2.ニホンホロビル

「それでは改めて自己紹介しますね」

「え? あっ、うん」

「未来から日本が滅びるのを食い止めるために来た人工知能、ニホンホロビルです。ニホとお呼びくださいませ。よろしくお願いします」


 姿勢を正し、お辞儀をしてきた。ポーズも口調も申し分のないものなのに、名前と服装が滅びるのを食い止めるどころか引き起こしに来た悪役のように思えてしまうのはなぜだろう。


「あーっと、うん、よろしく、お願いします。あの、本当にその名前にするの? 冗談だよね? 本当の名前は何?」

「私、皮肉を言うことはあっても冗談を言うことはないのですが? なんてね。差し支えなければ、この名前にしようと思います。だって、気に入っちゃいましたからね」


 気に入る要素がどこにあったのか。引き留めることのできないような微笑ほほえみを浮かべ、また鏡の前で何かやっている。もしや闇巫女ロリータ制服もお気に入りになったのか。


「そういえば、なんとお呼びしましょう?」

「へ?」

「あなたをどう呼ぶか、です。お名前、うかがっていません」


 こちらを振り向いて、指を向けてきていた。人差し指ではあるが、両手だ、両手拳銃だ。バーンっと撃ってくるモーション付きだ。


「うーん、何か候補はある?」

「ご主人様? マスター? オーナー? ご希望があれば、露出狂や眼鏡といった特徴を押さえた候補も出せますが」

「いや、全く特徴を押さえられてないから、それ。というか、ご主人様とかってなんで?」

「私の新たな持ち主さんだからですね」

「……端末を渡されただけで、ニホンさんだってそんなつもりあったのかどうか」

「ありましたよ。この端末、私があなたの手に渡った時、日本のことをあなたはたくされたんです」


 ニホンタスケテさんの言葉を思い出す。「日本のみんなを助けて」「あとはお願い」そんな言葉を伝えられた記憶がある。


「そんなこと託されたって……第一、日本が滅びちゃうとか、さすがにないでしょ」

「滅びちゃったから私は今ここにいます」


 陽光のように輝く瞳がじっと見つめてくる。まなざしには悲痛さや迷いなどはなく、意志の強さが宿っているように思えた。


「戦争でも起きたとか?」

「いいえ、日本が戦争をすることはありませんでした」

「なら、災害か、大地震で日本列島が沈没しちゃったとか?」

「大地震もありましたが、局所的な地盤沈下といえるものであり、沈没と表現するものではありませんでした」

「巨大な隕石が落ちて来たとか? パンデミックとか?」

「違います」

「もしかして異星人が襲来した?」


 ニホンホロビル、ニホは首を横に振った。他にどんな理由で滅びるというのだろう。


「なら、どうして」

「様々な要因がからまった結果、日本はエービーシー統治連合によって分割統治されることとなったんです。その時点で日本は完全に滅びました」


 エービーシー統治連合。そんなものは知らない。ただ、エー国、ビー国、シー国と呼ばれる三大大国があるのは確かだ。

 もしもその三国が手を組んで攻めてきたとしたら、日本はいともたやすく滅びるだろう。その内の一つの国のみが攻めてきたところで苦しくなるのは間違いがないのだから。


「エービーシーが連合を組んだなら、戦争をするまでもなく負けってことか。でも、エー国とは同盟みたいな友好関係がずっと続いてるし、そんなエービーシーで組んで攻めてくるなんてことはありえないんじゃ?」

「えぇ、どちらかといえば順序が逆と言えるでしょう」

「順序が逆? 逆ってどういうこと?」

「滅びるまでに何が起こったのか、順を追ってお伝えしますね」


 これをニホンタスケテさんも聴いたのだろうか。本当に聴いてしまっていいのだろうか。迷いは全くないわけではなかったけれど、続きが聴きたいという好奇心の方が勝った。


「VR機器はございますか?」

「えっと、ヘッドセット……ゴーグルでいいのかな?」


 ニホがうなずいたので、すぐさま持ってきた。ネットでできた友達に誘われ、手を出しづらい金額だったが思い切って購入したものだ。


「接続とかは?」

「必要ありません。既に無線で接続しました。端末の充電だけお願いできますか?」


 最初は何か接続や設定をする必要があったように思ったが、ニホに全て任せて問題ない様子だった。言われたとおりに端末の充電ケーブルだけ充電器へとつなげ、身振り手振りで促されるままにゴーグルを付けた。


「じゃっじゃーん! にっほー!!」


 なんとなく予感はあった。バーチャル空間が目の前に広がった途端、何もないところから闇巫女ロリータ制服のニホが飛び出て来た。しかも、やっほー、のノリで何か言ってる。

 端末の中で動く姿からは分からなかったが、背丈は同じくらい――いや、やけに厚底のつま先が丸くて黒い靴を履いている。そこは下駄や草履じゃないのか。


 と、ニホが顔を近づけ、鼻先に人差し指を向けてきた。


「お話に入る前にご確認しなければならないことがあります」

「ん?」

「お名前、聞いてません。何度訊けば答えてくれるんです? どう呼ばれたいんです?」

「あーーー、適当でいいよ。適当で」


 ニホは不服そうにふくれっつらをした。けれど「分かりました」と告げると、数歩だけあとずさりした。


「テキトーさん、にっほー!」


 今度はポーズ付きだった。やっほー、と叫ぶ時に添える両手を二つともピースサインにしている。って、ダブルピースをほおのところでやってるだけじゃん。


「というか、テキトーさんって?」

「テキトーさん、にっほー!」

「まっ、いいか」


 呼びたいように呼んでくれていいと思ったものの、その後も「テキトーさん、にっほー!」と口調を変えて何度も繰り返された。全然良くなかった。このループイベントはどうすれば抜けられるの? と思い始めたところで、段々と「にっほー」の声が力強くなってると気付けた。


「にっほー!」

「テキトーさん、にっほっほー! にっほー!」


 試しに、にっほー返しをしてみたところ。ダブルピースを強調するように繰り返してきた。よく見るとダブルピースにする前、「にっ」のところで猫の手ポーズを頬の横に作ってから、「ほー」でピースサインへと変えている。


「ニホさん、にっほー!」

「……おぉっ! テキトーさん、にっほー!!」


 ダブルピースのポーズ付きで、ついでに名前も呼んでやってみせた。すると、なぜか拍手をされた。しかも、にっほーの後に満面の笑みまで返ってきた。正解できたのかもしれない。ちょっと嬉しい。


「で、話の方は?」

「えーっと、なんのお話をしてましたっけ?」

「日本滅びるについて、順を追って話してくれる、と思ってたんだけど」

「あぁ、私について、お話しするんでしたっけね」

「違うよ。そっちのニホンホロビルじゃないよ」

「テキトーさん、お名前の割にはテキトーじゃないんですね」


 あえて何も反応しなかった。そろそろ本題に入って欲しくなったのだ。


「日本が滅びるまでに何があったのか。最初は経済危機でした。世界恐慌せかいきょうこうって呼ばれるものです」

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