ハコブネ噺

朔蔵日ねこ

第1話 承和昌寳

 小説・宵のハコブネに登場する妖怪たちと作者・朔蔵日ねこが酒を酌み交わす「ハコブネ噺」にようこそ。酒乱である朔蔵日ねこが、心を込めて酒と肴をチョイスして、妖怪たちをおもてなしいたします。


【本日のお客様】 承和昌寳 様

【本日の酒】 ほまれ 旬一献(御祖酒造)

【本日の肴】 素麺


 本日のお客様は、初めて瑞貴と会話した妖怪、貨幣の付喪神である承和昌寳じょうわしょうほうさんをお迎えしました。今日は七夕ということで、肴は素麺でございます。承和さんが小さくていらっしゃるのと、素麺というお品書きから、本日は家呑みです。


承和:素麺は肴なのか。締めではないのか。

ねこ:ねこは、どんな肴でも日本酒を呑めます。何もなくても呑めますが。

承和:ふん。蟒蛇うわばみめ。しかし、清酒はいいな。雄然はいつも濁り酒しか呑ませてくれんからな。

ねこ:濁りも旨いですけどね。こちらは能登のお酒です。

承和:ほう。冷酒であるな。こう暑いと冷酒が沁みるな。

ねこ:ええ。素麺だけでは寂しいので、サーモンの炙りとお野菜の副菜を作りました。

承和:それは、もはやサーモンが主役なのではないか。

ねこ:そうとも言いますが、七夕ですので。七夕に素麺を食べるのは、中国の「索餅」が由来だと言われますが、天の川に見立てたという風流な説もありますね。

承和:平安の七夕は雅であったぞ。香を焚き、楽を奏で、歌を詠んでな。

ねこ:里芋の葉にたまった夜露で墨を溶かし、梶の葉に歌を書いたとか。

承和:懐かしいの。昔は星も美しかったがの。

ねこ:では、準備ができましたので、そろそろいただきましょうか。


 承和さんは小さくていらっしゃるので、江戸切子のグラスで冷酒浴といきましょう。桃泉堂でもお猪口の濁り酒にダイブしていらしたので。素麺とサーモンとお野菜も、ミニチュア食器で提供させていただきますね。


ねこ:それでは、ほまれ 旬一献にて。乾杯。

承和:乾杯。

ねこ:色は少し黄みがかって……。んー。すっきりの中にほんのり甘みと酸味が。

承和:よきよき。上品な夏酒じゃ。甘露甘露。

ねこ:さ、さ。素麺の薬味は、大葉と茗荷、そしてトマトとアボカドでございますよ。

承和:蕃茄とまと鰐梨あぼかど。和洋折衷であるが……悪くないな。

ねこ:そうでしょう、そうでしょう。炙りサーモンはおろしポン酢でお召し上がりくださいね。お野菜の副菜は、白いズッキーニのオーブン焼きです。

承和:西胡芦ずっきーにだと。うむ。瓜であるな。面白い食感じゃ。こちらのサーモンの脂も良い具合じゃ。

ねこ:お褒めにあずかり、恐縮です。お酒が進みますね。

承和:しかし、やはり素麺は締めではないのか。

ねこ:こだわりますね。平安時代に締めなんてありました?

承和:平安の話はしておらん。どうじゃ、七夕の空に星は出ておるかの。

窓を開けて空を眺める。

ねこ:残念ながら、雲がかかっております。

承和:なに。今年もか。最近の七夕は晴れたためしがないの。

ねこ:お願い事、叶いますかね。

承和:何を願ったのじゃ。

ねこ:そりゃ、もちろん。朔蔵日ねこの作品の人気が出ますようにって。

承和:ふん。そうか、そうか。

ねこ:承和さんは?

承和:わしはな、妖力を失わず、息災に、とな。

ねこ:(息災って……妖怪でしょ……)

承和:何か言ったか?

ねこ:いいえ、何も。お願い事、叶うといいですね。ところで、承和さん。雄然さんのところには、承和さんの他にも付喪神がたくさんいらっしゃるんでしょう。

承和:そうさな。色んな付喪神がいるぞ。雄然は付喪神蒐集家といっても過言ではない。鏡や角盥つのだらい毛槍けやりなんかもおるぞ。

ねこ:付喪神コレクター。すごいですね。

承和:まぁ、奴はそのために骨董品屋を生業としているのだからな。

ねこ:雄然さん、儲かってるんですかね。

承和:ひとつ売れればそれなりの値がつくからな。食うには困らんだろ。

ねこ:雄然さんって、どんな人ですか。

承和:洒落男だな。羽織も袴も何着も持っておる。

ねこ:素敵ですよね。羽織袴に番傘で。

承和:あの糸目で、男前とは言い難い。日がな一日、座椅子から動かんがの。珈琲を淹れる時以外は。

ねこ:コーヒーがお好きなんですね。

承和:最近はまっておるようだな。

ねこ:お酒は呑まれないんですか。

承和:あれはざるだな。しこたま呑んでもけろっとしておる。

ねこ:なるほど、お強いんですね。桃泉堂は宝珠の来訪にざわめいておりましたが、付喪神同士で喧嘩したりはしないんですか。

承和:序列があるからの。式神同士の。

ねこ:雄然さんはたくさんの式神を使役していらっしゃるのですね。承和さんは一番の式神ということですか。

承和:古い付き合いだからの。

ねこ:いつ頃からですか。

承和:……。

ねこ:……。無粋な質問を、失礼いたしました。

承和:ま、そのうち本編で明かされることもあろうな。

ねこ:そうでしたね。承和さん、もう少し呑まれますか?

承和:うむ、呑もう。

ねこ:今日は桃泉堂にお帰りで?

承和:ここに泊まるか。明日の朝、桃泉堂まで送ってくれ。

ねこ:明日、ねこは仕事ですが。

承和:道すがらじゃろ。

ねこ:(そうでもないけどなぁ。)分かりました。


 かくして七夕の夜は更けていきます。今の空は、お月さんは見えておりますが、お星さんは相変わらず見えませんね。でも、夜半にちらりとでもお星さんが見えれば、短冊に書いたお願い事は叶うでしょう。ねこはもう少し承和さんのお酒にお付き合いいたします。

 次回も素敵なゲストをお迎えして、「ハコブネ噺」をお届けしたいと思います。皆様も、素敵な七夕の夜をお過ごしください。

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