第2話 ごっこ以前(2)

「よろしく」

僕は彼の握手に応えました。

「掛居君、同じ電車で通学してるよね?」

「うん、俺の最寄りは蘇我駅」


僕は通っている千葉県千葉市にある作草部高校まで、JR蘇我駅から内房線と千葉都市モノレールを利用して通学しています。

彼、中島純衛も同じくJR内房線とモノレールを利用しており、最寄り駅も僕と一駅違いである八幡宿駅ということがわかりました。


中島純衛は言います。

「中学までは神奈川県の川崎市に住んでたんだけど、親の都合に春から千葉県に来てるんだ。だから周りはまだ知らない人だらけ」

「そうなんだ。でも俺も同じ高校に進んだ同級生は少ないから、高校はまだ慣れない感じだよ」


僕と純衛は、正門から出ると一緒に歩き始めました。

純衛は再度立ち止まると、リュックから日傘を取り出して開きました。

僕の驚いた表情に気づいたのか、彼は、

「日焼けした肌はJUNE度が低くなってしまうので」

と涼しげな顔で言いました。

JUNEに憧れる彼からすると、JUNE度が低くなってしまうことは、自分自身の価値を下げてしまう事なのでしょう。きっと。

「掛居君も日傘、使ってみたら」

と勧められましたが、僕はもともと肌が黒く、日傘を使ったところでジュネ度とやらに変化はないと思われたので丁重に断りました。

そもそも片手をふさいでまで日傘を使いたくはないし、男性の日傘利用者も増えたとはいえ、僕にとって日傘を利用することにはまだまだ抵抗があったので。


「名前なんだけど、掛居君じゃなくて倫でいいよ。呼び捨てで」

「うん、わかった。それじゃ僕のことも純衛って呼び捨てで呼んでね」

「そうする」


「相合い傘」

純衛が、差していた日傘を僕の頭上に差し出しました。

「いらないって」

僕は日傘を純衛の頭上に戻そうとすると、彼の手と僕の手が重なりました。

しかし全然ドキドキしない。

たぶん純衛も僕と同じで、お互い恋愛対象からは完全に外れているのだと推測できました。だからこそ初対面でも緊張なく話せたんだと思います。


「あ、ちなみに掛居君は同性愛者である事は隠してるの?」

日傘を持ち直した純衛に聞かれ、

「うん、当然。それから掛居君じゃなくて倫な。そっちは?」

「僕も隠してるよ。なんならカモフラージュ用の彼女もいるんだ」

「どういうこと? カモフラージュって」

「同い年のレズビアンの子とそういう契約をしてるんだ。ちなみにこの話、倫に初めてしてると思うから、他言無用で」

「徹底して隠してるんだね」

「機会があればいつか彼女のこと紹介するよ」


そんなこんなで会話しながら千葉公園に到着しました。


千葉公園は近年リニューアルされ、人々が憩いの場として利用できる広い芝生エリアが誕生しました。また、公園内にスターバックスも誕生したため、同じ高校の生徒もよく見かけます。


スターバックスでアーモンドミルクラテを二人分注文し受け取ると、芝生エリアで木の陰になっている場所を目がけ純衛が早歩きします。


純衛はポケットからハンカチを取り出し芝生の上に敷き、その上に座りました。

僕も同じようにハンカチを敷いて座り、二人でアーモンドミルクラテを口にしました。


「掛居君も部活は入ってないんだ?」

「うん。特にやりたいこと、ないし」

「中学の時は、何部だったの」

「野球部」

「え? 珍しいね。こっちの人って吹奏楽部とかが多いイメージがあるから、野球部って珍しいと思う。高校ではやらないんだ?」

こっちの人とは、同性愛者を意味しています。

「うん。中学の時はみんな部活に入るのが当然みたいな雰囲気があって、スポーツに憧れがあったから野球がいいかなって思って入部したんだ。野球ってサッカーやバスケと違って常に走り回ってないから比較的ラクかなって考えで。全然ラクなんかじゃなかったけど、三年間続けられたよ」

「そっかぁ。僕は読書部だった」

「読書部?」

「うん。週2回、放課後に1時間読書するの。それだけの部活」

「読書好きなの?」

「読むのは詩集が多いかな」

「詩? ポエムってこと」

「うん。ちょっと待っててね」

そう言うと純衛はリュックの中から文庫本を取り出しました。

「これはシェイクスピアの詩集」

純衛から手渡された文庫本を僕はパラパラとめくります。

「シェイクスピアの詩には、男性相手に書かれた詩が多くあって、なかなかジュネ度が高いんだよ」

「ふうん」

「岩波文庫自体JUNEっぽさがあって所持するだけで満足感にひたれるんだよね。次点は新潮文庫かな」

「んんん。俺にはよくわからないけど」

そう答えて僕は純衛に文庫本を返しました。


僕は木陰で涼しげな笑顔でアーモンドミルクラテを飲む純衛の顔を見ました。

そして彼の右目の下にほくろがあるのを指摘しました。

「ああ、僕のこのホクロ? これは油性ペンで書いたの。人工の泣きボクロ」

「なんで?」

「なんでって……、泣きぼくろってJUNEっぽいかなって思って」

僕は黙ってラテを飲み干します。


そして彼について最も気になっていた質問をしました。

「ところで純衛はなんでJUNEにこだわるの? きっかけは?」

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