第13話静かなる前夜 ― 交差する意志と読み

全国大会、いよいよはじまっちゃ!


冬の風が、厳しくなってきた12月初めの放課後。




グラウンドの片隅に、選手たちが一列に並び、監督とコーチの前に立っていた。




原町監督が、手に持ったプリントを掲げる。




「さっき、全国大会のトーナメント表、公式に発表されたぞ」




どよめくメンバーたち。




「オレたちの初戦の相手は……福島代表、郡山SCだっちゃ!」




一瞬、ピリッとした空気が流れる。




「郡山……けっこう強えって噂だっちゃね」




「福島県大会、無失点で優勝だってよ……」




「ひゃ〜、しょっぱなから当たり引いたっちゃ〜」




隣で聞いていた一ノ関瑠唯が、すっと前に出て口を開く。




「……強ぇ相手だがらって、びびっても始まんねぇべ」




その一言に、ユリがにっと笑って応える。




「んだっちゃね。強え相手だがらこそ、勝ったらデカい!」




「“無失点優勝”って聞ぐとびびるげんど、こっちには迅も瑠唯ちゃんもおっぺす壁あるっちゃ!」




「おっぺすって何さ……」




と苦笑する瑠唯に、真斗が笑って肩を叩く。




「通訳:突破するってことだっちゃ」




「へば、オレたぢでおっぺしてやっぺ!」




すると、迅がぽつりと口を開いた。




「……郡山SC、攻撃はサイド中心。右の11番、若松隼人。スピード速ぇ。左はカットイン狙い……たぶん、こっちのユリちゃんと、ウチの両方試されっぺ」




徹が驚いた顔で、迅を見た。




「迅、情報調べできたのかよ!? おめ、隠れ戦術オタクだべ!」




「……ん。おらほのとこ、準備は基本だがら」




「“おらほのとこ”って……やっぱ岩手の人だな〜〜」




笑いが広がる中、原町監督が腕を組みながら一歩前に出る。




「郡山SCは、確かに強ぇ。けどな、オレたちにはこの夏、**宮城県を制した“自信”**がある。いよいよ、“全国”だ。鹿児島での舞台が、すぐそこまで来てる。怖がるな。いい準備して、最高の試合をしよう。いいな?」




「はいっ!!」




岩出コーチがボードを取り出し、チームの作戦ミーティングが始まる。




『戦術ミーティング』


「まず郡山の右ウイング若松隼人対策。迅、おめが寄せで時間かけて、真斗が中を消す。瑠唯、ユリ、ここのスライド忘れんなよ」




「ユリ、左サイドのカウンター、逆にチャンスにできっちゃ。守りながら、突くどご突いてけ」




「了解だっちゃ!」




「ウチ、遅らせるのは得意だがら、ギリまで引っ張って……ユリちゃん、出れるように位置、見でるよ」




「助かっちゃ〜! ほんと頼りになんね」




ユリと瑠唯が目を合わせ、うなずき合う。




徹が、ボードを見ながらつぶやく。




「……相手が強えほど、オレたちの連携が試されんだよな」




「そだな。でも、オレたち、夏よりもっと“いいチーム”になってっから」




真斗のその一言に、皆が静かにうなずいた。




再会と助言 ― 多賀城からの声


全国大会、初戦の相手は福島代表・郡山SC。




その右ウイング、背番号11番――若松隼人。




俊足とスタミナを武器に、相手の守備陣を切り裂く、郡山の攻撃の起点だ。




「……光に似てんな、あいつ」




動画を見ながら、徹はポツリとつぶやいた。




宮城県大会の決勝戦。優勝をかけて戦った相手は、多賀城。




そのエースストライカー・苦竹光一は、抜群のスピードと個人技で仙台ジュニアFCを最後まで苦しめた。




――決勝が終わったあと、互いに声をかけ合い、自然と連絡先を交換していた。




「また、戦いてぇな」




あの瞬間に芽生えた感情が、今も徹の中に熱く残っている。




徹はスマホを開き、LINEでメッセージを送った。




「よぉ、ひさしぶり。元気してっか?」




すぐに着信が鳴り、スマホ越しに懐かしい声が響く。




「おう、徹か。元気だよ。……つか、オレは次、おめらに勝つために練習してっからな」




「はは、もう次の戦い始まってんだな〜」




「まぁな。……で? どした? なんかあっぺ」




「全国の初戦、郡山SCと当たるんだ」




「おぉ〜、いきなり手強いとこだな」




「んでな。郡山に、おめに似てるタイプのFWいてさ。若松ってやつなんだけど。動画送っから、見でくんね?」




「いいぞ、送ってけれ」




徹はプレークリップを送信する。




しばらくの沈黙のあと、光一の真剣な声が返ってきた。




「……なるほどな。確かに速ぇ。んでもな、ちょっと雑だな、あいつ」




「雑?」




「高ぇボール来たときな、処理が甘ぇんだ。胸より上で受けたあと、タッチに時間かかってら」




「ほぉ〜……」




「それと、足は速ぇけど、キープ力が追いついてねぇ感じすっぺな。スピードで抜いだあと、ボールが身体から離れがちだ。そこのセカンドボール、狙い目だっちゃ」




「なるほどな〜! マジ助がっちゃ、ありがと、光一!」




「んだんだ、おめらの集中した守備と、真斗のマンマーク力あれば、いけっぺ。全国で勝ってこい。多賀城の夢も、おめらに預けっからな」




「……あぁ。オレら、全国で勝つ。鹿児島で、勝ち上がってみせっから!」




「おう、期待してっからよ。じゃあな、徹!」




通話が切れたあと、徹はスマホをぎゅっと握りしめ、空を見上げた。




多賀城と仙台。




違うユニフォーム、違う場所――




けれど、全国の空の下で、同じ夢を追っている仲間が、確かにそこにいる。




「……若松、止めてやっぺな。オレらの力で」




徹はグラウンドへ向けて、力強く歩き出した。




静かなる闘志 ― 岩城奏美の決意


全国大会の組み合わせが発表された日。


郡山SCのボランチ、**岩城奏美いわき・かなみ**の目は、対戦表に貼りついていた。




「……仙台ジュニアFC、か」




その中盤には、今もっとも注目されている選手がいた。




ユリ。


宮城県大会を制したチームの屋台骨。プレー動画では、見事なパスさばきと無駄のない守備の切り替えを見せていた。




そして、もう一人――


大会後に新加入したという、瑠唯。




「夏休み明けに入ったんだっぺ? んでも、すでにあのレベル……はんぱねぇな」




奏美は、練習試合の映像を何度も巻き戻しては再生し、真剣なまなざしで二人の動きを追った。




「ユリは落ち着きあっし、視野もひろい。んで瑠唯は、前がかりでバチっと行ぐタイプ……全然ちがうけんじょ、どっちも手強ぇ」




プレーを見れば見るほど、警戒心は強まった。




「二人とも、ボールテクもスタミナもあるしな。どやってボール取っか、考えねと。


下手に前出だら、パスぽーんって通されっちまう。……ん〜、とにかく、パスコース切っぺしかねぇな」




手帳に、気づいたことを走り書きする。




ユリと瑠唯がFWの徹や真斗と見せる速い連携プレーにも、強い危機感を抱いていた。




「FWとのワンツーも早ぇし、んでも、ボランチのどっちかにボール入らねぇば始まんねぇ。


ほだなパス、させねぇようにすんべ。ボール取りに行ぐより、道ふさぐのが先だな」




立ち上がって、ストレッチを始めながら、ひとりごとのように呟く。




「……監督さ、相談してみっかな。うちのディフェンスラインとも、連携の練習しねとダメだべ」




それは、静かな闘志の現れだった。




「おんなじ6年で、おんなじポジションで……。負けっこねぇ。ユリにも、瑠唯にも。


オレが、真ん中支えてやっぺ」




夕暮れの光の中で、奏美の眼差しは、強く、熱く燃えていた。




読みと誇り ― 郡山SC作戦会議


放課後、グラウンドの照明が灯るころ。


岩城奏美は、荷物を置いたままベンチ横に向かって走っていた。


そこには、郡山SCの監督・佐伯が、タブレット片手に座っていた。




「せんせ、ちょっといいですかい?」




「おぉ、奏美。どした、なんかあったか?」




奏美は深呼吸してから、真剣な表情で口を開いた。




「仙台ジュニアのボランチ……ユリと、もう一人、瑠唯って子。見させてもらったけんじょ、あの二人、すげえ手強いです。特にユリ、試合の流れ読むのが上手ぇし、瑠唯は縦パス通すの、ピカいちっす」




「うんうん。オレも見だ。県大会のユリはすごかったし、瑠唯も新戦力としてなじむの早ぇ」




奏美は、小さくうなずき、メモ帳を差し出した。




「……これ、オレなりに考えたんす。パスコースを先に潰して、ユリたちに前向かせねぇようにして、FWとの連携を断ち切る作戦。


FWの徹と真斗にボール入ったら、正直、止めんのはキツいです」




監督はメモに目を落とし、しばらく沈黙した。




やがて、ふっと口元が緩んだ。




「奏美……やるな。よくここまで読み込んできたな。ユリたちのプレー、よく見でる。感心したぞ」




「へへ……やっぱ、負けたぐねぇんす。オレも、こっから上に行ぎてぇ」




「よし、奏美の読み、活かすべ。明日からの守備練習、ちょっと組みなおす。DFラインとの連携、あとボランチ同士のカバーリング、重点的にやっぺな」




「マジすか! ありがとうございます!」




「お前みてぇな選手がチームの心臓になると、チーム全体が引き締まっからな。頼むぞ、奏美」




「はいっ。絶対、勝ちますけ」




ふたたびボールの音が鳴り響くグラウンドを見つめながら、奏美の背筋はピンと伸びていた。




彼女の胸には、戦術だけじゃない――仲間の想い、そして誇りがしっかりと根を下ろしていた。




情報と読み合い ― 原町監督の助言


放課後の戦術ミーティング。


仙台ジュニアFCのメンバーが集まる教室には、グラウンドとは違う緊張感が漂っていた。




プロジェクターに映し出されているのは、郡山SCの試合映像。


そして、中央でプレーしている背番号8番の選手――岩城奏美。




「これが郡山のボランチ、岩城奏美だ」




原町監督が静かに口を開いた。




「情報の集め方と、試合中の分析力に定評がある。実際、試合を読みながら、相手の動きを止めるのが得意だ。




それに……」




映像では、岩城が素早く相手のパスコースを読み取り、スッと身体を寄せてボールを奪う様子が映っていた。




「……隼人たちへのパスの精度も高い。攻守の切り替えが早く、判断も的確。地味に見えるが、郡山の心臓は彼女と言っていい」




選手たちが頷く中、原町監督はユリと瑠唯の方へ視線を向けた。




「ただしな」




そこで、一度リモコンのボタンを押し、映像を静止する。




「スプリント力は、ユリや瑠唯にゃ敵わねぇ。短距離での初速も、連続ダッシュも、お前たちのほうが上だ。




だからこそ、重要なのは“どう動くか”だ」




二人が姿勢を正し、真剣な目で監督の言葉を待つ。




「ユリ、お前が引いて受けて、瑠唯が斜めに裏抜け。あるいはその逆。奏美が対応しようとしても、二人を両方追うのは無理だ。




前線との距離が一瞬でも空けば、徹や真斗にスルーパスを出せるチャンスが生まれる」




原町監督は、ホワイトボードに簡単な図を描く。




「――つまり、奏美を“置き去り”にする。




ユリ、瑠唯、お前たちがパスを出す直前に、スピードの変化を使え。奏美は頭がいい分、読みで勝負してくる。




けど、読みを超える“加速”には対応できねぇ」




二人は顔を見合わせ、うなずいた。




「うちらのスピードで、奏美さんを引き離せば、チャンスは広がるってことだっちゃな」




「んだ。読みじゃ止められねぇ動き、見せっぺ」




原町監督が笑みを浮かべた。




「いいか? 頭も使え。速さは武器だけど、頭を使わねぇとすぐ潰される。




二人なら、それができる。あとは――信じて走れ」




その瞬間、ミーティングルームの空気が少しだけ熱を帯びた。




読み合いと、スピードのぶつかり合い。




全国大会、初戦から“中盤の主導権争い”が火花を散らすことになるのだった。




静かな前夜 ― 仙台と郡山、それぞれの備え


【仙台ジュニアFC】




夕暮れのグラウンド。




赤く染まり始めた空の下で、仙台ジュニアFCのメンバーたちは黙々と最後の確認を続けていた。




「ユリ、そこ、ワンテンポ前だっちゃ!」




「瑠唯、スピードの緩急、もっと意識してけろ!」




原町監督の声が響く。




真斗がラインの外からボールを受け、素早く中へ折り返す。




徹がタイミングを合わせて走り込み、ユリと瑠唯がワンタッチでパス交換。




「んだな。これが決まれば、郡山の守備崩せっからな!」




「明日は絶対勝つべ!」




仲間同士で拳を突き合わせ、心を一つにする。




【郡山SC】




一方、郡山SCのロッカールーム。




奏美はヘッドフォンを外し、静かに目を閉じた。




「明日は全力で。仙台の速さを封じる」




心の中でつぶやき、深呼吸する。




「この試合で、全国の舞台に名を刻む。負けられねぇ」




他のメンバーもそれぞれに集中し、明日の決戦へ備えていた。




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