ジュネしたい君とごっこ
朝倉デイル
第1話 ごっこ以前(1)
これはともに高校一年生であるぼく、掛居倫(かけいりん)と中島純衛(なかしまじゅんえい)が出会い、一切恋愛関係に進展することなく、ただひたすらにごっこ遊びを繰り返した日々の記録です。
ごっこ遊びの詳細を話す前に、少しだけ彼、中島純衛との出会いについて書かせてください。
”あのイーハトーヴォのすきとおった風、夏でも底に冷たさをもつ青いそら、うつくしい森で飾られたモリーオ市、郊外のぎらぎらひかる草の波。”
宮沢賢治の『ポラーノの広場』を音読する声が聴こえました。
確実に聴いたことのある声だと思いましたが、その声の主が誰かまではわかりませんでした
マッチングアプリ《第一声》は、見た目よりも声を重要視する人向けに開発されました。男女の出会い向けアプリ《第一声》のリリース後、男性同士の出会い向けアプリ《第一声G》と女性同士の出会い向け《第一声L》の計三種類のアプリがリリースされています。
共通する仕様として
・プロフィール写真は最低一枚で良い。(最大三枚まで登録が可能)
・自身の音声ファイルを最低一つは登録する必要がある。(最大三つまで登録が可能)
・音声ファイルの一つ目として、必ずテンプレートとして登録しなければならない文章がある。その内容は宮沢賢治の『ポラーノの広場』の一節です。
Macのフォントサイズの選択時に表示される『ポラーノの広場』の一節。
たった今ぼくはその音声ファイルの再生を行った所でした。
その音声ファイルはアカウント名「カゼトキ」と名乗る人物のモノでした。
写真は一枚だけ登録されており、十代の少年と思われる人物の上半身の後ろ姿が逆光で撮影されたものでした。
「掛居倫くん?」
突然、カゼトキからアプリ経由でメッセージが届きました。
《第一声G》は十八歳以上が登録条件であるため、ぼくは年齢違反していることは承知で登録していました。僕の名前を知っているということはカゼトキもおそらく十八歳未満でぼくと同じように年齢違反し登録をしているのでしょう。
カゼトキのプロフィールは写真一枚と音声ファイル一件、そしてたった一言の自己紹介が書かれていました。
「JUNEみたいな恋がしたいです」と。
「掛居倫くんですか?」
再度、カゼトキからのダイレクトメッセージが届きました。
(まずいな、アウティングとか困るし)
ぼくは自分が同性愛者であることを家族を含め誰にも話しておらず、返答次第では困った事になると思い、返信をためらいました。
このままカゼトキのアカウントをブロックしてしまおうか、とも思いましたが、同性愛者の友人がほしいという気持ちもあったので、しばらく彼の写真を見ながらぼーっとしていました。
(JUNEって何だろう)
そう思ったぼくは
JUNEとは1978年から1995年まで発行されていた雑誌の名前で、読み方はジューンではなくジュネと読むそうです。
女性向けの雑誌で、男性同士の同性愛がテーマになっていること、現代のボーイズラブとは趣が異なり、悲恋やバッドエンドの内容も多かった事がわかりました。
WikipediaでJUNEに掲載された作家名を調べていると、竹宮惠子という漫画家の項目を見つけました。彼女の著作に『風と木の詩』という名前の作品がありました。
(カゼトキという名前はここから拝借したのか)
ネットの検索結果から、カゼトキと名乗る人物は、ぼくのことを知っており、破滅的恋愛に憧れているという事がわかりました。
(わざわざ悲恋に憧れるなんてどうかしている。ほんと、どうかしてる)
彼の価値観を理解するのは今の自分には不可能であると判断しましたが、彼がどんな人間なのかもっと知りたいという好奇心が沸いてきたぼくは、再度アプリ《第一声G》を立ち上げ、カゼトキのダイレクトメッセージに返信をしました。
「掛居倫です。あなたは誰ですか?」
「掛居くんと同じ学校で同じ学年です。写真ではわからないかな」
そう返信が来ました。続けて、
「今日の放課後、話してみたいので一緒に下校しませんか? その時にきちんと名乗ります」
とのメッセージが届きました。
「わかった」
ぼくはそうカゼトキに返信しました。
それからの授業はあまり集中できなく、ぼくの頭の中にはカゼトキの《第一声》のプロフィール写真が何度も思い浮かびました。
そしてようやく一日の授業がすべて終わり、放課後になりました。ぼくは校舎の玄関で上履きから靴に履き替え外に出ると、正門で彼を待つことにしました。
待ち初めてから約五分後、相当そわそわと挙動不審だったであろうぼくの前で立ち止まる人物が現れました。
「どうも」
顔を見ると、彼は隣のクラスに在籍する少年でした。
(あ、通学中の電車で何度も見たことある)
少年はぼくより身長が高くおそらく175cmくらいの背丈で、肌は白く、髪型は重ためで少し長めのマッシュルームヘアをしていました。
「掛居くん、ボクの名前は知ってる?」
「ええと、なかじま……」
彼を見かけたことは何度もありましたが、ぼくの好きなタイプではなかったので彼の情報は名字以外わかりませんでした。
「なかじまじゃなくてなかしま。中島純衛。よろしく」
そう言って彼、中島純衛はぼくに握手を求めました。
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