百鬼夜行

風見星治

事情聴取 警視庁麹町署 ■■巡査部長

 えぇ、その人ですか。よく覚えていますよ。ですが――警視庁の、生活安全部生活経済課はまだいいとして、特殊案件相談係所属?なんてありましたっけ?疑う訳じゃないですよ?え?ある?し、失礼しました。


 ――はぁ、窓際で、人材の墓場。ハハ、何かあの有名なドラマみたいですね。で、幽霊とか妖怪とか、そう言った訳の分からない相談をしている?そんな部署なんですか?はぁ、まぁ――ここ数年、変なヤツ増えましたしね。ご愁傷様です。


 ですよねぇ、無視は出来ないし、真面に取り合うには余りにも非常識なのに取り合わないとやれ怠慢だ、税金が、なんて批判されますもんね。同情しますよ。いや、僕等も他人事じゃないんですが。あ、そう言った相談が市民から寄せられたらアナタに連絡しても良いんですよね?


 おっと失礼。昨日の明け方に来た身元不詳の男性についての話が聞きたいんですよね?でも、どうして特殊案件相談係が?まぁ、良いですけど。うーん、そうですねぇ――確かに異常な感じがしましたよ。


 だって、先ずものすごいやつれてたんですよね、ソイツ。まるで何日も食べてない、どこかで遭難したんじゃないかって位には疲弊してるように見えましたね。頬もこけていましたし、目には酷いクマも浮かんでいて。服も、多分何日も変えてないような、ちょっとすえた臭いが漂ってましたね。ただ、ホームレスではないとは感じましたよ。髪もボサボサで、何日も洗ってないって感じではあったんですけど。


 あぁ、年齢も根拠ですかね。多分、30前後くらいじゃないかな。幾ら何でもそんな若い子がホームレスなんてやらないでしょうし。それ以外は、特にありませんね。顔立ちも取り立てて抜きんでているとかではない、ごく普通の兄ちゃんでしたよ。


 で、どんな話をしていたか、でしたっけ?あぁと、実は咄嗟に録音取ったんですよ。え、勿論良いですよ。掠れる様な声だし、力なくて小さいし、今にも倒れそうだし、だから後で話が食い違わない様にって。


 ※※※


警官:どうかされましたか?


不明男:……た、たすけて、くだ、さい……


警官:落ち着いてください。お名前を伺えますか?


不明男:ヤ……シ、ロ……です


警官:ヤシロさん、ですね。ところで何があったのか、もう少し詳しく教えてもらえますか?


不明男:ユウシキ、シャ……カイ、ダンが……いなくなっ……仲間も、みんな、消えて……


警官:ユウシキシャ?カイダン? その方もいなくなったんですか?どのような方です?


(沈黙)


不明男:あ……あ、あぁあああ!!見てる……あそこに、まだ、いる……逃げないと……


警官:え?何がです?誰がいる……って、ちょっと!?

 

 ※※※


 まぁ、こんな感じです。音量、最大ですよ?聞き取り辛いでしょう?でも、見た目とか雰囲気はそりゃあ酷いもんでしたからね。彼?その後は、その――最後で何か「いる」とか「見てる」とか訳の分からない事言い出して、それでいきなり逃げ出してしまって。私も余りに突然だったんで、固まってしまって。


 何かいたか、ですか?いやぁ、どうだったかな。そりゃあ何人かは詰めてましたけど、あんなに驚かせるようなヤツは、ねぇ。まぁ、一応周囲は見回しましたけど。他に何か、ですか?あぁと、そうだ!!あった、ありましたよ。ちょっと待って下さい――


(ガサガサと紙が擦れる音)


 あれ?無い。何で?おーい、誰かコレに触ったか?そう――無いんだよ、SSDが。あぁ、スイマセン。唯一、彼が持っていた物がこの紙袋だったんですよ。で、中にはSSDが一つ入ってた筈なんです。でも、おかしいな。誰かが持っていったのか。あぁ、クソ始末書だよコレ。っと、申し訳ありません。なら、他に話せる事と言えば、彼のその後でしょうか。


 えぇ、見つけましたよ。一時間ほど、でしょうか。マンションの敷地内に不審者がいると通報が入りまして。で、駆け付けたら彼が駐車場の隅で震えていました。え?何か言っていたか?いや、駄目でしたね。警察署よりも更に支離滅裂で、やっぱり「いる」とか「見てる」とか叫ぶんですけど――周囲には誰もいないし、もう何が何だか。


 取りあえず、かなり錯乱の度合いが酷いので精神病院に入院させることにしまして。救急車を呼んで、その間に簡易検査しました。流石にココまで来るとクスリの可能性も考えられたので。ただ、ソッチは陰性でした。となると、素面であんなに錯乱してるって事になるんで、なら余計に何かあったのか気になるんですけど、相変わらず真面に受け答え出来なくて。


 その後、ですか?彼から碌に話が聞けませんでしたので、仕方なしに私が病院に付き添いました。で、「極度の疲労状態と幻視的な症状あり」と診断されました。で、その段階で漸く身元を、って言う話になったんですが、所持品に身分証明証等はありませんでしたね。


 えぇ、そうです。スマホも、財布すらありませんでした。歩いて来たんですかね?だとして、何処から来たんでしょう?あんなフラフラで、栄養失調か睡眠不足みたいな症状ですから――そう遠くではないと思うんですが、でも今時の若い連中がスマホを持ってないなんて有り得ますかね?まぁ、落とした可能性も無い訳じゃないので、一先ずは精神状態が改善してから身元照合を行う、という方向になって、一旦引き上げました。


 ってのが昨日までの流れなんですけど、実はつい先ほど滋賀県警から連絡入りまして。何でも今月頭に滋賀県内で行方不明になったとかで捜索願が出されていた男と服装が極めて類似していると連絡が入りまして。ただ、そもそも向こうも行方不明者の身元が分かっていないみたいで。えぇ、変でしょう?何でも通報があったそうですよ――ともかく意識が戻るのを待ってる最中で、戻り次第向こうと一緒に身元を改めて確認するって話になりました。


 ただ、正直なところ「そりゃないでしょ?」ってみんな思ってますよ。だってそうでしょ?滋賀から東京ですよ?話聞いてから距離調べてみたんですよ。300ですよ?直線距離で300キロ以上。実際は350とか400とかあるでしょう。


 滋賀県警によれば行方不明になったのは今月の頭だと言っていました。ウチに来たのが7日の4時。身元を証明するものは何一つ持っていない。スマホも、財布もですよ。そんな状態でどうやって東京まで来たんです?あぁ、おっしゃりたい事は分かりますよ?確かに車があれば問題なく移動可能ですよ。でも、1日もあれば十分でしょう?と、すれば残りの時間は何処で何をしていたんでしょう?大体、本当に車で来たんですかね?彼のものと思しき車は署の駐車場にはありませんでしたし。


 可能性があるとすれば、彼がいった「ユウシキシャカイダン」だけだと思うのですが、でも一体何なんでしょう?個人、ですかね?ただ、何にしても彼の持ち物にそんな人物が関与した痕跡も証拠もなかったので、現時点では朦朧とした意識が何かと勘違いした、と評価せざるをえませんね。


 まぁ、今のところ話せることはこれで全部でしょうか。確かにアナタの部署向きの話かもしれませんね。精神錯乱の可能性のある人物が突然、深夜に警察署に来訪し、得体の知れない団体名、または個人に言及して、かと思えば何が保存されていたのか分からないSSDを置いて逃げ出した。で、今日になってそのSSDが不自然に消失するなんて、不可解な点が余りにも多いですからね。では、とりあえず後は――


 あぁ、と。そう言えば、お名前は何でしたっけ?そう、玖条さん。アナタの部署って確か幽霊とか妖怪とか、そういった訳の分からない類の相談を受けてるんでしたよね。あの、彼の件と関係あるか分からないんですけど、実は通報を受けて直ぐ近くの南通りに面したマンションで彼を発見した直後――あの、言い辛いんですけど、彼の背後、駐車場の向こうの暗がりの中に白い影の様な何かを見た気がするんです。ユラユラと動く、白い、人の姿をした影が浮かんで、ゆっくりと近づいてくるのを見た気がするんです。嘘じゃないですよ?あれって幽霊ですかね?違いますよね?

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