マスターのぎりぎり相談室

真久部 脩

第1話:Still Crazy After All These Years


朝の喫茶店「フィーリン・グルービー」。

ひよりがマスターに声をかける。


【ひより】「マスター、アフロ、また元気になってきましたね。そろそろカットします?」


【マスター】「……」(黙ってモカを淹れている)


【ひより】「まったく、無口がカッコいいと思ってるんだから!それだから常連さんが増えないんですよ!」


そんなやりとりの中、数少ない常連の中年男性が入ってくる。


【中年男性】「おはようございます、マスター」


【マスター】「……」(黙って深煎りモカを淹れ始める)


ひよりは、常連さんがいつもより物憂げな様子なことに気づいて声をかけた。


【ひより】「お客さん、いつも通りの深煎りモカですね。今日は何かありましたか?」


【中年男性】「いや、特にないよ。ただ、昔のことを思い出してね」


【マスター】「また過去の栄光に浸っているんだろ?『あの頃は輝いていたのに、今はもう…』とか、どうせそんなところだろう」(コーヒーを淹れながら)


【中年男性】「ああ、たしかに。だから今日はもっと苦くてもいい。今の私には、それくらいがちょうどいいんだ」


マスターは黙って深煎りモカを出す。


【ひより】「お客さん、このコーヒー、結構強い苦みがありますよね?」


【中年男性】「ああ、そうだね。私の人生なんて、もうこんな苦味しか残ってないんだよ」


その言葉を受けるかのように、マスターが静かに語り出す。


【マスター】「お客さん。深煎りの豆は確かに強い苦みがあります。しかし、その苦みは、豆が持つ本来の甘みを引き立てるためのものです。まるで人生の苦労が、その後の喜びを際立たせるように。過去の輝きを追い求めるばかりでは、目の前にある新しい甘み、つまり今日のあなた自身の良さを見落としてしまいますよ」


男性はハッと目を見開く。


【中年男性】「…そうか。私はずっと、コーヒーの苦みだけを見ていたのか」


男性がマスターのいれたコーヒーを口に運ぶ。


【ひより】「どうですか?苦味の中の甘み、感じられましたか?」


【中年男性】「確かに、いつもは苦いだけのモカの奥に、仄かな甘みを感じます。今日はなにか楽しいことを見つけられそうな気がします。ありがとう」


コーヒーを飲み干すと中年男性は店を出ていった。


【マスター】「ちょっと砂糖入れてみたんだが、バレなかったようだな」


【ひより】「え?マスター、何か言いました?」


【マスター】「いや、なんでもない」


アフロを撫でながらマスターは静かに微笑んだ。


(第1話 終)

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