野円香であることは、彼の部活の友達を通じて聞き出し済み。また、彼と姫野円香がたびたび校舎裏で一緒に昼ご飯を食べているところが目撃されており、二人の仲は相当縮まっていることが予想される。それにも関わらず、西村健人が姫野円香に告白しないのは――』」


 おさげはそこで、私に聞かせるように盛大に溜息をついた。


 「『――西村健人は、本当は姫野円香のことが好きではないからである』

 ……なんなんですか、これ。矛盾しまくってるじゃないですか」

 私が青い顔をして黙っていると、先程私に楯突いた神崎すみれが、おさげの手から携帯をひったくって物珍しそうに眺めた。

 「西村健人? 私この人知ってるよ。確か鹿子木凛子の幼馴染でしょ? それでいて、彼女の初恋の相手。……ああそっか!」

 神崎すみれは、何かを納得したような顔をした。

 「鹿子木凛子は、恋してる相手が姫野円香にとられちゃうのが嫌だから、『西村健人は姫野円香なんて好きじゃない』っていうデタラメを書いてるんだ!」

 「――ッッッ⁉︎ バレてるッ⁉︎」

 口が滑った、と気付いた時にはもう手遅れだった。隊員ハニーチョコレートの同志達が、まるでケダモノを見るような険悪な目つきで私を見つめている。

 神崎すみれが「こりゃあもう一回、姫野円香のことを調べ直さないとだね」と言い、それを皮切りに、隊員ハニーチョコレートの怒りは爆発した。

 「ふざけるな!」

 「姉御クイーンなんだからしゃんとしろしゃんと!」

 「姫野円香の情報が足りてないぞ! せめて二人の馴れ初めくらいははっきりさせろ!」

 私は大慌てで「う、うるさいっ! 今日の集会は終わりっ!」と、溢れ出る非難を跳ね除け、スタスタと教室の出口まで歩いていった。「西村健人と二人だけで旅行行ったのって本当なの〜〜っ?」と、背後から神崎すみれが叫ぶ声が聞こえた。

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