【04】生徒会の談笑

 午後からは入学式がある。

 僕は出席しないけれど、生徒会長は「在校生代表の挨拶」を務めなくてはならない。そのため、定例会議は式が終わる15時からだ。


 幸い、時間を潰すことに苦労はしなかった。

 校内に存在する「欠番」には未だ謎が多すぎる。そこで、僕と詩葉は調査を進めながら、得られた情報を簡単に整理してみることにした。


 まずは、隣の二年二組の状況を確かめる。

 慶太を頼れば学級名簿を手に入れることも容易い。その間、詩葉は席の数を見て、生徒の実数に目星をつける。要は、一組で気づいたことを二組でも検証するということだ。

 

 さて、名簿に記された人数は両クラスともに「24名」で、僕らの認識に間違いはない。

 しかし、実際に机を数えてみれば、一組は「34名分」で、二組は「37名分」と、本来よりも大幅に増加していることがわかる。

 更に、余剰分とみられる「10」「13」という数字は、各クラスにおける名簿上の「欠番」――番号を飛ばされた空白の個数とちょうど一致する。


 細かい数に差異があるとはいえ、二年生の間ではクラスに関係なく同じ現象が起きていると結論づけられる。また、名簿と生徒の照合を試みたとき、思考に靄がかかることも偶然ではなさそうだ。


 「わかってきたね、何にもわからないことが。」

 「本当に。あー、貰った名簿も変になっちゃうし、席順もぐちゃぐちゃだし……去年の集合写真もアテにならない!」

 「なんというか、欠番の特定を妨害されてるみたい。」


 自分でも奇妙なことを言っていると思う。

 ただ、詩葉が朝のうちに入手していた名簿の方にもエラーが発生していること。本来は出席番号順に並ぶ始業当初の席が、何故かランダムに配置されていること。名簿や写真など、昨年の資料を改めて見たところで、僕らは欠番を含む全員が元からいたように認識してしまうこと。――その全ての事象は「欠番の正体に辿り着かせない」という一つの目的に沿って起こっているとすれば説明がつく。

 問題はそれが超常的であり、僕らの手に負えるようなものではないということ。第一、印刷内容が変化するのはポルターガイストもいいところだ。それに、20人を超える異物を受け入れさせて、違和感の検証まで妨げるような集団催眠もありえない。


 情報過多だったせいで怖がる暇も無かっただけで、冷静に考えれば、僕らは相当危険な目に遭っている。実害を被っていないことだけが救いだろう。


 途方に暮れながら調査を切り上げ、生徒会室で待っていると、璃子先輩よりも先に書記の寛人ヒロトと会計の拓真タクマ先輩が訪れた。先輩の方は、僕の隣に座る詩葉を見てから驚いたように話しかけてくる。


 「え、彼女?」

 「違います。」

 「じゃあ、どうしてここに?」


 即答する僕を見て詩葉は笑う。

 それから、適当にでっちあげた理由を二人に伝えた。


 「入学式に出てる先生に用があるんです。だから、時間を潰すついでに、生徒会が普段どんなことしてるのか知りたいなって。」

 「そういうことね。今日は別に大事な話をするわけでもないし、ゆっくりしてていいよ。」

 「はーい、邪魔はしないようにします!」


 元より緩い空間だ。

 全員が揃って会議が始まるまでは、適当に談笑して過ごすだけ。新学期ということもあり、話すことは沢山あるし、雑談の上手い詩葉はそこに簡単に馴染む。


 「あ、拓真先輩に寛人くん。今年の二年生、何人いるか知ってますか?」


 そうして、彼女はさりげなく重要なことを訊ねた。


 「えーと、50人いないくらいだったよね。俺らより少ないじゃん。」

 「うん、71人だから合ってますよ。」

 「よかったー。」


 詩葉と目配せを交わしながら今の会話を聞く。

 三年生の拓真先輩は「欠番」を含まない二年生の正式な人数を把握している。一方で、二年生の寛人は「欠番」を含む人数を答えとして提示する。

 何より奇妙なのは、噛み合わないはずのコミュニケーションが何故か成立していたこと。二つの異なる数字があたかも同じであるかのように語られること。明らかな異常だが、二人はそれに気づく素振りもみせない。


 「お待たせー。」


 そこに、璃子先輩が遅れてやってきた。

 経緯を伝えれば、彼女も詩葉が生徒会室にいることを快く許したため、会議はそのまま始まることになる。


 とはいえ、議題は今年度の予定確認と、四月分の生徒会通信に書く内容を簡単に決めるだけだ。しかも、後者については璃子先輩が予め草案を用意してくれていたので、細やかな言い回しのチェックや、補足したい情報の提案だけで終わった。恐らく、全部で20分もかかっていない。


 「――こんなところでいいかな。寛人くんは議事録できた?」

 「はい、バッチリです。」


 後は、目的のない雑談に戻るだけ。

 詩葉はここぞというばかりに存在感を発揮し、三年生の二人から情報を集めようとする。


 「そういえば、名簿もらってますか?……部活の先輩がどっちのクラスなのか知りたいんです!」


 彼女に促され、璃子先輩は三年一組の学級名簿を、拓真先輩は三年二組のものを見せてくれる。


 「あれ……?」


 思わず声を漏らしたのは――三年生の名簿が予想外にも正常すぎたからだ。

 そこには、僕らを悩ます「欠番」がない。出席番号は「1番」から、一つも飛ばすことなく順々に並び、一組は「30番」で、二組は「29番」と、記憶通りの数で終わる。


 「結翔、どうしたの?」

 「いや、ええと……」


 始業式のとき、列に違和感があったのは二年生だけだ。ということは「欠番」にまつわる異常は二年生に特有のものなのだろうか。


 「――去年は、全員で何人でしたか。」


 意を決して、二人の先輩に尋ねてみる。

 異常がないことは、必ずしも彼らが無関係であることを示さない。三年生とて、昨年度は二年生だったのだ。そこで、何かを見聞きしていてもおかしくはない。


 「え、普通に59人だろ?」

 「……そう、59人、だよね。」


 ハッキリと答える拓真先輩に対して、璃子先輩が僅かに言い淀んだのがわかる。


 「結翔、会長みたいになってるよ。……疲れてる?」


 寛人は心配そうに僕の顔色を見る。

 彼の言う通り――今の言動は璃子先輩のものとほど近い。彼女は昨年度「クラスの人数」と「学年の人数」を何回も間違えていた。転入も転出も一切なく、数が変わるはずもないのに、普段の彼女に似つかわしくないミスを繰り返した。

 その度に、彼女は他の生徒会メンバーに正式な人数を尋ねていたので、今ではすっかりと「数字に弱い」というキャラクターが定着している。今朝のスピーチで行われた自虐の殆ども、彼女の弱点に起因するものだ。


 しかし、僕はそこに疑問があった。

 璃子先輩はそもそも「同学年」の人数しか間違えたことがない。卒業した先輩方の学年も、後輩である僕らの学年も、彼女はとても正確に把握していた。単におっちょこちょいなだけだとしたら、間違え方に癖がありすぎる。


 つまり――当時の彼女は、二年生だけに現れる「欠番」を認識しており、結果として周囲と感覚がズレたのではないか。今、僕はそういう仮説を立てている。


 「……そうだね、結翔くんもスピーチ頑張ったし、疲れてるのかも。今日は解散にしようね。」


 少し決まりの悪そうな璃子先輩はそそくさと鞄を背負い、帰宅の準備を早めていく。皆も、彼女に釣られるように時計を見ると、下校するには十分な時間になっていたことに気づく。


 「じゃあ、また明日。」


 璃子先輩はいち早く生徒会室を去った。

 勿論、聞きたいことのあった僕と詩葉は、彼女を追うようにして、急いで外へと向かう。


 「あの……!」


 呼びかけたところで、先輩はぴたりと足を止めた。

 旧校舎がよく見える広場の中心。満開の桜に囲まれながら、彼女は静かに振り返る。その表情には少しの戸惑いが浮かんでいるようだった。


 「逃げたつもりはなかったの。……でも、他の子のいないところで話したくて。」


 ブレザーの内ポケットに手を差し入れる。

 取り出されたのは、薄く色褪せた一枚の紙。彼女はそれを丁寧に広げてみせる。


 「――結翔くんの想像通りだと思う。」


 『二年三組学級名簿』――掠れたインクで書かれた用紙の最後には、手書きの文字で『佐野 璃子』の名が加えられていた。

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