第24話 収穫祭に向けて
復興が進んだ今年の秋、ついにフェルシェルで収穫祭が開かれることになった。
かつては毎年のように開催されていたというこの祭りは、領民たちにとって最大の娯楽でもある。
教会では収穫の恵みに感謝するミサが行われ、町の広場では若者たちが歌や踊りに興じる。道沿いには露店が立ち並び、商人たちはここぞとばかりに賑わうのだという。
「……あんた、何を他人事みたいな顔をしてるんだい?」
イザベラは、あまりに淡白な反応のリヴィアを見て、眉を吊り上げた。
「年頃の娘が祭りを楽しみにしないなんてどうかしてるよ! しかもあんた、いつも地味すぎるのさ! もっと洒落っ気くらい出したらどうだい? あたしが若いころなんてね――」
いつものお説教が始まってしまった。
リヴィアはそっと、自分の服に目をやる。
お洒落――そう言われると、かつての飾り立てすぎた自分を思い出し、どうにも気分が沈む。
可愛いものが嫌いなわけではない。ただ、似合わないというだけの話だ。
「それに、化粧一つしやしない。いいかい、化粧ってのは女の“鎧”だよ。男のためにするもんじゃない、自分のためにするのさ」
化粧だって経験はある。
かつては吹き出物を隠すために白粉を厚く塗り、紅を引いた――無様な姿だった。
思い出すたび、いまでも心が引き攣れる。
「祭り当日は教会のミサに参加しますし、普段どおりの服で構いません」
リヴィアは控えめに答えた。
ダンスは苦手だし、露店も必要な品があるわけではない。
気になるのはせいぜい、何が売られているか、補佐官やヴァルトに報告するための確認程度だ。
「……ほんっと、何もわかってないね。いいかい、この祭りはね、男女の出会いの場でもあるのよ。あたしなんて、あの人と出会ったのはこの祭りだったんだから!」
イザベラはまるで娘を嫁に出す母親のような勢いで、手を振りながら話し始めた。
「昔のあたしはフェルシェル一の美人だったからね。踊りたいって男たちが行列作って――そりゃあもう、すごかったよ!」
貴族でも庶民でも、「ダンスで相手を見初める」というのは変わらないらしい。
リヴィアは心のどこかで、それを意外に感じていた。
「どうやって、結婚相手を決めたんですか?」
王侯貴族の結婚は政略だ。
財産や領地の継承のために、娘は父の選んだ相手に嫁ぐ。
愛など、婚姻の場には存在しない。
リヴィアもいつかはそうなる運命だった。
正式な結婚相手は父王の決めた貴族の子息、そして恋人――シリウスは愛人としてそばに置かれる未来を当然と思っていた。
だからこそ、庶民の結婚観がふと気になったのだ。
「そんなもん、金に決まってるだろ?」
イザベラは呆れたように肩をすくめた。
「親が一番金持ってる男を選ぶのさ。結婚は生活だよ、愛なんてあるわけないじゃないか。……まあ、一緒に暮らすうちに情が湧くってこともあるけどね」
その言葉に、リヴィアは思わず目を見張った。
イザベラの語る夫との思い出は、いつも楽しそうだったから――
まさか、そんな実利的な理由で結婚していたとは思いもしなかったのだ。
――結婚。男女の出会い。
そんなもの、リヴィアにとっては遠い世界の話にすぎない。
彼女の結婚相手を決めるはずだった父王はすでに亡く、リヴィア自身も流刑となって三年以上が過ぎた。いまだに「囚人」の身であるリヴィアには、フェルシェルから一歩でも出れば即刻死罪という逃れようのない定めがある。
だからこそ、せめてこのまま静かに、穏やかに暮らしていたいと願っている。
姉セレスティアは昨年、国王アレクシスと華燭の典をあげたという。一時は、前王の娘という立場から国の安定を見届けたのち、修道院に入って神に仕える覚悟を決めていたセレスティアを、アレクシス王が根気強く説得し、ついにはふたりが結ばれた――それはそれは美しいお伽噺のように語られている。
あの姉の名を借りて賊を退けたリヴィアは、領民たちから「姉に愛された妹」として称えられ、口々に祝福の言葉を贈られた。
それほどまでに、居たたまれない思いをしたことがあっただろうか。
かつて心から愛したあの人の結婚を、こんな遠くの地で耳にすることになるなんて。動揺していないふりをするのも、嘘だった。
(私には、関係のないこと)
恋も、結婚も、自分には関係ない――そう言い聞かせなければ、心が壊れてしまいそうだった。
祭りの準備は着々と進んでいた。ヴァルトや騎士たちは当日の警備体制について、入念な打ち合わせを重ねている。
リヴィアは、子どもたちが参加する『収穫の王と女王コンテスト』の準備を任されていた。
この祭りでは毎年、町の子どもたちの中から男女一名ずつが選ばれ、麦で編んだ冠と花の冠が授けられるという。審査員は領主であるヴァルトをはじめ、町の顔役たちだ。
子どもたちは思い思いの衣装を身にまとい、豊穣の恵みに感謝を捧げる。なんとも微笑ましく可愛らしい行事だ。
リヴィアは麦冠と花冠を丁寧に編みながら、どの子がどんな衣装を着るのかと、今から楽しみで仕方がない。
コンテストが終われば、露店の見回りをし、そのあと教会のミサに参加する予定だ。
祈りに包まれた収穫祭というのは、きっと心が洗われるような時間になるだろう。終わったら、マザー・セラフィナやシスター・エリスと温めたミルクでも飲みながら、のんびり過ごすのも悪くない――そう考えると、少しだけ祭りが楽しみになってきた。
「リヴィア、まだ衣装を作ってないのかい?」
イザベラが、またしても眉をしかめながら言った。
このところ、毎日のように「祭りには新しい服が必要だ」と口を酸っぱくして言ってくるのだ。
「私には必要ありませんよ」
リヴィアは淡々と答える。
聞くところによると、若い女性たちはいつもより明るい色の服に、華やかな刺繍を施し、頭にはリボンや花飾りを巻いて祭りに参加するらしい。
だが、リヴィアには明るい布も飾りもないし、それを買うつもりもなかった。
イザベラがどれだけ勧めようと、いつもの服で十分――そう思っていた。
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