再会
退院の朝。
千穂が朝食を食べている間に、おばちゃんが精算してくる、と一階に降りていった。
遠方の病院だったし、病衣もレンタルで済ませたから──荷物はバッグひとつで収まった。
ついでに、と言っておばちゃんがもう持って行ってしまった。
普段着と靴に履き替えた自分が、少し気恥ずかしい。
おばちゃんの趣味なのか……裾がふわふわとした、すごく可愛らしいミルクティー色のマキシ丈のワンピース。
「すごく素敵。身長いくつ?、え、165?スラッとしててすごくいい、マキシ丈でこれかぁ……高身長の特権だね!うらやましい!」
トレーを下げに来たお姉さんには、とても褒められた。
(背が大きいのはコンプレックスだったけど、好きになれそう)
用事を済ませて迎えに来たおばちゃんと、ナースステーションで挨拶してからエレベーターに乗る。
「駐車場はこっちからだよ」
正面じゃない方から、外に出る。
「混んでるから、ちょっと車の場所が遠くて──ちょっと!千穂──」
少し離れた場所に澪がいた。
澪が走ってくる。
千穂も、走った。
両手を拡げ、そして──────
(言葉なんて、要らなかった)
澪の腕の中は、ピッタリと『千穂の場所』だった。
ギュッと腕を巻けば、優しく包み込まれる。
千穂の心は言い様のない歓喜で震えていた。
澪は小さな声で、千穂に囁いた。
「会いたかった……」
(気まずいことなんて、なにもなかった。この人は、昔も今も私の龍神様なんだ)
千穂の高揚した気持ちは、追い付いてきたおばちゃんによって一旦引き剥がされた。
「駐車場で走るなんて──ちょっと!もういいだろ、離れな!」
おばちゃんの横にいる叔父さんが珍しく笑い転げている。
「うん、まだ君たちには早いんじゃないかな!アハハ」
千穂と澪は離れ、顔を見合せて笑いあった。
車中はおばちゃんの小言から始まった。
「嬉しかったのはわかるけど、駐車場で走るなんて!それにふしだらは許さないって言っただろうに」
「まあまあ。今は令和ですし、ハグくらいは大目にみましょう。だが澪、これ以上はダメだぞ」
叔父さんは運転中なので、前をみたまま──笑いを含んだ声で言った。
「わかってるよ」
仏頂面の澪が、顔を赤くして言い返す。
二時間ほどのドライブ。
途中で一回休憩して、ソフトクリームを買ってもらった。
「抹茶が好きなんだな」
「チョコが好きなの?」
千穂と澪は、同時に言葉を発した。
(あんなに一緒にいた気がするのに、私は澪のこと、全然知らないんだ……)
澪は笑顔で、千穂の思っていたことの続きを言葉にした。
「ワンピースが似合う、抹茶味が好き──知らないことばかりだ。そのワンピース、すごく似合ってる、と思う」
千穂は顔が熱くなるのを感じた。
「そうだね、まだまだ知らないことばかりだもんね──だって、澪が転校してきてから、まだ二ヶ月だもん」
「二ヶ月じゃない」
「え?」
「六百年前からの付き合いだろ」
「あはは、確かに!」
晴れやかな気分の千穂は、車内でも饒舌だった。
無口だった、おどおどとしていた自分はどこかに行ってしまったようだった。
叔父さんにお礼をいい、おばちゃんに感謝をしている間に車は斎藤商店の前に到着した。
「今日は退院祝いだから、鯛のお頭付きだし、ケーキも買ってある」
おばちゃんが、大座敷を開放して宴会をするのだと言う。
長いちゃぶ台に、ごちそうが並ぶ。
大人達はお酒をのみ、千穂と澪はジュースで乾杯をした。
早々に酔っ払った父親が、千穂に抱きついて号泣した。
「付いててやれなくてゴメンな、ゴメンな──」
そのまま父親は部屋の隅で寝てしまったが、千穂はそんな父親を微笑ましく思えた。
(お父さんってほんと……失言魔王だし、どうしようもないけど。私を大事な子だって、思ってるのは……わかる)
こういう人、と思ってしまえばイライラすることもないのだ。
千穂は酔って声の大きくなりはじめた大人達から離れ、縁側に腰をおろした。
もちろん、澪と一緒に。
「あの時さ」
澪が小さな声で話し始めた。
「最後、裂け目の後ろからもっと大きいやつが来たんだ」
「!?」
「全部、守るつもりだったし出来ると過信してた」
「…………」
「最初のやつは、逃げようとしてたんだ。千穂の白い炎が、アレを怖がらせた」
「私が?」
縁側を撫でる風は少しひんやりしていて、気持ちが良かった。
「うん。逃げようとするやつが、後ろの大きいやつに取り込まれてさ。攻撃が桁違いに多くなって──」
二人の間に、少しの沈黙がおりた。
澪の手は、膝に上で拳を作り少し震えていた。
「たったひとつ。たったひとつだけ、取り零してしまったんだ」
「うん」
(……何の事だろう?澪がアレを倒して裂け目が閉じて、真っ白に光ったのは覚えているけど)
「全部、完璧に防いだつもりだったんだ。でも、ひとつだけ──防いだ時に爆発っていうか……衝撃波っぽいものが起きちゃって」
「うん」
「千穂が、吹っ飛んでいって……地面に落ちて」
「最初じゃなくて?」
「最後だよ。地面に落ちた千穂は、動かなくなった」
「でも──裂け目が閉じていくの、見たよ?」
澪は手を握ったり開いたりして、それをじっと見つめている。
「殺してしまった、と思った」
ポタリ。
澪の拳に、水滴が落ちる。
「また、守れなかった。千穂を死なせちゃったって思った瞬間、龍になってアレを殺した。裂け目は勝手に閉じた」
「龍に──」
「で、気がついたら山のてっぺんの大岩に転がってた。龍のままで」
「あ、山──」
「うん。高御尾の本拠地というか宿っていた大岩」
「巳沢村じゃなく?」
「巳沢村だったら、俺きっと溺れ死んでるよね」
澪が笑いだし、千穂もつられて笑った。
(良かった。澪は、笑っている方がいい)
「巳沢村のは分社。雪子が居たから時々会いに行ってたって感じなんだよ」
「そうなの?普段は、じゃあその岩?」
「うーん、説明しにくいんだけど。いつも姿を持っているわけじゃないというか……その辺にいるだけ、なんだよね」
「いるだけ……その辺に、龍が?」
「そう考えたらシュールだね」
「ふふ、ほんとだね」
「そう思った時だけ、姿になるんだよ。本当の姿は……そうだなぁ、暴風雨みたいに周囲を荒らしちゃうから、大蛇になったりね」
「あの、青い綺麗な蛇ね」
千穂は、鮮やかなトルコブルーをした煌めく大蛇を思い起こした。
ただ、そこにいるだけ。
おばちゃんのお開きを告げる声が聞こえてきた。
「あ、続きはまた今度だね」
「うん、あのおばさんに逆らったら、千穂に会えなくなりそうだし」
「ふしだらはダメ!って」
二人の笑い声が、夜の空気に柔らかく溶けていった。
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