第158話 契約更改へ
「むっ。ちょっとスーツがキツいような…」
両親に大阪オルカの入団祝いで買ってもらった一張羅のスーツ。そこそこのお値段で買ってもらったオーダーメイド品だ。
ただ、入団前と今では筋肉の付き具合とかも違う。久々に着たスーツはちょっと苦しく感じた。今度手直ししてもらおう。
なんで俺がスーツを着てるのか。
「ちょっと緊張するなぁ。来年の俺のお給料が決まる訳だし…」
これから球団事務所に行って契約更改なのだ。高額年俸をもらってる選手は、契約更改が始まる前に、事前交渉みたいなのもあるらしいけど、俺は年俸500万未満のペーペー選手。
そういう事前交渉はなかった。
大河なんかは何回か事前交渉があったらしい。ニヤニヤしてたから、中々の額を提示されたんじゃなかろうか。大河は注目選手だからか、契約更改は後の方で俺の方が先。
まあ、俺もそこそこ注目されてるから、後の方に回されたが。
本決まりになったら教え合いっこしようねって約束してる。お金の話って、なんでこうも盛り上がるんだろうねぇ。
育成から支配下登録された時に200万ぐらい年俸アップしたんだけどね…。それでも500万未満。
まあ、高卒一年目の一般人からすると、それでも大金だし、俺はほとんど寮生活だったから不自由は全くなかったが。
由美とちょろっと遊びに行った時と、近くのコンビニで軽い買い物をするぐらいしか、お金を使ってない。
お金を使う機会はなかったが、これからたくさん使う予定はある。実家の手直しとか、自分専用のトレーニング施設を作るだとか。
今回年俸が上がったところで、それを全部完成させる事は出来ないけど、少しずつ充実させていきたいと思ってます。
「よーし、行くぞー」
鏡でビシッと身嗜みが整ってる事を確認して、俺は楽しみ9割、緊張1割のテンションで球団事務所へと向かった。
「狭山一馬です。今日はよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。ではどうぞ。座って下さい」
「失礼します」
球団事務所にやって来て、案内された部屋に入ると、球団社長、GM、編成部長、監督と、お偉いさんが勢揃いだった。
「まずは今シーズンお疲れ様でした。狭山選手はシーズン後半に支配下登録させてもらってから、チームの優勝、日本一に大きく貢献して頂きました」
「うんうん! せやな! 日本シリーズのあの活躍にはほんまに痺れたで!」
「あ、ありがとうございます」
編成部長さんが話し始めると、すぐに割り込んできたのが球団社長さん。ただの野球好きのおっちゃんみたいなテンションで、長々と喋り始める。
他のお偉いさんは苦笑いだ。
多分いつもの事なんだろう。
「賽野か! よっしゃ! 特別ボーナスの手配しといたろ! ほんま、ええ選手を見つけてきてくれたで! あいつは掘り出しもんを見つけるのが上手いんや!」
「賽野さんの誘いがなければ、今の自分はありませんでした。これで少しでも恩返し出来たとホッとしています」
俺は旅館の接客でこういうおっちゃんの話相手になるのは慣れてる。すっかり二人で話が盛り上がって、俺の生い立ちなんかから説明する事になって。
ちょうど良いから、スカウトの賽野さんのお陰ですと言っておく。もちろんおべっかじゃなくて本心だ。
あの人が偶々奥さんと旅館に旅行に来てくれて、見つけてくれなかったら今の俺はない。ポテンシャルがあるように見えたのかもしれないが、野球素人を育成選手とはいえ獲得するのは中々勇気がいる事だっただろう。
俺にはプロに入ってから恩人と呼べる人がたくさん出来たけど、一番は賽野さんだと思ってる。本当にそれぐらい感謝してるんだ。
そういえば最近会ってないな。
シーズンが始まったくらいの時は、ちょくちょく顔見せに来てくれたり、俺が支配下登録される時は同席してくれたり。
最後に会ったのは、ドラフト云々で忙しくなる前だったかな…。今は入団予定選手の挨拶とかで忙しくしてるはず。
落ち着いたら一緒にご飯でも行きたいな。
後で連絡してみよう。
「社長、次の予定もありますので、そろそろ本題に…」
「あ、せやなせやな。年寄りは話が長なってしゃーない。一馬君も、付き合ってくれておおきに。旅館にはプライベートでお邪魔させてもらうわ」
「いえ。こちらも楽しいお話をありがとうございました。是非お待ちしております」
このままだと永遠に話が続くぞと思ってると、GMさんがストップをかけてくれた。いつの間にか一馬君呼びになってる。
おじさんのハートをがっちり掴んじゃったみたいだぜ。
「では、改めて。契約更改の話に移さらせて頂きたいところなのですが、その話をする前に伊達監督からお話があります。後の話にも関係するので、先にこちらの話を聞く方が良いでしょう」
「はい。お願いします」
和やかな雰囲気から一転して、真面目な雰囲気に。俺も気を引き締め直して、しっかりとお話を聞く姿勢。
どうやら契約更改の話をする前に、伊達監督から話があるらしい。
「狭山の来シーズンの起用法についてだ」
「はい」
起用法か。
そうだよね。
瓦さんがいなくなって、リチャードソンもメジャー契約が秒読み段階。
俺をどこで使うかってのは、大事な話になってくるだろう。それによって補強とかも変わってくるはずだ。
俺としては将来的に先発をやりたい。
ただ、最多セーブのタイトルも欲しいなぁなんて思ってる。というより、歴代シーズン最多セーブなら狙えるんじゃないかって。
他のシーズン記録はなんか昔の登板間隔が馬鹿だったから、バグみたいなのが多いけど、セーブならワンチャンないかなと。
俺一人だけの力でどうこう出来る記録でもないが、狙えそうなら狙ってみたいと思うのが人間というもの。
だから、クローザーで使ってくれるとありがたいんだが、伊達監督はどう考えてるのかな?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます