第3話 悪臭の魚、見抜かれた真価

 川岸に着くと、視界に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

 魚が山のように積まれている。だがそれはゴミの山に等しく、腐敗した臭いが鼻を突き抜ける。空気が淀み、小さな虫が群れていた。


「くっさ。クズ魚だ……」

「クズの匂いが町にまで……いい迷惑だ」

「捨てる場所がねえんだよ、クズだから」


 顔を歪めて歩き去る人たち。


 ――なるほど。これはきつい。見ただけで吐きそうになる。衛生観念が崩壊しているのか。まったく、不法投棄って、どこの世界にもあるのね。


 静香は顔をしかめつつも、本能的に、利用の芽を探していた。


「クズ魚と呼ばれているけど、見た目はアジやサバと瓜二つ。でも、この臭い方は異常ね。腹部が不自然に膨れ上がってる。内臓がそのまま放置されていて、鱗もついたまま……」


 ぶつぶつと呟きながら、観察を進める。


 なぜこんな簡単な処理すらしない? これでは、どんな魚でもすぐに腐敗する。この世界の人間は、魚の扱い方が未熟すぎる……。


 飢えと疲労で思考は鈍っているが、脳は冷静に分析していた。

 食糧不足で悩んでいるはずなのに、なぜゴミとして捨てられているのか。

 合理性が見えないからこそ、そこに何かがある。


 そのとき、脳裏に、女神の言葉が閃光のように駆け巡った。


『サバを捌く』


 ……まさか。

 いやいや、まさかね。

 あの女神が寄越した『クソスキル』が、こんな都合がいいはずない。

 ない、絶対に。あんなクソ女神が、そんな恩恵を授けるはずがない。


 ……いや。

 逆にまさかなのか?

 逆にあるのか?

 逆に「女神様ありがとう」なのか。

 なぜなら、私は持ってる女だから。


 静香の顔に、歪んだ笑みが浮かんだ。


「ふふ。なんたる機会損失! なんたる好機!」


 飢えと疲労を忘れ、一番状態の良いクズ魚を手に取った。腐敗臭が鼻腔を刺すが、顔色ひとつ変えない。むしろその悪臭すら、攻略の手がかりに思えた。


 半信半疑のまま、腹の線に指先をそっと滑らせる。


『サバを捌く』


 その言葉を心の中でつぶやいた。


 そのとき。

 指先から、白銀の光がにじみ出した。空気が震え、巻き起こる風が腐臭を払う。途端に魚の悪臭はスッと消え、代わりに芳醇な香りが立ち上がった。


 さらにクズ魚は、鱗が剥がれ、内臓と血が消え去り、白銀に輝く美しい切り身へと変わった。現代日本で見た、“売り物”以上の姿。


「まさか、これが私の力……。あの臭い魚が、こんな香りを」


 思考が高速で回転する。

 高級料亭で嗅いだ出汁や白身の香り。価値あるモノの、香り。


 飢えに苦しむこの世界にとって、まさに絶対的な価値を持つ。この力があれば、飢餓をしのぐなど容易い。それどころか……。


「くくく……これはこれは」


 静香の口元が吊り上がる。


 価値の計算は迅速だ。腐ったクズ魚が高級食材になるなら、これは流通を掌握するチャンスになる。飢えている連中に食べ物を提供すれば感謝される。ありがたがって金を出す者が出る。噂が広がれば需要が跳ね上がる。加工、保存、販売……。すべて仕組めば、経済圏を作れる。


 女神が何を考えてこのスキルを渡したかはどうでもいい。拾い物には違いない。世界を手のひらで転がすための根拠が、一つ増えた。


「クズ魚よ。これからは『サバ』と呼んでやろう。この世界の常識をひっくり返し、私こそが世界の支配者であることを、愚かな民どもに、骨の髄まで思い知らせてやるわ!」


 静香は町を見据える。その瞳にあるのは慈悲ではない。野望と支配欲の光だけだった。

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