第159話 おねだり


 「狭山には来シーズン、9回を任せたいと思ってる。つまりクローザーだ」


 「おお…」


 「瓦も引退して、リチャードソンも退団濃厚。そうなると、信頼して9回を任せられるのはお前しかいない。シーズン後半からだが、お前はそれだけチームの信頼を勝ち取った。もちろん俺の信頼もな」


 「ありがとうございます。頑張ります」


 「まあ、補強次第でまだどうなるかは分からないが、基本はクローザーだと思ってくれれば良い」


 やったぜ。

 俺の希望通りのポジションじゃないか。

 クローザーはリードをしっかり守って、試合を締めるのが仕事だから、基本的に『勝ち運』は腐っちゃうかもしれないけど…。


 それでもクローザーは嬉しい。

 これでシーズン歴代最多セーブの記録も狙えるってもんだ。


 まあ、自分一人でどうこう出来る記録でもないから、そう簡単な話でもないが。


 今のシーズン歴代最多セーブは54。

 つまり、最低でも54回、更新するなら55回はセーブシチュエーションで登板して、抑えないといけないのだ。もちろん出番が回ってきたら全力で抑える所存だが、それだけ機会があるかって問題がある。


 オルカの皆さんには良い感じにセーブシチュエーションで9回まで持ってきてほしい。大差勝ちじゃダメってのが難しいところなんだよな。


 「狭山選手はクローザーのポジションで異論はないという事で、話を進めても良いかな?」


 「はい。もちろんです。あ、ですが…」


 「ん? なにかな?」


 「将来的には先発をやりたいです。ですので、ずっとクローザーっていうのは…」


 「なるほど」


 今はクローザーでの目標があるから良いが、将来先発をやりたいって事も今のうちに伝えておく。このままなし崩し的に、ずっとクローザーっていうのは嫌だ。


 たくさんイニングを投げたい。

 たくさんイニングを投げれるって事は、たくさん三振を奪えるって事だ。


 俺は三振を奪った時の快感が大好きです。


 それに、これからスキルの上位化に色んな条件が出されると思うが、たくさん投げれる方が達成もしやすくなるだろう。


 「分かりました。狭山選手の希望は覚えておく事にします」


 「ありがとうございます」


 まあ、まだ将来の話だ。

 いずれ先発をやりたいって思った時に、改めて意思を伝えよう。もしダメって言われたら、良いよって言われるまで駄々をこねてやるぞ。


 「では、狭山選手の起用法も決まったという事で。来シーズンの狭山選手の年俸を提示させて頂きます」


 「はい」


 「我々が提示する年俸は2700万円+出来高というものです」


 「おお…」


 俺が予想してたより高くてびっくり。

 俺は編成部長さんに渡された契約書をガン見だ。


 俺の予想は2000万ぐらいだった。

 一軍最低年俸にちょっと色を付けてー的な大雑把な予想だったけど。


 「シーズン後半からの一軍帯同ではありますが、狭山選手の活躍が今年のオルカ躍進の一因になったのは間違いありません。優勝や日本一のご祝儀、そして日本シリーズMVPのご祝儀、これからの成長の期待値込みで、出来高もたくさん付けさせて頂きました」


 「ありがとうございます。滅茶苦茶嬉しいです」


 契約更改では、納得出来なかったらごねる人もいるって聞くけど俺は大満足。予想より多かったし、出来高も付けてくれるんだよ? 最高じゃん。


 出来高もすんごい。

 全部達成出来たら年俸とは別に5000万円。

 何登板達成でいくら〜とか、何セーブでいくら〜とか、一応ホールドでもいくら〜とか。後はタイトルでいくら〜もあるか。


 まあ、クローザーになるならホールドは無理だろうけど。最初に起用法の話をしたのは、この出来高に関係してたからなんだな。


 シーズンMVPとかもなぁ。

 まず優勝しないといけないし、中継ぎ選手が選ばれるには相当インパクトを残さないと。それこそシーズン歴代最多セーブとか。


 「いかがですか?」


 「あ、すみません。夢中になっちゃってました」


 俺がほえーっとしながら、契約書をガン見してると声を掛けられてハッと我に返る。


 「いえいえ。誰でも最初はそうなるものです。気になる事や、条件面で何かあるなら質問して下さい」


 「ええっと…。ほとんど満足なんですけど…。出来高の追加とかお願い出来たり…?」


 「出来高の追加…ですか? 狭山選手が達成出来そうな項目は大体入れたはずですが…」


 契約は大満足だ。

 ここでハンコをバーンと押してもニコニコで帰れる。ただ、心象を悪くしてしまうかもしれないが、おねだり出来るならお願いしたい。


 「シーズン歴代最多セーブの記録を更新したら、ボーナスを頂けないかなと…」


 「ぶわっはっは! 一馬君! 中々大きく出たな! ええで! 記録更新したらプラス1000万や!」


 「しゃ、社長…」


 「ええやないか。ほんまに更新出来たら、ええ宣伝になるやろがい。記念グッズを発売するだけでお釣りくるわ」


 俺が恐る恐るお願いすると、球団社長が大喜びでオッケーしてくれた。編成部長やGMも呆れてはいるけど、異論はないみたいで契約書を修正してくれた。


 「あ、ありがとうございます!」


 「ええねんええねん。球団としては出来ても出来んくても損はない話やからな」


 さっき言ってた記念グッズの事かな?

 グッズってそんなに儲かるのかね?

 俺も来シーズンからユニフォームやらが発売される予定で、売り上げに応じて年俸とは別にお金がもらえるみたいだけど。


 いやぁ、それにしても言ってみるもんだな。心象を悪くしちゃうかなと思ったけど、社長さんは大喜びだし、多分大丈夫だったと思いたい。


 ちょっとしたおねだりがプラス1000万に化ける可能性があるのか…。達成出来るかは分からないがモチベーションにはなる。


 俺は早くも来シーズンが楽しみになってきたなと思いながら、ニコニコで契約書にハンコを押した。

 

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