第2話 半蔵濠の宮乃介
小説・宵のハコブネに登場する妖怪たちと作者・朔蔵日ねこが酒を酌み交わす「ハコブネ噺」にようこそ。酒乱である朔蔵日ねこが、心を込めて酒と肴をチョイスして、妖怪たちをおもてなしいたします。
【本日のお客様】 半蔵濠の宮乃介 様
【本日の酒】 お祭り屋台の生ビールとレモンサワー
【本日の肴】 きゅうりの一本漬け、和牛串、もんじゃコロッケ
本日は、靖国神社のお祭り、みたままつりに来ております。みたままつりは、七月十三日から十六日までの四日間行われるんですよ。すごい人出ですのでね、まぁ妖魔のひとつふたつ、紛れ込んでも分からないでしょうね。今日はご近所である皇居の半蔵濠にお住いの、河童の宮乃介さんと待ち合わせです。キッチンカーはたくさん出ておりますが、なにせすごい混雑でございますので、よくよく考えて列に並びましたよ。
ねこ:宮乃介さん、この人混み、大丈夫ですか?
宮乃介:暑苦しいな。だが、こう人が多くて暗ければ、河童とばれることもあるまいて。
宮乃介さんは、頭に手拭いをかぶり、甚平を来ていらしてます。肌の色や水掻きはご愛嬌。ねこが行列に並んで買ってきた酒と肴を、さくら陶板のあるお庭のベンチでいただきます。
ねこ:頭のお皿のお水はどうなさってるんです?
宮乃介:ラップフィルムだ。
ねこ:(さすが、文明に馴染んだ河童。聞かなかったことにしよう。)いざとなったら、そのお皿にお酒を注いで差し上げますよ。
宮乃介:うむ。皿に酒を入れると、呑むよりも回るのだが……たまには悪くなかろう。お主は浴衣だな。
ねこ:ええ。和服が好きなもので。普段は洋装ミックスですが、今日は正統派の浴衣です。足元だけはサンダルですが。
宮乃介:華やかだな。
ねこ:今日は台風だと聞いて心配しておりましたが、雨にならず、良かったです。
宮乃介:風があって、ちょうど良いな。
ねこ:さぁ、宮乃介さん、ビールですよ。それから、きゅうりの一本漬けと、和牛串です。
宮乃介:まずは、乾杯というのをするのだろう。
ねこ:そうです。では、乾杯。
宮乃介:乾杯。
ねこ:ああ、屋外でのビールは格別ですねぇ。
宮乃介:うん。実に良い。
ねこ:胡瓜、お好きだと思ったんですが、タンジェリーナのキューカンバーサンドじゃなくてすみません。
宮乃介:まぁ、これはこれで、風物詩だろう。
ねこ:牛串は召し上がりますか?
宮乃介:河童が牛を川の中に引きずり込む話を知らぬのか。
ねこ:あれは、牛を喰っているんですか?
宮乃介:牛だけではないぞ。臓物は、うまいからな。
舌なめずり。何の、とは聞けない。
宮乃介:盆踊りをしておるな。お主は踊れるのか?
ねこ:まぁ、見様見真似で踊れないことはないでしょうが。来年までに練習しておきます。
宮乃介:お主、食べるのも呑むのも速いな。もうすべてなくなっているではないか。
ねこ:お肉と胡瓜、絶妙でした。二回戦目に行きましょうか。
宮乃介:
ねこ:宮乃介さんは、ゆっくり食べて呑んで、お待ちください。
ねこ、行列二回戦目。
ねこ:二回戦目の戦利品は、もんじゃコロッケとレモンサワーです。ねこの好きなチョコバナナは売り切れでした。
宮乃介:ほう。もんじゃコロッケはなかなか旨いな。
ねこ:ええ、ちゃんともんじゃ焼きの味がします。ところで、宮乃介さん。
宮乃介:先代の宝珠の巫女のことか?
ねこ:はい。
宮乃介:祀は、それは美しかったぞ。そして、たらしだった。人も妖怪も、誰もが祀を慕っていた。
ねこ:素敵ですね。瑞貴もそんな風になれますかね?
宮乃介:心掛け次第だな。祀の良いところは、大らかで、失敗してもめげないところだ。いつも前向きで、明るい娘だった。
ねこ:なるほど。ねこもお会いしたかったです。百五十年前というと、ちょうどこの靖国神社ができたのも、約百五十年前ですね。
宮乃介:百五十年前は、江戸から明治に変わったばかりで、激動の時代であったな。
ねこ:ねこの好きな浮世絵師、
宮乃介:暁斎か。懐かしいな。
ねこ:ご存じですか。
宮乃介:まぁ、界隈では有名人であったぞ。
ねこ:そうでしょうね。妖怪の絵を、実際に見て描いていたというもっぱらの噂ですから。
宮乃介:お主、焼きそばとか、たこ焼きとか、祭りならではの炭水化物は食べぬのか。
ねこ:ええ。酒呑みですので。ただ、帰り道にはアイスが食べたくなりますね。コンビニに寄って、買って帰ります。宮乃介さんは、すぐそこですね。
宮乃介:今の住まいは半蔵濠だが、千鳥ヶ淵も庭みたいなものだからな。
ねこ:弁慶濠の河太郎さんとは、血縁でいらっしゃる?
宮乃介:あれは伯父貴だな。弁慶濠は今、釣り堀になっていて、伯父貴も滅多に顔は出さん。
ねこ:あー。河太郎さんもご存命でしたか。
宮乃介:国に保護されるのは、そもそも伯父貴だったはずなのだ。それなのに、何やかやと言い逃れをしてな。
ねこ:なるほど、代わりに宮乃介さんが国の保護下の河童になったと。
宮乃介:まぁ、そういうわけだ。おや、そろそろお開きのようだな。片づけが始まっておる。
ねこ:そうですね。宮乃介さん、お腹一杯になりました?
宮乃介:まぁ、今日は酒を呑みに来ただけで、人間の飯で腹を膨らませる必要もないのでな。
ねこ:尻子玉はありませんが。
宮乃介:尻子玉は久しく喰ろうてないの。
ねこ:あげられませんよ。ねこは、明日も仕事ですので、アイスを買って帰ります。
宮乃介:そうか。また、良い酒があれば誘ってくれ。
ねこ:はい、よろしくお願いします。
神社のお祭りですから、お開きの時間も早いですが、今日も楽しいお酒でした。ねこはほろ酔いで電車に乗って帰ります。
次回も素敵なゲストをお迎えして、「ハコブネ噺」をお届けしたいと思います。夏祭りの季節になり、うきうきしますね。皆様もどうぞお楽しみください。
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