第12話二学期始動

『新たな季節のはじまり ― 十月の風に吹かれて』


秋も深まり始めた十月半ば。


仙台の街には、澄んだ空気と金木犀の香りが静かに漂っていた。


朝の風は少し冷たくなり、制服の上に羽織るパーカーが、ちょうど心地よい。




二学期も中盤。


だが、仙台ジュニアFCにとっては、むしろ“ここから”が勝負だった。


目指すは――十二月に行われる全国大会。




そんな朝。……にもかかわらず。




 




「……まだ寝でんの? ほんとがよ……」




ユリは、うんざりした顔で徹の家の玄関チャイムを連打していた。




すでに、朝の七時四十分を回っている。


普通なら、もう家を出ていなければいけない時間だ。




中から出てきたのは、徹の母。


やや困り顔で、でもどこか申し訳なさそうに頭を下げた。




「ごめんねぇユリちゃん……何回も起こしたんだけんと、ぜーんぜん起ぎねぐて。母さんも、もーまいったぁ〜」




「……んじゃ、うぢが行ぐしかねぇっちゃ!!」




ブーツを脱ぎ捨て、ユリは遠慮なく家の中へ飛び込んでいく。


そして、寝室のドアを勢いよく開け――




「おめ、起ぎれぇぇっ!! 徹ーーーっ!!」




バンッ!!




「うぉっ!? な、なに!? 地震!? 火事!? 親父の小言!?」




「ち・が・うっ!! 七時五十分っ!! 始業式じゃねくて、全国大会前の“授業”だっちゃ!!」




「うえええええぇぇっ!? マジ!? マジで!?!?」




バタバタとベッドから転げ落ちた徹は、靴下を片手に部屋の中を右往左往。


Tシャツが裏返し、髪も爆発しているのに、気にする暇なんてない。




「シャツ裏返しっ!! 靴下、それ昨日のやづだべ!!」




「いいのっ! 今は清潔感とかよりスピードだっ!!」




「はやぐせぇっ!! 走んだがんなっ!!」




 




──




『全力ダッシュの登校』


パンをくわえたまま、通学路を爆走するふたり。


木々の葉が色づき、落ち葉が足元でカサカサと音を立てる。




季節の移り変わりも、周囲の視線も、今はどうでもいい。




「昨日、なんで寝坊したんだっちゃ!? 夜ふかしだべ!?」




「動画……見てたら……サッカーのハイライト集……寝落ち……」




「ばっかでねぇの!! 全国大会だっちゃ!? 勝ち残るために、今、何が大事か、わがってんの!?」




「ごめんっ!! 今から! いや、今日から!! 本気で気ぃつけるっ!!」




校門が見えてきた。


先生の姿。チャイムまで、あと十秒。




「いっけぇぇぇぇぇぇ!!」




「ラストスパートぉぉっ!!」




 




──




『“夫婦漫才”と呼ばれて』


がらんっ!!




「……っはぁっ……ぜぇっ……」




「……セーフ……っだよな……?」




教室の中の空気が、ひと瞬、静止した。




そして――




「はい来た〜! 新学期じゃねぇ、“中間一発目”の“夫婦漫才”!」




「徹、もはや伝統芸だな〜」




「ユリちゃん、ほんっとお疲れ様です!」




「なんでみんな、“生温かく”見守ってんのよ!!」




先生が小さくため息をつきながら、でも笑いながら声をかける。




「ほらー、座れ座れ。遅刻じゃないけど、もう少しでアウトだったぞ〜」




徹は息も絶え絶えに椅子に崩れ落ち、ユリはため息混じりに隣に座った。




「……まったく、初日からこれだっちゃ……」




「……ほんと、助かった……ありがど……」




「感謝よりも、早寝早起き!! 反省しなさいっちゃ!!」




 




──




『全国大会へ ― 新たな仲間とともに』


放課後。グラウンドに秋風が吹き渡る。


夕陽が赤く傾きはじめた頃、原町監督の声がグラウンドに響いた。




「今日はみんなに報告があっぺ。新しい仲間がふたり、加わることになった」




ざわっ、と軽いどよめき。




「DF、石越迅。MF、一ノ関瑠唯。これがら全国大会目指して一緒に戦う仲間だ。しっかり頼むぞ」




前に出た迅は、無口そうな少年。


でも、そのまっすぐな姿勢に、何か強い芯を感じさせる。




「石越迅……センターバックです。しゃべんの得意じゃねぇけど、守るのは、そこそこ得意だと思ってます」




「……おめと真逆だっちゃな……」


「ぐぅっ……否定できねぇっ……」




続いて瑠唯が、一歩前へ出る。




「一ノ関瑠唯。ボランチやってます。……ユリちゃんとポジションかぶってるけど、負けねぇつもりだっちゃ」




ユリは一瞬驚いたあと、にっこりと笑った。




「うちも簡単には譲らねっちゃ。でも、一緒に、強い中盤、つくっぺな」




瑠唯の目に、ふっと笑みが浮かぶ。




「……よろしくな」




 




──




『夜 ― サッカーノートに灯る想い』


その夜。


自分の部屋で、ユリは机に向かっていた。




窓の外では、秋の虫の声が静かに響き、柔らかいデスクライトの下、ページがめくられていく。




一ページ、一ページ。


そのすべてが、彼女のサッカーと、チームへの想いで埋まっていた。




──【10月15日 新しい仲間】──




迅くんは寡黙だけど、守備の読みがすごい。うちがボール奪われても、後ろで支えてくれる安心感。


瑠唯ちゃんとは……たぶん、似てる。ポジションも考え方も。でも、だからこそ、負けたくないし、一緒に成長したい。




徹は……いつもどおり。でも、頼れるとこもある。


どこかで、ちゃんとみんなが“繋がってる”感じ。


言葉じゃなくても、プレーで伝わるものがあるんだって、少し思えた。




ユリはペンを置き、ふぅ、とひとつ息をついた。


そして、最後にそっと書き加える。




あと二ヶ月。


うちらは、もっともっと強くなれる。


“心”を繋いで、全国で勝つんだっちゃ。




 




──




夜風が、すうっと部屋のカーテンを揺らした。


その中で、ユリのノートに記された文字たちは、灯りの中で静かに輝いていた。




新しい季節と、新しい仲間と、そして、自分自身の決意とともに――


ユリの全国への道は、静かに、しかし確かに、動き出していた。






『全国へ ― 絆を深める練習』


十月の風は、少しずつ冷たさを帯び始めていた。


グラウンドに立つ子どもたちの吐く息は、ほんのり白く、そのひとつひとつに、目には見えない緊張と覚悟が滲んでいた。




全国大会まで、残り二か月を切った。


仙台ジュニアFCの練習は、明らかに“質”が変わってきていた。




 




──




「ユリ、中、絞って!」




「瑠唯、逆サイド、見えてっか!」




「迅、ライン上げろっ!」




「徹、ワンツー仕掛けっぞ!」




 




コーチの声にかぶさるように、子どもたちの声が飛び交う。


そのひとつひとつが、かつてより力強く、確かになっていた。




パス、ポジションチェンジ、切り替え。


“ただ走るだけ”の練習はもう終わっている。




「次、攻守切り替えの3対3! ユリ、迅、徹、入れ!」




 




ボールが動く。


一瞬の判断、視線、体の向き――全てが連動しなければ勝てない。




ユリは、足元のボールを囮にしながら、ちらりと後方を見る。




(瑠唯ちゃんが上がってきてる……今、時間つくらなきゃ)




スッとターンし、斜め後ろにボールを落とす。


受け取った瑠唯がワンタッチで逆サイドへ展開。




そこに徹が、絶妙なタイミングで走り込んでいた。




 




「ナイスボールっ!」




「決めろ、徹ーっ!」




「任せろぉぉぉっ!」




シュート。ネットが大きく揺れる。


次の瞬間、味方の声と拍手が響いた。




 




──




『ズレの修正 ― 信じる力』


だが、すべてがうまくいくわけではない。




練習の合間、瑠唯がボトルの水を口に含みながら、ユリに話しかけた。




「ユリちゃん、さっきのボール……戻すと思ってた」




「ごめん。前、空いでたがら……でも、声、かけっかればよがったね」




「んだ。けど、迷いがねぇプレーって、やっぱ信じられっちゃ」




「うちも……瑠唯ちゃんの動き、もっと信じでみる」




ふたりは自然と顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。




傍らでは、徹が地面に倒れ込みながら叫ぶ。




「も、もうダメだ〜!! オレ、もう膝が言うこと聞がねぇ〜!!」




「……情けねぇっちゃ。水飲んで早ぐ戻ってこい!」




「はいはいはいっ! 鬼キャプテン、了解です〜!」




笑い声が生まれる。その一瞬だけ、グラウンドの空気が和らいだ。




 




──




『紅葉と熱気』


十一月に差し掛かる頃、グラウンドの周囲の木々は赤や黄色に染まり始めていた。


その美しさとは対照的に、練習の内容はより実践的で、厳しいものへと進化していた。




ハーフコートでの8対8のゲーム形式。


全国で勝ち抜くためには、個の力だけでは足りない。




「ユリ、サイド、オーバーラップっ!!」




「迅、そっちカバー頼む!」




「真斗、前、絞ってけろっ!」




子どもたちの声は、もう子どものものではなかった。


責任と自覚が、その背中に宿っていた。




 




──




『夜 ― ノートに刻む感覚』


その夜、ユリはまたノートを開いた。


机の上には温かいハーブティー。外は冷え込んでいたが、部屋の中は静かで穏やかだった。




──【11月3日】──




徹は前で頑張ってくれてる。声も出すし、ユーモアも忘れない。


瑠唯ちゃんとは、言葉を越えて通じ合う瞬間が増えた。


迅くんは、守備の最後の砦。言葉は少ないけど、すごく頼もしい。




そして、うち自身。


もっと、もっと強くなりたい。


誰よりも声を出して、誰よりも味方を信じて。


全国の舞台で、仲間とプレーする。そのために、毎日を、丁寧に刻みたい。




 




ノートを閉じ、窓の外を見る。


夜空に浮かぶ星は、澄んだ空気の中で、ひとつひとつがしっかりと輝いていた。




ユリはそっとつぶやいた。




「……いける。きっと、いけるっちゃ」




その言葉は、自分への誓い。


そして、仲間への信頼の証だった。




 




全国大会まで、あと一か月半。


仙台ジュニアFCの物語は、今、確かに深まり、進んでいる――。




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