第30話

正直、鈿音はキャプテンや楢紅が言っていた老婆の格好を覚えていなかった。

(覚えるつもりがなかった。)


しかし、今は老婆につけられていたぷるウォのアイコンを確認したくてたまらなかった。


「ちょっといいかしら?その…何でぷるウォを2つ持っているの?」


「はは!初めまして。活の良いおばさんじゃのお。」


鈿音は老婆におばさんと言われたことにショックを少なからず受けたものの、自分のことよりもさらに目の前の老婆のことを気にかける。


「斧さんに向かって尋ねればいいのでは」

オッチョチョがまともなことを言った。


鈿音は老婆にきちんと手を差し向けながら斧に質問する。


「このおばあさまは?」


「ああ。この'おねえさま'は俺の仲間だということだけ教えておくよ。言っておくがな、お前はまだ俺たちの仲間として認められていない。全てはお前の切り札次第だ。」


「あのー私はあなた達に保護してもらった場合に

そのぅ、た…立ち位置?立場?ていうのはどうなるんですか?」


「うん。'庇護され中'って立場かな。貢献度に応じて仲間になってもらおうと思うよ。」


「あんた、本気でこいつらと一緒にいるの?絶対にブラックなことを任されるわ。特にこいつ人使い荒そうよ。」


「私は、おっちょこちょいだから、役割とか期待とかそういう認められて初めて得られるものと無縁だったんです。これはチャンスです。私の、チャンス。」


斧は基本的な表情は仏頂面だけで、それが良い感じにポーカーフェイスとして交渉に利用できていた。

今、オッチョチョの話を聞いて、その仏頂面は少し緩んだようだ。


「まあ、お前はほら、得意の交渉術があるんだろ。交渉術が。」


バカにしたニュアンスは含まれていなかったが、鈿音は明らかに斧から挑発されたのだと感じた。ちなみにこの勘は正しい。


「で?わしに何の用なのかな?あいにく忙しいんじゃ。これからそこの若造とババ活をする約束になってるんじゃ。モテる女はつらいぞい。」


鈿音はもしやと思って、老婆の口の辺りを理科の実験のように仰ぎ嗅いだ。


「ウッ。あんた出来上がっているんじゃない。

話にならないわ。」


「なんじゃ。アルコールは聖なる物質じゃぞ。ワシにはアルコールの加護がついとるんじゃ。」

ババアはニカッと笑って見せた。年相応に茶ばんだ歯をしていたが、健康的な型の歯だった。


「もう!そのぷるウォ見せなさい!」


鈿音はババアの腕に手を伸ばした。驚くことに、手を伸ばした先にはババアの腕だけでなくババア自体がいなかった。


鈿音は予想外に空を掴んだので、顔を上げて辺りを見渡した。店の最奥の席のちょっと横にいたはずのババアは、数メートル離れているであろう裏口の前に戻っていた。


鈿音は席についた。

「いいわ。交渉といきましょ。」


斧が手招きしてババアを呼んだ。その後に、斧も鈿音の隣に座ってきた。


「ヒントちょうだい。」


「ヒント?あー、出来ることは出来ないと、

出来ないことは出来ると伝えることだな。」


ババアが席につく。

「うんじゃビールを奢ってくれたら、言うことを1つ聞くよ。」


鈿音は顔をしかめて斧の方を見た。

斧は席を立って2階に戻っていった。


「はぁ〜。オカミさん。生ビールを2つ。」


「おっ。できる女じゃな。」


「何言ってんのよ。1つは私のよ。」


オカミがジョッキ2つをテーブルの上に置く。


「腕につけているぷるウォを私に貸してくれない?」

鈿音はババアがビールをひと口飲むのを見ながら言った。自分もつられて飲んだ。状況か状況であるので、鈿音はいくら飲んでも酔わない自信があった。


「ほいよ。」

ババアが腕につけたぷるウォを2つとも外して、テーブルの上に並べた。


間違いない。鞠雄に見せてもらったアイコンと全く同じだ。このババアこそ、他の皆の探し人なのだ。


「どっちがあなたの?」


「気になるのかの?このワイングラスの方がわしのじゃ。」


ババアはシワのある手とは対照的な艶のある爪でぷるウォの画面をコツコツと叩く。


「カツ丼君もビール飲む?」

鈿音は2階に続く階段の前で見張りのように振る舞うカツ丼男を手招きする。


「あんたさっき俺の名前を訊いてただろ。」


そう言いつつカツ丼男もビールへの欲望には敵わなかったようだ。ババアの隣に腰掛けた。


「………。」

鈿音もババアも沈黙していた。


「俺は奢りじゃないのかよ!」

カツ丼男は立とうとしたが、オカミはジョッキに入ったビールを持って席の方に歩いてきていたのだった。


鈿音がタイミングよくオカミに足を引っ掛けた。

ババアとカツ丼男に向かって黄色いアーチが飛んできた。


ババアは自分のジョッキを動かして飛んできたビールを受け止めた。

カツ丼男の着ていた上着はビールで大きなシミを作ってしまった。

すかさず鈿音が上着を脱がして、店のカウンターに置いてあったふきんでカツ丼男の上着を拭いた。


「……下手な考えだな。お前が探していたのはこれだろ。」

カツ丼男がシャツの胸ポケットからピッキング道具を取り出した。


「油断できない奴だよ。何をしでかすか分かったもんじゃない。」

カツ丼男は今度こそ立ち上がり、鈿音から上着をひったくろうとした。


突如、定食屋の入り口のガラス戸が、隣の空き地で野球をしている少年たちが、うっかり窓にボールを飛ばしてきた時のような穴が開いていた。


と思えば、次の瞬間にはカツ丼男の頭に飛んできたぷるウォがクリーンヒットして、カツ丼男は気絶して地面に倒れた。


鈿音の腕にぷるウォが巻き付く。

そのまま鈿音は『終了』を押した。

「よし!さすがね。」


鈿音は倒れたカツ丼男からピッキング道具を奪った。ババアは相変わらずビールを楽しんでいた。


鈿音はぷるウォがきちんと素良の手に戻ったことを確認して、ババアから借りた鞠雄のぷるウォにピッキング道具を差し込んだ。


カツ丼男のシャツの胸ポケットにピッキング道具を入れ直して、鈿音はババアに質問した。


「何でこのぷるウォを盗ってきたの?」


ババアはビールを飲み干して、背もたれに体を預けた。

「わしはな、この男がきちんと"歩けて"いるかを見たかったんじゃ。」


「歩く?」


「生きる道はな、自分のために右足を出して、他人のために左足を出す。そうやって歩くものなんじゃ。この男は歩くのが下手くそじゃぞ。足の出し方が偏っておるわ。そして、お前さんもな。」


「ふーん。」


一方その頃、素良のぷるウォには鞠雄の能力が表示されていた。素良は、他の3人と合流してカボチャ味のアイスクリームを無言でかき込んでいた。

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